【急募】夜会のど真ん中で痴女になりそうな私を助けてくれる人
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え、なんだこれ、と思ったときには、遅かった。
「あれっ? 失敗しちゃったようです。では、もう一回~!」
その場で固まるクローディアの背後で、少年の明るい声がした。
王城で開かれた本日の夜会には、「王国最年少魔術師」と名高い少年が呼ばれている、というのはクローディアも知っていた。
遥か昔には扱える者が多かったという魔術も機械文明の発達により衰退し、今では魔術師の才能を持った者が稀に生まれる程度。その魔力も昔と比べると格段に落ちており、昔は魔術で山を爆破したり空を飛び回ったりしたそうだが、現代では手品のような魔術を使えるだけでも驚くべきこと、というレベルになっている。
現国王は魔術に関心があるようで、王妃の誕生日を祝う今日の夜会には、最年少で魔術師の称号を得た少年を呼んでいた。そんな彼がクローディアの背後で、「伏せたコップの中に入れていた宝石を消す」という魔術を披露しているようだ、というのには気づいていた。
だが魔術にそれほど関心がないクローディアは、そちらを見ることなく通り過ぎようとして――少年が「えいっ!」と言った瞬間、自分のドレスの中がすうすうし始めたことに気づいた。
クローディアの背後では、魔術を成功させたらしい少年魔術師が拍手喝采を浴びているようだ。だが、そんなものに気を配る余裕はない。
(……えっ? 私……もしかして、裸足になっている!?)
子爵令嬢であるクローディアは、今日の夜会のためにオーダーした流行のドレスを着ている。
一昔前のようにスカートの裾を広げるデザインのものから一転して、最近はドレスの前面をすとんとした形にしてお尻の方を膨らませるデザインが流行っていた。歩くときにちらちら靴のつま先が見えるのが、ポイントである。
だが今、クローディアのドレスのスカートの中は、大変すうすうしている。それもそうだ。
つい先程まで着用していた靴下とソックスガーター、そして靴が消えてしまっているのだから。
(な、なんてこと……!?)
その場に立ち尽くすクローディアは、さっと青ざめる。
なぜなら、この国では「女性の足を見せてはならない」という風習があるからだ。
女性にとって自分の足は、体中で最も秘されるべき箇所である。他人に触れられるのはおろか、見せることすらはばかられる場所だ。
王族の女性でさえ、入浴のときに体の他の部位はメイドに洗わせても、足だけは自分で洗う。そして湯から上がったらすぐに靴下を穿いて、メイドにも見られないようにする必要がある。
女性が自分の足を見せる相手は、本当に愛する人だけ。
男性にとっての女性の足はこの上なく神聖な箇所であり、妻が足を見せてくれるというのはそれほどの信頼と愛情を捧げてくれているという証しにもなった。たとえ結婚した間柄でも、仮面夫婦や不仲な夫婦の場合は妻が足を見せないこともざらにあるそうだ。
そういうこともあってか、王国ではドレスと同じくらい靴の流行の移り変わりが激しい。特に今流行っているデザインのようなドレスの場合は歩くたびに靴のつま先が見えるので、高貴な女性はドレスよりむしろ靴に金をかけて、権力をアピールするのだ。
……つまり、である。
今のクローディアはおそらく少年魔術師の消失魔法を食らってしまい、太ももから下に身に付けていたものが全部消えてしまった。ある意味パンイチ状態である。
下着だけは残っているのが不幸中の幸い――ではない。
(これじゃあ、歩けないわ……! まだ下着がなくなる方がよかったのに……!)
そう、このドレスだと、一歩でも歩くとつま先が見えてしまう。
今のクローディアは、素足だ。身震いしてしまうのは、会場の床の冷たさがじわじわと這い上ってくるからだけではない。
昔流行った形状のドレスであれば、気をつけて歩けばつま先が見えることもなかった。
だがこのデザインだと、つま先を見せずに歩くことはほぼ不可能。足の指を駆使してちまちま歩けばなんとかなるかもしれないが、スーッとスライドしながら移動する姿を見せたくはない。
まだ、ノーパンがよかった。ノーパンだったらすっ転びでもしない限りは困ることもない。クローディアの祖母の時代は、ドレスの下がノーパンなのは当たり前だったらしいし。
だが今の状況のクローディアでは、動くこともできない。
次々に魔術を披露しては皆からの拍手を浴びているあの魔術師なら、消えた一式を元に戻せるかもしれないが……そうするには彼に、「今の私、裸足です」と痴女アピールをしなければならなくなる。
そして今クローディアはここから動けない以上、どこかに隠れることもできない。誰かに助けを求めようとしてもやはり、痴女アピールは必要だ。
(せ、せめて、うちの使用人を呼べたら……!)
