目覚めたら妻がいない!......妻なんていたかな??
お互いに正気ではない状態で寝てしまった翌日、恋に落ちたことに気付いたのだった。
だけど、ロイドは女性の顔を覚えていないし、名前も知らない。
マチルダはロイドの華やかな浮名を知っているせいで、とても本気で相手にはされないと思う。
必死で探すロイドと、どう出たらいいか悩むマチルダ。そしてお互いに困り果ててしまう。
短い連載です。不定期で更新していきます。よろしくお願いします。
「マチルダ、ねえ、気晴らしよ。たまには羽目を外して遊びましょう。
どうせ、もう少ししたら婚約、結婚で縛られるのだから、ね。」
親友のパイク伯爵家令嬢ミシェルが、そんなことを言い出したのは2週間前のことだった。お互い、17歳で、確かにそういう年頃だ。
16歳で社交界デビューを終えて1年、そろそろ同級生たちの婚約が決まり始めている。もっと若いころから婚約者がいる場合もあるが、デビューから1,2年の間に決まるのが一般的だ。
家同士の政治関係の修復・強化や、経済関係の提携での婚姻の場合は相手を選べないが、そうでなければ、なるべく優秀で心建ての良いお相手を選びたいのが人情だ。
家を傾けかねない放蕩者や困った性癖のある者、能力の劣る者は避けたい。そのためには、ある程度の年齢になってから見極めたほうが安心なのだ。
我がサイルス伯爵家は、幸いと言うか、政治、経済共に大した関係を持たないため、のんびりとお相手探しをすることができる。しかし、17歳。そろそろ真剣に取り組まないといけない年である。
「親戚のアイザス侯爵家のパーティーに参加しましょう。郊外の邸宅で3日間続くパーティーで、初日と3日目に夜会があって、その間は色々な催しがあるの。社交界の人気者もたくさん来るわ。隣国の王女を振ったと噂のロイド・スミスも来るのよ。会ってみたいじゃないの。
野遊びや、狩りや、ボールゲームやらがあってすごく楽しいわよ。遠方からの客は泊りこむのよ。エスコートは従兄や伯父に頼むわ。ねえ、行きましょう。」
そうして、3日間のパーティーに参加することが決まった。
+*☆+*☆+*
初日のパーティーの翌朝、ロイドはゆっくり目覚めながら幸せな気分で自分の横を探った。
愛しい妻の体を求めて。
シーツの上に手を滑らせ、温かい体が見つからないことに気が付くと、ばっと起き上がった。妻がいない。くらっとして、ベッドサイドに置かれた水差しから水を注いで飲んだ。
記憶が混乱しているのか、何かおかしい。俺には妻はいないぞ。夢を見たのだろうか。
ここは、アイザス侯爵家の客用寝室で、俺は一人で寝ていたはず。そうだ、確か媚薬を盛られたのに気が付いて、急いで部屋に戻ったはずだ。
では、媚薬の効果で夢を見たのだろうか。それにしても鮮明で幸せな夢だった。
服を着ようとベッドから出て、脱ぎ散らかした服を探しながら身に着けているうち、破瓜の跡を見つけた。それと金色の長い髪。
やはり夢ではなかったか。髪の毛をきれいにまいてハンカチで包み、シーツをはがして抱えると、同行している友人のヘンリーの部屋に向かった。
隣室のドアをノックし、
「ヘンリー、起きているか?一人か?」
と声を掛ける。
あ~、入って。という返事に、ドアを開けて入ると友はまだベッドに寝転がってもぞもぞしていた。
「おい、起きろ。」
と言って乱暴に体をゆすぶり、水をコップに注いで飲ませた。
「なんだよ。」
「大変なんだ。妻を見つけたのに、相手が誰だかわからない。」
「はあ~。何を言っているんだ。寝ぼけているのか?」
「とにかく起きてくれ。相談に乗ってほしいんだ。」
ヘンリーは髪の毛をガシガシかきながら起き上がり、着替え始めた。
「朝飯、行こうぜ。話はそれからだ。」
3日間のパーティ期間中、食事室は朝から真夜中まで開いており、誰でもいつでも利用可能になっている。真夜中でも、カードゲームなどに興じる客のため、料理の提供や、部屋へ運ぶこともしてくれる。
