恋する女の時間は止まるの?ミシェルは悩む
マチルダがダンスの誘いを受けてフロアに出て行くのを見送り、ジュースを飲んでいると、ロイドがやってきて挨拶した。
「良い演奏でしたね。こんなに素敵な演奏が聴けるとは思っていませんでした」
「楽しんでいただけて、うれしいですわ。叔父のアイザス侯爵は音楽にこだわりが強いので、良い音楽家の支援には力を入れています」
ミシェルは、ロイドを逃がすまいと、椅子をすすめた。マチルダが戻るまで、ここで繋ぎ留めておかなくては。
ロイドは隣に座り、演奏についてあれこれと話した後に、なんとなくおずおずと、こう言いだした。
「実は、マチルダ嬢にダンスを申し込もうとやってきたのです。次のダンスのお相手はもう決まっているのでしょうか」
ミシェルは意気込んで言った。
「いいえ、申し込まれていないと思います。でしたら、このままお待ちください。もうすぐ、戻ってきますわ」
これは、チャンスだ。どんな話になるか判らないが、何らかの進展があるだろう。親友の気持ちはわかっている。彼に恋してしまったのだ。何もしないままで終わりにしたら、大きな後悔が残ってしまう。
ふと、彼の思いを聞いてみようかと思ったが、止めておいた。どうせ今から二人で話をするのだ。余計なことはしないほうがいいだろう。
隣に座るロイドは噂通り、うっとりするほど格好の良い男だ。男っぽいのに、威圧感やとっつきにくい感じがなく、するっと人の間合いに入ってくるような、気やすい雰囲気を持っている。現に自分も初対面なのに、驚くほど気楽におしゃべりができる。
人気者なのも納得というところだ。
これでは、女性がほっておくはずがないわ。お付き合いする女性は気がもめるわよね、と思った。もし、付き合うようになったら、マチルダは大丈夫なのだろうか。
マチルダが戻ってきた。いくぶんか、顔がこわばっている。
ロイドが、彼女にダンスを申し込み、マチルダが受けた。なんだか、すごくあっさりとした感じで、役所のやり取りみたいだと、ミシェルは不思議だった。
もっと、情熱的に、とはいかなくても、にこにこと微笑みながら、という様子を想定していたので、この後の話の方向に不安を覚えた。
気を利かせて飲み物を取りにその場を離れ、戻ってくると、二人共黙って見詰め合っている。今まで何を話していたのかしら、と思ったが、好奇心は封印して、一つ離れた椅子に座って静かにしていた。
ラストダンスの声が掛かり、フロアに出てく人々に交じり、マチルダとロイドもフロアに向かった。
二人を見送り、ミシェルはホっとした。だいぶ緊張していたみたい。うまくいってちょうだい。
二人のダンスはとても息が合って、流れるようにきれいだった。
マチルダがいつもよりずっときれいに見える。恋すると、女は変わると言うけど、こんなにすぐ変わるなんてね。昨日までの少女の面影が消え、大人の女性の顔に変わっている。羨ましく思いながら、踊る二人に見惚れていた。
曲が終わり、二人が戻ってきた。
ロイドがお礼を述べて友人の方へ戻っていった。
「マチルダ、どんな話をしたの?ねえ、早く教えて」
「話?してないわ」
「え、なんで」
「だって、すぐに曲が終わってしまって、話す間なんかなかったわよ」
「じゃあ、ここに座っている間に話したの?」
「いいえ、そんな一瞬の間に話なんてできないわよ」
結構な時間があったと思うのだけど、彼女にとっては一瞬だったわけだ。参った、と思った。
だけど、ロイドまで何も話さなかったの?どういうこと。
誰か、教えて、と思ってロイドの方を見ると、あちらの友人も驚いたような顔でこっちを見ていた。