クローディアは今日、両親と一緒にここに来た。そのときには侍女も連れていたのだが、この侍女は中年で頭が固くて口やかましいので、クローディアは彼女のことが好きではなかった。だから今も、やかましい侍女を撒いて一人で夜会会場を歩いていたところだった。
侍女に見つかれば、面倒なことになる。それくらいなら、控え室で待機させているメイドに痴女告白をする方がずっとましだ。
(だ、誰かにお願いをしないと……)
「おや、こんばんは、美しい人」
誰か、誰か、と知り合いの姿を必死で探していたクローディアは、声がかけられた。振り返ると、知らない貴族の男性が笑顔でこちらを見ている。
「先ほどからあなたのお姿が気になって仕方がありませんでした」
「そ、そうですか」
ノーソックス痴女で、申し訳ない。
「これからダンスですし、よろしかったら一曲お相手願えませんか?」
(一番だめなやつが来たわー!)
手袋の嵌まった手を差し出されて、クローディアは叫びたくなった。
今の状況のクローディアにとって一番まずい提案をされてしまい、背筋にぶわっと冷や汗が噴き出る。
「あ、ありがとうございます。しかし、実は体調が優れず……」
「おや、そうでしたか。ではあちらのソファ席にご案内します」
それも十分だめなやつである。
「いえ、実はこうして動かないのが一番楽で……」
「では、椅子をお持ちしましょう」
それもなかなかアウトなやつだ。
椅子に座れば、ドレスの前面が持ち上がる。靴をアピールしたいときには椅子やソファに座るのが一番だが、今のクローディアは「この場で棒立ち」以外の全てがアウトになる。
(ど、どうしよう!? でもこの方は親切そうだし、うちのメイドを呼んでくれるかも!?)
「ありがとうございます。ですが……もしよろしかったら、メイドを呼んでいただけませんか? わたくし、コーベット子爵家の者なのですが……」
「……僕は召使いではないのですが」
クローディアの願いも虚しく、頼みごとをした途端、相手の男性はあからさまに嫌そうな顔になった。どうやら、クローディアが期待したほどのお人好しではなかったようだ。
「それとも、言い訳をしてでも僕にエスコートされるのがお嫌だと?」
「そ、そういうわけでは……」
「残念です。まさか子爵令嬢ともあろう方が、伯爵家嫡男である僕を召し使い扱いするとは。……コーベット子爵家、でしたか。覚えておきましょう」
(そんな……!)
不機嫌を隠そうともせずにネチネチとイヤミを垂れ流す男を前に、クローディアは震えそうになる。
クローディアのせいで――いや、諸悪の根元はあの少年魔術師だが――子爵家が貶められるなんて、たまったものではない。
クローディアが真っ青になって震えているのを見て気分がよくなったのか、男はクローディアの右手を強引に握った。
「申し訳ないと思うのなら、僕に付き合いなさい。……ほら、曲が始まる」
「やっ……待ってください!」
そんなことをすれば、何も履いていない足を見せることになってしまう。
――大衆の面前で素足を晒すのはもはや痴女ではなくて、犯罪者だ。猥褻物陳列罪である。
ここから動いてはならない、とクローディアが足の指に力を入れたことでずるっと滑り、その場に座り込むように倒れてしまう。ドレスの背面部分が膨らんでおり中にもたくさんのパニエを穿いているので痛くはなかったが、もうこれで立ち上がることもできなくなった。
「なっ……! お、おい! まるで僕が乱暴をしたみたいじゃないか! 早く立ってくれ!」
男性も、まさかクローディアが倒れるとは思っていなかったようで焦った声を上げ、手を離した。
もうこうなったら恥も何も捨てて、中腰のこの格好のままカサコソ移動して逃げようか――とすら思っていると。
「ん? なんだ、そこにいるのはクローディアか?」
陽気な声が聞こえてきたため、クローディアも男性もはっとした。
二人の背後から、カクテル入りのグラスを手にした青年がやってきた。癖のない赤い長髪を結って背中に垂らした彼は、クローディアを口説こうとした男性とは比べものにならないほどの整った容貌を持っている。
背が高くて騎士団にも所属するため引き締まった体を持つ彼は、カクテルをぐいっと呷ってから空になったそれを給仕に渡し、床に座り込むクローディアと男性を交互に見た。