食事室には5組ほどのグループが陣取りにぎやかだが、幸い周囲に気兼ねせず話せそうな窓辺の2人用テーブルが空いていたので、メイドを呼んで朝食を頼んだ。
ロイドはカリカリのトースト3枚とバター、ベイクドエッグとベーコン、ベイクドマッシュルーム、ピクルドサーディン、オレンジジュース。
ヘンリーはトースト3枚にマーマレードジャム、半熟卵とソーセージとベイクドビーンズにマッシュポテトにフルーツ。
お茶はポットで頼み、ミルクとシュガーポットを添えてもらった。
しばらく無言で食べてから、ヘンリーが聞いた。
「さっきの寝言、どういうことだ」
「昨晩、ある女性と寝た。処女だった」
「お前! メアリー・グレインの教えを破ったのか!」
「そうとも言えるな。まずい事をしてしまったが、幸運にもその相手に惚れてしまったようなんだ」
ロイドとヘンリーは性教育の指南役が同じだった縁での親友だ。
学院に入学してしばらくした頃、雑談でヘンリーが言った“処女の相手は一生に一回“という言葉で、もしかしたらとロイドが話しかけ、2人ともその道で有名なメアリーに手ほどきを受けたことを知った。
彼女は知る人ぞ知る有名人で、信用のある人間の紹介でしか雇えない。つまり一見さんお断りだ。ロイドの場合は父親が同じくメアリーに手ほどきを受け、その子供の教育係 として彼女に依頼をした。
ヘンリーも同様だそうだ。
彼女の男を見る目には定評があり、そのお眼鏡にかなったというだけで自慢できるが、いい男はそういう自慢をしない。選ばれない人々の噂話だけが巷を流れるのだ。
彼女の教えでは、処女に手を出すのは禁止。一生に一度、結婚初夜のみ。揉め事を引き寄せたくなければ、それは守るよう言われている。
「昨晩のパーティーでユースタス伯爵家のミリアム嬢と踊った後、カクテルを飲んだのだが、たぶんそれに媚薬が入っていたんだ。
媚薬が使われた場合の兆候を教わっていただろ。大抵は、熱が出たように体が熱くなって喉が渇き、頭がぼんやりして落ち着かない気分になってくるって。急にそんな状態になったので、これは盛られたと思い、慌てて逃げたんだ。
ユースタス伯爵夫人が何か話し掛けてきて、どこかへ連れて行かれそうになった気がするが、よく覚えていない。とにかく振り切って、部屋に戻って水を大量に飲んで寝たんだ」
「怖いねえ、親とグルか。よく逃げられたもんだ。メアリー様様だな。で、逃げたのに何で寝ることになったのさ」
「それが、夜中に目が覚めたらベッドに女性がいて、頭を抱き寄せて撫でられていたんだ。なぜだか、僕はその女性を新婚の妻だと、その晩が初夜だと思っていた。それで、“処女を相手にするときのお作法” に従って彼女と寝た」
「で、よかったか」
「もちろん。今まで何人もの女性を相手にしたけど、なんていうか、体と体がぴったり合わさってしっくりする。これは俺のための女で、俺も彼女のための男だと納得するような感覚だった」
「それはすごいな。じゃあ今から探そう」
「それが、顔も覚えていないんだ」
「…...お前、残念過ぎるな。何か探すための印とかないのか?
もしかしたら、彼女の方から声を掛けてくるかもしれないけど、それが彼女か寝てみないとわからないなんて言うなよ! 一発で相手を当てないと、間違えた相手に捕まることになるぞ」
ポケットに入れていたハンカチを開いて、髪の毛を見せる。
「これがベッドに残っていたんだ。それとかなり好みのタイプだったのは確かだ」
「ふうん。もしミリアム・ユースタスが、昨夜寝たのは私よって言ってきたらどうだ」
「絶対違う。それはわかる」
「そうか。ミリアムは美人だが、好みではないんだな。あんな美女から逃げ回るなんて贅沢だと思っていたが、好みは人それぞれって言うから。
では、この夜会に来ている昨晩まで乙女だった令嬢で、金色の髪で、お前の好みの女性か。
結構絞れたな。じゃあ、探すか」
ヘンリーはそう言うと、紅茶を飲み干して立ち上がった。
ロイドは、頼りになる親友と一緒でよかったと、この時程思ったことはなかった。