恋をしたマチルダは淑女への変身をとげた
試着した時に、全てのコーディネートと髪形を決めていたので、髪を乾かした後は、てきぱきと支度が進み、思ったより早く支度が整った。
化粧をする段階で、侍女たちが不思議そうに言った。
「お二人共、このたった三日の内で、雰囲気が変わりましたね。お化粧も、変えないといけませんね。工夫してみますから、少しお時間いただきます」
そう言うと、侍女同士で、ああだこうだとアドバイスし合いながら、化粧の工夫を始めた。その後、それに合わせて髪の結い方も調整を入れていき、髪飾りも大人っぽい方向へ変えていった。
仕上がりは完璧だった。
圧巻はマチルダで、肌の潤いで、全身が光輝くようだ。数日前の彼女とは全く違う、初々しくも、しっとりとした大人の女性の雰囲気を纏っていた。
「すごくきれいだわ。恋をすると女は変わるって、本当だったのね」
「私、恋をしているのかしら」
「してるでしょ。……自覚してなかったのなら、今してちょうだい。あなたはロイド・スミスに恋している。そして今から彼を捕まえに行くのよ」
「私が?」
「そう。夜這いを掛けたのがあなたなら、相手を捕獲するところまであなたがやるの」
そういえば、始まりは私からだったのだ。マチルダは気の持ちようが、くるっと変わるのに気付いた。今まで、何もせず受け身でいたが、こちらから積極的に働きかけてみよう。
マチルダはその様子を見て、再び驚いた。
しっとりした若い女性に、ぐっと力が漲るのが分かった。力強さと、したたかさが加わった、ひどく魅力的な女がそこに立っていた。
迎えに来た侯爵たちは、それまでの気やすい感じとは違う、レディに対する礼儀を持って二人をエスコートした。
会場に入り、侯爵とミシェルは来客の挨拶に回った。一緒にオランドも挨拶をしていたが、マチルダから目が離せない様子で、ずっとマチルダの傍から離れなかった。
「マチルダ嬢、今夜はとてもお美しい。昨夜までと雰囲気がだいぶ違いますね」
「まあ、実はミシェルと私、ナンシー様達にドレスをお借りしたんです。それに合わせてお化粧も変えたので、きっといつもと違うのですわ」
「お似合いです。彼女たちが着るよりずっと」
「言いつけますわよ」
軽口を言って笑わせてくれるオランドに、マチルダも合わせて応酬していたが、オランドはいたって本気で喋っていた。
会場に集まる男性たちが、この二人の若い淑女に注目しているのが分かる。少しでも離れたら、すぐにかっ攫われるのが、目に見えていた。
傍から離れてなるものかと、挨拶は父に任せ、自分は最低限の一言や会釈で済ませ、マチルダの視線がほかに移るのを阻止していた。
侯爵は、ちらちらと会場に目を配るミシェルの様子に気が付いた。
「このパーティーで、誰か気になる男性でも見つけたのかね。急に大人っぽく、きれいになって、驚いているんだよ」
「残念ながら、違いますのよ。うふふふ。……大人っぽくを通り越して母親、というか」
最後の方は小さな声でつぶやいたので、聞こえていないと思うが、そんな気分だった。大人っぽくも見えるだろう。気分は保護者だ。
ヘンリーを見つけて、どうしてこうなったのか聞く。ついでに、このイライラをぶつけてやる、と決めていた。
ミシェルに目を奪われている男性も大勢いるのに、彼女の眼には入っていないのだった。
会場の入り口の方で女性の騒ぐ声が沸き起こった。そちらを振り向くと、ロイドとヘンリーが入ってきていた。相変わらずの人気だ。
ミシェルは侯爵に、知人が来たようなので、ご挨拶に行きたいと、その場を離れることを申し出た。
侯爵は、やはり気になる男ができたのだな、と納得していた。会場からは出ないようにくぎを刺し、できれば後で紹介してくれ、と言っておいた。心なしか目が座っているように見えたが、緊張しているのかもしれないと思った。がんばれ、ミシェルと、心の中で姪っ子にエールを送った。
ミシェルはまっすぐヘンリーに向かって歩き始めた。
ところが、そこに至るまでに、男性達が入れ替わり寄って来る。ええい、邪魔よ、と心の中で思いつつ、にこやかにご挨拶し、知人に用事がございますのと断って、前進した。
ヘンリー達は女性に囲まれていたが、ミシェルの目力の威力か、二人の視線を絡めとることが出来た。
ヘンリーに視線を合わせ、顎で、人気のないバルコニーを示すと、ヘンリーがロイドに一声かけ、女性達をかわして移動していった。
目立たないように、すっとベランダに滑り出たヘンリーを確認し、少し時間を置いて同じベランダに出てドアを閉めた。
そこで、ヘンリーが待っていた。観念したような顔で。
「で、ご説明いただける?」
座った目のまま、ミシェルが問いかけた。