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恋をすると人って変になるんだね

 次の朝、ミシェルは一人で朝食を取ろうと、食堂に来ていた。マチルダはぐっすりと眠っている。昨夜からの疲れがたまっていたのだろう。起こすのがかわいそうで、そっと部屋を抜けてきていた。


 まずは紅茶とミルクと砂糖、それと一緒にフルーツを頼んだ。

 ミシェルも疲れていた。人の恋でもこれだけ疲れるのだ。自分の恋なら、どれだけ疲れるのだろう。


 ああ、面倒臭いわ、とぷりぷりしながらフルーツにフォークを刺した。


 そこに男性が声を掛けてきた。


「おはようございます。ロイド・スミスの友人で、ヘンリー・カーライルと申します。マチルダ嬢のご友人のミシェル嬢ですね。実は少しお伺いしたいことがありまして、もしよろしければ、ご一緒させていただけないでしょうか」


 昨日の、あの友人ね。望むところだわ。そう思い、ミシェルはにっこり笑った。


 朝食は済んでいるとのことなので、お茶のお代わりと、フルーツをもう少し追加した。


 しばらく探り合うようにちらちらと見合いながら、いい天気ですね、そうですね、小鳥の声が聞こえますね、虫の音も聞こえますね、などと、毒にも薬にもならない話のやり取りをした。


その末に、ようやくヘンリーが切り出した。


「昨晩、ロイドとマチルダ嬢が踊ったのはご存じですね。その時に何を話したか聞きましたか?」


「驚いた事に、一瞬の間だったので、何も話すことが出来なかったそうです」


「あ、そちらもでしたか。そんな気がしたのです」


 お互い、相手の驚いた顔を覚えている。ミシェルは問い返した。


「私も、そんな気がしていましたが、ロイド・スミスと言えば女性遍歴を重ねた猛者ではないですか。状況が理解できないのですが」


 これに、ヘンリーが居心地悪げにもぞもぞと体を動かした。紅茶に砂糖を二杯入れ、飲んでから、甘ッと言ってカップを置いた。



「私の親友は、昨日から初恋に翻弄される13歳の少年に戻っています。私も、どうしたものかと困っています」


 え、あのロイドが初恋?


 顔に出ていたのだろう。ヘンリーが気まずげな顔をしている。


 ロイドに次いで女性に人気の男だ。その彼と二人っきりで朝食をとっているなんて、いつもだったら、もっと舞い上がっていただろう。だが今のミシェルは驚くほど冷静だ。というよりは、気分はお母さんだった。そんな自分に呆れてしまう。


 ヘンリーが焦ったように言った。

「本気で一昨日の夜の彼女を探しているのです。何かご存じありませんか?」


 ヘンリーも同じく、保護者気分なのは伝わってきた。お互い苦労するわね、などと思いながら、これは朗報だとも考えた。

 少しだけなら、秘密を明かしてもいいかもしれない。たとえこの縁がまとまらなくても、醜聞を広めるような下種な男たちではないだろう。


「マチルダは一昨日の夜、少しお酒に酔っていて、実家で愛犬を抱いて寝る夢を見たそうですわ」


「……あ~、そういうことですか」


「ロイドの方は、薬で暗示をかけられていたようです。顔を全く覚えていなくて、二人で一日中探し回りました」


 薬の件は噂ですでに知っていたが、顔を覚えていなかったことには驚いた。

 ミシェルは思い切って聞いてみた。


「両想いってことで合っていると思いますか?」


「たぶん。どう見ても二人の様子はそうですよね?」


「じゃあ、早くロイド様に伝えてください。それで、このややこしい変な状況を普通の恋に変えましょう。私もマチルダに、そう伝えていいのですか?」


「ええ、お願いします」



 二人共、急いでそれぞれの部屋に戻った。



 ミシェルが部屋に戻ると、マチルダはまだ眠っていた。昨夜遅くまでぼんやりしていて、そのままミシェルの部屋で眠ってしまったのだ。

 疲れているのだなあ、今日はロイドと話すことが色々とあるし、夜会もある。昼まで起こさずに、そっとしておこうと思い、静かにマチルダの部屋に移動した。



 ヘンリーは、そのままロイドの部屋に向かった。彼はまだ眠っていた。

 お前、今日はやること満載だぞ、と枕を引っぺがして叩き起こした。


「なんだよ。寝させろよ」


「今、マチルダ嬢の友人に話を聞いてきた。マチルダ嬢はお前に惚れているらしいよ。告白して付き合え。さあ、支度しようぜ」


 ボーっとしていたロイドが、急に立ち上がった。ヘンリーに抱き着くと、背中をバンバン叩き、そのまま顔を洗いに行ってしまった。


 ヘンリーはロイドの寝ていたベッドに腰かけて思った。恋をすると、人ってこんなに変になるんだな、と。


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