持って来たドレスが子供っぽく見えるほどマチルダは変わった
マチルダが目覚めたのは昼少し前だった。ぐっすりと眠り、すっかり体と、気分が軽くなっていた。
昨晩、ロイドと踊った時のことを思い出してみる。きれいな目だったわ。私は彼の目を初めて見て、また恋をしてしまったのかもしれない。
同じ相手に何回恋をしたら気が済むのだろう。
ずっと、私だけを映す目、愛おし気に柔らかく緩められた目、そして甘やかなのに、少し鋭い貪欲さのある目。
どうしましょう。逃れられそうにないわ。
こんな気持ちを抱えたまま、何も無かったこととして、他の男性に嫁ぐのは辛い。それなら、思いっきり振られたほうがましよ。
マチルダは覚悟を決めた。彼に気持ちを伝える。そして振られて泣いて終わりにする。
ミシェルはどこかに出かけているようだ。
身支度をするため、自分の部屋に戻ると、ミシェルが侍女と夜会の準備をしていた。
「おはよう。気分はいかが」
「おはよう。とてもすっきりしたわ」
「お腹もすいたでしょう。軽食を部屋に届けてもらいましょうか」
ノーマに食事を注文しに行ってもらった。
サンドイッチを二人分とフルーツの盛り合わせとジュースとお茶にした。
「ミシェル、私ね、決めたの。今日ロイドに好きだって伝えてみる。それで、ちゃんと振られて、この事にけりを付けるつもりよ」
驚いた。こんなにきっぱりとしたマチルダを見るのは初めてだった。恋があなたを変えたのね。親友が自分を置いて大人になっていくのが、寂しいような、悔しいような気分になった。
「そんな覚悟はいらないのよ。さっきロイドの友人のヘンリーに会ったの。ロイドはあなたに恋をして、昨日一日中探し回っていたのですって。だから、きっとあなたに会いにやって来るわよ」
今度はマチルダが驚く番だった。
今なんて言ったの? 私に恋をして?
「だって、夜這いを掛けた変な女よ、しかも、あの夜のことをあまり覚えていないから、恋をしたって言われても、…いったい、あの状態のどこに?」
そう言われたら、そうなのだが、ロイドが恋しているのは、傍で見ていたら丸わかりだった。
マーサが朝食のワゴンを押して戻ってきたので、話すのは、また後で、となった。
「ところで、今夜の夜会に着るドレスを準備していたのだけど、少し子供っぽくないかしら。さっきノーマと、そんな話をしていたところだったのよ」
「お気に入りのドレスなのだけど。そうかしら?」
二人はそそくさと食事を済ませ、ドレスの見極めにかかった。
姿見の前で、ドレスをマチルダに宛がってみると、確かに少し子供っぽい。持って来た時にはあまり気にならなかったが、かわいらしい系のドレスが、妙にあざとく見えてしまう。
この数日で急激に雰囲気が変わったせいだろう。
「昨夜のドレスなら大丈夫だけど、二日続けて同じドレスは駄目よね」
従姉達にドレスを借りよう、というミシェルの提案で、二人は急いで従姉たちのところに向かった。
そして一時間後、やっと今夜のドレスが決まった。シャーベットオレンジのシフォンの薄い布地に白い造花を留め付け、ギャザーやドレープを出した、ロマンティックなドレスだ。妖精のお姫様のような雰囲気で、マチルダにぴったりと似合う。
肩を大きく出したデザインなので、マチルダのきれいなデコルテが強調されて魅力的だった。それに合わせて髪はアップにすることになった。
アクセサリーも、合うものをとっかえひっかえしてみた。デコルテを飾るネックレスを色石にすると、強すぎて全体の雰囲気を壊してしまうのだった。ようやく真珠の、豪華だが品の良いものに決まった。しっくりと収まってとても華やかになった。
「これで、準備は万端よ。後は告白を待つだけね」
鼻息も荒く、やり切った感に浸っているミシェル自身は、自分の支度を忘れているのだった。
一番年上のナンシーがミシェルに言った。
「あなたはいいの?マチルダ嬢だけ、こんなに素敵に大人っぽく装ったら、隣のあなたが見劣りしない?」
「そういえば、そうなんだけど。今日の私は、どうでもいいというか……」
実際、実にもう、どうでもよかった。そこに力を割くエネルギーは持ち合わせない。
「何を言っているの? さあ、ここに立って」
それから、今度はミシェルのドレス選びが始まったのだった。