ヘンリーとミシェルはグレたくなった
「お嬢様、ロイド・スミス様から花束とカードをいただいております」
マチルダが部屋に戻ると、ノーマから花束とメッセージカードを渡された。
まあ、素敵な花束だわ。ピンクの薔薇を中心にした華やかなアレンジメントだ。青い小花が清楚で可憐だ。サムシングブルー、結婚と連想してしまい、心臓がドッドっと鳴った。
ダメダメ、変な連想したら駄目。勝手に甘い夢を見て、後で余計に辛くなるのは嫌だわ。
花束をノーマに預け、花瓶に生けてもらい、メッセージカードを読む。
昨晩のダンス素敵でした。ありがとう、と書かれている。これは、社交辞令だろうか。もしかして踊った女性全員に贈るのが、彼の流儀?
好意なのか習慣なのか悩むが、嫌われてはいないだろう、とは思う。でも、ミシェルが言うように、恋慕うような熱は感じられない。
やはり、変な期待をしなくてよかった。
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ミシェルはマチルダに花束とカードが届けられた事を知り、一安心だと思いながら自室に戻った。カードは今夜の夜会のエスコートの申し出だろう。
やっと、収まるところに収まった。やれやれだ。
ドレスは完璧だし、マチルダの精神状態も、体調も完璧、アフタヌーンティーのサンドイッチやマフィンやケーキでお腹も一杯。
準備は万全だわ。
自分のエスコートは、また叔父様か従兄に頼もうと思っていた。彼らはホスト側として、このパーティではエスコート相手を持たないのでフリーだ。
ちょっと昼寝しようかしら。
ミシェルは侍女に、伯父への伝言と、六時頃に起こす事を頼んでから眠った。
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一方、自室に戻り昼寝しようと思っていたヘンリーは、ロイドに迎えに行く時間の確認をした。八時からの夜会に合せて七時半くらいだろうか。
「まだ、誘えていない」
「さっき、カードを置いて来ただろ。時間は書かなかったのか?」
「昨夜のダンスのお礼しか書いていないんだ。後で会ってからと思ったので」
言葉が出てこなかった。この流れで花束とカードを持って女性を訪ねて、エスコートを申し込んでいない?
「エスコートを申し込まないのか?」
「いや、もちろん申し込むよ。少ししたら、また行ってくる」
「わかった。俺は少し寝る。がんばれよ。六時過ぎにまた来るよ」
ヘンリーは、一旦全てを放棄することにした。
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そしてロイドは五時くらいになるまで待ってから、マチルダの部屋のドアをノックした。三度目の訪問だ。
また、同じ侍女が出てきて、今昼寝されています、と言われてしまった。
花束とカードを渡してもらえたかと確認すると、うれしいことを言ってくれた。
「マチルダ様は、とてもお喜びでした。花を花瓶に生けるようにいいつけ、カードを嬉しそうに読んでおられました」
だが、エスコートの予定を聞いてみると、既に先約があったのだった。
先ほど主催者のアイザス侯爵から、七時半くらいに迎えに行くと、連絡を受けたと告げられた。昨晩もエスコートしていたミシェルの伯父と従兄だろう。
がっかりして部屋に戻り、窓辺の椅子に寝そべり、ぼんやりと時間をやり過ごすのだった。
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六時になり、各々が夜会の支度に取り掛かり始めた。
ミシェルの部屋に、先ほど選んだ二人分のドレス、靴、アクセサリー一式が届けられており、二人は一緒にミシェルの部屋で支度を始めた。
顔と髪を洗うところからなので、かなり時間がかかる。女二人分の支度なので、二人の侍女も大忙しだ。
マチルダが起き出してすぐに、ノーマがロイドの訪問のことを報告した。
「お花を渡してくれたか、と聞かれたのと、エスコートのことを聞かれたので、アイザス侯爵から七時半に迎えに行くと連絡があったことをお伝えしておきました」
まあ、もしかして、エスコートを申し込んでくださるつもりだったのかしら、と思ったが、実際のところ、申し込まれているわけではない。
ミシェルにそのことを話すと、なぜか非常に驚いていた。
「伯父様にエスコートをお願いしたのは、私の分だけだったのに、伯父様ったら勘違いしたのね。ああ、もう嫌になって来たわ」
「ミシェル、どうかしたの?」
「カードには何て書いてあったの?」
「昨夜のダンスは素敵でしたって書いてあったわ。まめな方なのね」
なんなのよ。ヘンリー、後で顔貸してもらうわ。