2人の男はひたすら歩き回った
同じ頃、ロイドとヘンリーはイベント会場をうろつき回っていた。もう、片っ端から手当たり次第に顔を出した。体力勝負だった。
「おい、どうだ、それらしい女性はいたか?」
「いや、今のところ、ピンとこない。残念ながら」
「よかった。何人もにピンと来られた日には、とんでもないことになる。絞りやすくなって何よりだ」
「お前、知っていたけど、良い奴だな」
「じゃあ、俺の時もよろしく」
「任せろ」
カードゲーム会場を見に行くと、親しくしているハンセ伯爵夫人が声を掛けてきた。20代後半の美女で、少し付き合ったことがある。
「ロイド・スミス様、ごきげんよう。
昨晩は災難にお会いになったと聞きましたわ。お体の具合はいかが」
「ありがとうございます。元気ですよ。ところで、災難とは?」
「あら、とぼけるのですか?」
横からヘンリーが割り込んできて、夫人にすり寄った。
「ロイド、何かあったのか? ひどいなあ。私は何も聞いていないぞ。
ハンセ夫人、どんな話ですか? 宜しければ伺えないでしょうか」
ふふふ、と含み笑いをしてから教えてくれた。
「昨夜のパーティーで、ミリアム・ユースタス嬢に捕まりそうになったでしょ。もう結構な噂になってるわよ。それにしても、よく逃げられたわね」
ヘンリーが驚いて尋ねた。
「なぜ、そんな噂が立っているのですか?誰か見ていたとか?」
「いいえ。でもね、ヒステリーを起こしたミリアムと夫人の慌てた様子を侍女が見ていたのと、ユースタス伯爵子息夫人が、二人の企みを聞いていたのとが合わさって、大体の筋書きが見えてしまったのよ」
「合わせ技かあ」
くだらないが、実際に侮れないのだ、これが。
昨夜の彼女の方の噂でなくてよかったと胸をなでおろした。
「ロイド様がいつまでも身を固めないから、こんなことが起こるのよ。
それとね、もう一つ私が聞いている話があるの。
ロイド様のお相手については、サロンでよく話題に上るでしょ。ある侯爵様が、妻にこう漏らしたのが始まりね。『処女の相手は一生に一度、彼は、それを守っていそうだな』ですって。
覚えがおあり?」
ロイドとヘンリーは思った。
そいつ破門だ。
「あなたは、独身女性とは付き合わないものね。きっと皆、その話に納得したのよ。それで、ああいった荒業が発案されてしまったわけよ」
カードゲームの会場には気になる女性は見当たらなかったので、休憩することにして、外に出た。
良い天気で庭の散歩が心地よい。郊外なので、街中のようなせわしいさのない、ゆったりした雰囲気があった。虫の音と鳥のさえずりと、風の音だけが聞こえている。気の向くままに広い庭園を散歩していたら、数人の女性が談笑しているのが見えた。
風に乗って、ロイドの名と、ミリアムの名が切れ切れに聞こえてきた。もうこんなに噂が広まっているのだ。
楽しそうに話す女性たちを遠目に眺め、2人は向きを変えて他の方向に歩いて行った。
しばらく歩くと、また数人の女性達が、庭の木陰のベンチに座っているのに出くわした。若い女性が三人だ。
ロイドが挨拶して話し掛けた。
「こんにちは。こちらでは何をしていらっしゃるのですか」
「小鳥を眺めているんです。街中ではあまり見かけない小鳥がいるものですから。
あの小鳥、きれいだと思いませんか」
一番年かさだと思われる女性が答えてくれた。
「あの、青い小鳥ですね。言われるまで、気が付きませんでした」
もう一人が手元のバスケットを見せてくれた。
「お昼用の食事をバスケットに積めてもらったのですけど、そのフルーツを置いて、小鳥を呼び寄せているのです」
風が強くなり、三人のかぶっていた帽子がふわっと浮き上がった。
三人のうちの一人、一番引っ込んでいて何も言わなかった女性の髪が薄い金色なのが見えた。
髪の色を見て、ロイドが動きを止めた。
ヘンリーは素早く三人の名前と、今晩の行動を聞き出した。