演奏会での出会い ロイドの心臓が大きくドクンと音を立てた
夜の催し物まで、まだ間がある夕方、自室でヘンリーはロイドに聞いていた。
「あの娘が君の妻になる人なのか?」
ロイドは難しい顔のままだ。ゲームのカードをいじりながら、黙って考えている。
「解らない。でも、髪の感じはとても似ていると思うんだ。
僕は彼女に出会ったら、何か少しでも思い出すことがあると思っていたんだが、はっきりしないな」
カードをひとまとめにし、片付けながら、またぼんやりしている。
「おい、難しく考えるなよ。まだ全員当たってみたわけでもないし、さっきの彼女には、今晩また会えるしさ」
彼女たちは、今夜は音楽会を覗きに行くそうだ。有名な音楽家のピアノ演奏が聴けるらしい。その演奏でダンスも行われる。参加者が多そうなので、いい席をとれるように早めに出掛けると言っていた。
若い女性が好きそうな催し物だ。昼間に会わなかった女性達を、まとめて観察できるいい機会でもあるので、ロイド達も出席予定だ。
「そろそろ支度しようぜ。なるべく全体を見渡せる席を早めに確保しよう」
ヘンリーに促されて、着替えを始める。なんとなく気持ちが落ち込んでいるのだが、理由はわからない。景気付けにウイスキーをショットグラスに入れて一息に飲んだ。
喉と胃がカッと熱くなり、少し気分が上向いた。
演奏会場では着飾った紳士淑女が軽い興奮に包まれながら行きかっていた。人気の演奏家が来ているのだ。皆、良い場所を確保しようと早めに出向いており、噂話に興じながら開始時間を待っている。
ロイド達は皆が争って取ろうとしている前方の席を避けて、一番後ろの席に陣取った。ここからだと、部屋全体が見渡せる。
若い女性達は数人ずつで連れだってくるか、男性にエスコートされてやってきていた。
「男にエスコートされている女性は対象外かな。どう思う?」
ヘンリーの問いかけに、ロイドも考え込む。まさか、婚約者のいる令嬢だったりしないだろうな、と今更ながら思った。そうしたらややこしい事になる。慎重に動かないと、とんだスキャンダルをまき散らすことになるだろう。
先ほどの令嬢はどうなんだろう。
「お、さっきの三人が来たぞ。男の連れは無しだ。これなら遠慮することも無いし、カクテルでも貰いに行くついでに声を掛けよう」
二人は席にキープの印にカードを置き、カクテルをもらいに出掛けた。
途中、何人もの客に声を掛けられ、足止めされ、カクテルを手に彼女たちの傍にたどり着いたのは、だいぶ周囲が混み合ってからになった。
「今晩は。またお会いしましたね。皆さん何か、飲まれますか。良ければ、お持ちしますが」
当たり障りのない話題で、少しずつ打ち解けて話し始めたが、金髪の彼女はなかなか話に交じってこない。
淡い金髪に、淡いブルーの瞳の、かわいらしい感じの女性で、17,8歳くらいだろうか。とても大人しくて、黙って皆の話すのを聞いているような女性だ。
ヘンリーが三人の希望を聞いてカクテルをもらいに行った。彼女の選んだカクテルはミモザだった。お酒も、あまり強いほうではないようだ。
ロイドは直接彼女に話し掛け、少し探ってみようとしていた。
「イザベル嬢は昨晩の夜会に参加されていましたか?お見かけした覚えがないのですが」
「私、少し顔を出しただけで、すぐに部屋に戻ったのです」
初めて彼女の声を聞けた。かわいらしくて気持ちの良い声だ。
「それは、残念だ。今夜はぜひ僕と一曲踊ってくださいね」
ちゃっかり、ダンスの約束を取りつけた。ダンスの間に、もっといろいろと聞けるだろう。そこまでの成果に満足し、二人は席に戻った。
「どうだった?」
「全く、わからない。好みのタイプではあるんだ。ダンスで密着したら、もう少し何か感じるかもしれないけど、今は全く駄目だな」
その時、アイザス侯爵と、子息と女性二人がやってきた。客達に挨拶しながら移動していく。その女性の一人を見たとき、またもや、ロイドの動きが止まった。
すぐにそれと気付いたヘンリーが言った。
「薄い金髪、彼女も候補だよね」
「うん。今回は心臓がどきどきしている」
ヘンリーは口に出さなかったが、お互い、わかっていた。男にエスコートされている。ややこしいか、もしくは全く脈のない相手かもしれない。そういう背景もあってのどきどきかもしれないなと思っていた。
侯爵にエスコートされている女性が、ちらっとこちらを見た。もう一人の女性の方を振り向き、声をかけている。すると、金髪の女性がこちらに顔を向けた。一瞬だけだが、二人の目が合った。
ロイドの心臓が大きくドクンと音を立てた。