「……そいつ、俺の顔なじみなんだが。まさかおまえが押し倒したのか?」
「ま、まさか! ……くっ、僕は失礼する!」
男性は顔を真っ青にして、逃げてしまった。
青年は逃げる男性を見てふんと鼻を鳴らし、未だ座り込んだままのクローディアを見下ろしてきた。
「……んで? おまえはいつまでそこに座ってんだ? そんなに床の冷たさが快感だったか?」
「マイルズ……」
クローディアの声が、かすれる。
マイルズ・ダウニング。
クローディアと同い年の二十歳の彼はダウニング伯爵令息で、クローディアの幼馴染み……のような何かだった。
コーベット子爵家とダウニング伯爵家は王都にある屋敷が隣同士で、当主夫妻同士の仲もよく、またそこに生まれた長子も同い年だったため、自然と二人は遊ぶようになった。
クローディアも子どもの頃はマイルズと一緒に外で遊んだり勉強したりしたが、次第にマイルズはクローディアに意地悪をしてくるようになったため嫌になり、十歳の頃に大げんかをしてからは疎遠になっていた。
クローディアは淑女教育を受け、マイルズは士官学校に通うようになってからは、屋敷にいても滅多に顔を合わせなくなった。それでも夜会などでは彼に会い、お互い大人になったのだから……と最低限の挨拶だけはする間柄になっていた。
マイルズが、紫色の目でクローディアを見下ろしている。「何やってんだこいつ」とでも言いたげな視線ではあるが、その瞳の中にクローディアを心配するような色が混じっていることに気づく。
『いいか、おれのほうが一ヶ月くらいお兄ちゃんなんだから、こまったことがあったらおれをたよれよ!』
子どもの頃、マイルズはそう言って、王都で迷子になったクローディアの手を引いてくれた。
たった一ヶ月の生まれの差で何を偉そうに、という感じだったし、基本的にマイルズはいたずら好きでデリカシーがない子どもだったので、クローディアはしょっちゅう彼に怒っていた。
……だが、困ったときには必ず手を貸してくれた。
大型犬に襲われたときには自分の体を盾にして守ってくれたし、ぬかるんだ道に足を取られて滑ったときには、泥水から引き上げてくれた。びすびす泣くクローディアの手を握って、励ましてくれた。
彼なら、絶対にクローディアを見捨てない。
「……マイルズ、お願いがあるの」
「お、おう、どうした。下痢か?」
このデリカシーがないのは相変わらずだが、手を貸してくれるのなら何でもいい。
「私……靴を、なくしてしまったの。靴下も、なくて……」
「……は?」
「多分、あの魔術師が使った消失魔術を間違えて受けてしまったの。だから、動けなくて……。控え室にうちのメイドがいるから、こっそり呼んできてほしいの」
「……」
「お願いします、マイルズ。なんでもするから、助けて……!」
クローディアが声を震わせると、いよいよ彼女の状況に違和感を抱いたらしい周りの貴族たちがヒソヒソ話をするのが聞こえてきた。
その場に座り込んだまま動かないなんて、おかしいに決まっている。
どうかしたのか、大丈夫なのか、体調が悪いのか……と今はまだ心配するような声がほとんどだが、これが醜聞に変わるのも時間の問題だろう。
マイルズは目を見開き、じっとクローディアを見下ろした。
そして彼は着ていた礼服の袖部分をまくり上げ、クローディアのそばに膝をついた。
「……膝を曲げて、正座のような格好になれ」
「えっ?」
「大丈夫。俺がなんとかするから」
マイルズはクローディアの耳元で囁いてから、「おいおい!」と大きな声を上げた。
「クローディアおまえ、足を挫いているな! これじゃ歩けないだろう!」
「えっ……」
「ほら、掴まってろ!」
そう言うなり、マイルズはクローディアの背中と膝の下に腕を差し込み、さっと持ち上げた。とっさにクローディアは彼に命じられたように正座をするように足を折り畳んだので、マイルズはドレスのスカートごと抱え込むようにクローディアを抱き上げる。
「きゃっ!?」
「すまない、知人を控え室に運びたいから、通してくれ」
クローディアが慌ててマイルズの肩にしがみつくと、彼は明るい声で言ってから歩き出した。周りの者たちがすぐさま道を空けてくれたので、そこを足早に歩いて行く。
(マイルズ、こんな無理な格好の私を抱き上げて……)
いわゆる「お姫様抱っこ」なら、彼の負担はそれほどでもないだろう。
だがマイルズはクローディアの足が誰にも見られないようにするために、抱え方を変えている。クローディアは彼の右腕の上に正座で座るような格好になっているので、自分のほぼ全体重が彼の腕一本にかかってしまっている。
「マイルズ! これはあなたが苦しいでしょう!」
「うるさい。痴女扱いされなくなかったら、黙って掴まってろ」
こそこそと言うと、こそこそと返された。
……ここで彼がクローディアを下ろせばまたこの場から動けなくなるし、かといって他の抱え方だと他人、もしくはマイルズにクローディアの足が見られてしまう。
マイルズも含めた全ての人から、クローディアの足を守ってくれている。
そのことが分かり、クローディアはぎゅっと唇を引き結んで彼の肩にしがみついていた。
マイルズは夜会会場を抜けて、コーベット子爵家にあてがわれている控え室まで運んでくれた。
「おかえりなさ……え、ええっ!?」
「おまえ、子爵家のメイドか。すぐにこいつ用の靴下と靴を準備しろ」
「えっ? えっ? どちら様で……?」
「いいから、早く!」
マイルズが命じると、知らない男に抱えられて登場したお嬢様に驚いていたメイドはぴゃっと飛び上がり、慌ただしく部屋を出ていった。
マイルズはすぐにクローディアをソファに下ろし、すぐに自分は背中を向けた。万が一にでも、足を見ないようにしてくれているのだ。
「これで大丈夫だろう」
「あ、ありがとう。……あの、マイルズ。ごめんなさい、あなたの腕……」
「俺はおまえと違って、普段から鍛えている。変な形の土嚢を抱えて訓練したとでも思っておくことにするよ」
「土嚢……」
昔のクローディアなら、「レディを土嚢扱いするなんて!」と怒ったかもしれない。
だが大人になった今は、これもクローディアを心配させるまいとマイルズなりに考えてくれたジョークなのだと分かる。
「それにしても……あの魔術師、ろくでもないことをするな。そういや消失魔術を披露するとき、最初失敗してたっぽいな」
「ええ。そのとき私が通りがかったから、間違えて私の靴や靴下を消してしまったのかも……」
「なんてはた迷惑なやつなんだ。……どうする、そいつをシメて私物を取り戻すか?」
「でもそうしたら、裸足になっていたことがばれちゃうわ」
「それもそうか。……じゃあ残念だが、靴とかは諦めろ」
「もちろん、仕方のないことだと割り切るわ。それに……マイルズが来てくれたから、あれだけで済んだのだし」
クローディアは振り返り、未だ背中を向けるマイルズを見た。
「……本当に、ありがとう。あなたが来てくれなかったら、私はあの場に座り込んだままだったかもしれないわ」
「もしくは皆の前で足を見せることになっていたかもしれない、か。女は大変だな、足を見せられないなんて」
「そういうものだから仕方ないわ」
本当に、マイルズが来てくれなかったらクローディアはお嫁に行けないどころか、歩く猥褻物扱いされていたかもしれない。
あのタイミングでマイルズが声をかけて……困っているクローディアに救いの手を差し伸べてくれたから、クローディアは痴女にならずに済んだ。
「あ、あの、でも今日のことは秘密にしてくれないかしら」
「当たり前だろう。別に、これをダシにコーベット家を強請ったりもしないから、安心しろ」
「そう言ってくれると助かるわ。……ああ、それから、『なんでもする』って言ったのだから、あなたの要望を聞かないと」
クローディアが律儀に言うと、マイルズの肩が少し跳ねた。
「え、それっておまえから言い出すものなの? ……別に俺はおまえからせしめたいものがあるから手を貸したわけじゃないし、そもそも『なんでもする』なんて気軽に言うな。相手が相手だったら、おまえにとんでもないことを要求したかもしれないだろう」
「マイルズは意地悪でデリカシーがないけれど、変なことは要求しないと分かっているもの」
「おまえ……」
はぁ、とため息をついて、マイルズは頭を掻いた。
「いくら幼馴染みだからって、もう少し俺のことを警戒しろ」
「警戒、って……」
「あのな。俺がおまえを助けたのは、俺がそうしたいって思ったからなんだ」
「……」
「相手がおまえじゃなかったら、おまえが言っていたように使用人を呼ぶなりして対処していた。でも……他ならぬおまえだから、あそこに置いておくことはできない、したくないって思ったんだ」
「えっ?」
ソファの背もたれに両手を乗せてクローディアが身を乗り出すと、「だからっ!」とマイルズは振り返った。
その顔は――赤い。
「困っているのがおまえだから、少し体に無理をしてでも抱えたし、おまえだから誰にも絶対足を見られないようにしたいって思ったんだよ」
「ま、マイルズ……」
「だから、そのっ。俺は子どもの頃から、おまえのことが――」
一方その頃。
「うーん……絶対最初から成功したと思ったんだけどなぁ」
王城の夜会会場に隣接した、控え室にて。
ソファにだらしなく座った魔術師のローブ姿の男が、首をひねっていた。
彼は先ほど、会場で自慢の魔術を披露して貴族たちから喝采を浴びていた。なお、「王国最年少魔術師」と言われているが彼は自分が童顔なのを利用してサバを読んでおり、実年齢は二十歳を越えている。
彼が気になっているのは、先ほど披露した魔術のこと。
テーブルに宝石を置いて、その上にコップを被せる。そうして消失魔術で宝石を消し、再び魔術で登場させる……という予定だったのだが、なぜか一発目が失敗してしまったのだ。
そのときは、「あれれー、なんでだろー?」とかわいらしくとぼけてごまかしたのだが、彼の感覚としては一発目から成功していると思っていた。
「うーん……もしかして、標的を外しちゃったとか?」
そう思った彼は、「えいっ」とぶりっこ全開のかわいいかけ声と共に魔術を展開して――
ぱさぱさぽこん、と自分の膝の上に、いくつかの布と靴が落ちてきた。
「んんっ!? これって女性ものの靴と肌着? ……あちゃー、さては僕、通りすがりのご令嬢のスカートの中のものを消しちゃったのかー」
てへぺろっ、と舌を出して、自分の頭を拳でこっつんこする。
そういえば彼が魔術を展開した瞬間、不自然に動きを止めてそれからしばらく硬直している令嬢がいた。どうやら魔術によってコップの下の宝石ではなく、彼女のスカートの下に穿いていたものを消してしまっていたようだ。
「しまったしまった。うーん、えーっと、こういうときはぁ……」
それっ、と彼が指を振ると、靴下や靴などがぱっと消えた。今頃、持ち主のもとに戻っているはずだ。
「ちゃんと返却できたし、会場で大きな問題が起きたって話も聞かないし……これでいいよねー?」
たはー、と笑った彼は、ワインのコルクを抜いてグビグビ飲んだのだった。
一方その頃。
ぽと、ぽこん、ぱさ、と、クローディアとマイルズの間の床に、何かが落ちた。
「……なんだこれ?」
「あっ! 私の靴とソックスガーター!」
何やらいい雰囲気になっていたのだが、マイルズがつまみ上げたのが自分の靴だと分かり、クローディアは声を上げた。
それらは、あの少年魔術師の消去魔術によって時空の彼方に消え去られたと思っていたものたちだった。靴もソックスガーターも、汚れはほぼないようだ。
「もしかして、その魔術師が一度消したおまえの私物をもう一度出現させたってことか?」
「そうだと思うわ。あ、あの、拾うから」
「いや、これくらいなら俺が――」
そう言ってしゃがんだマイルズの頭の上に、ぺそ、と何かが落ちた。
「ん?」
「あっ……! きゃぁぁぁぁぁぁ!?」
その「何か」に気づいたクローディアは悲鳴を上げて、飛び出した。
そして、何が落ちてきたのかと頭の上に手を伸ばそうとしたマイルズよりも早く彼の頭上から「何か」――自分の靴下の片方を奪い取り、少し離れたところに落下していた相方も床に這いつくばるような形で回収した。
(セ、セーフ! さすがに靴下はまずいわ!)
女性の素足は言わずもがなだが、靴下もおいそれと異性に触らせていいものではない。まして、洗いたてではなくてつい先ほどまでクローディアが履いていたものだ。
(これで全部取り返せたから、よかった……!)
靴下を握りしめてほっと安堵の息を吐いたクローディアは、背後でマイルズが「えっ」と裏返った声を上げたことに気づいた。
「ク、クローディア。おまえ、その格好……」
「なに?」
何気なく振り返ったクローディアは……気づいた。
今、自分は床に落ちた靴下を拾うために、カーペットの上に四つん這いになっていた。
その格好は、まあいい。問題は、四つん這いになることでドレスのスカートの背面が持ち上がり――自分の素足がお披露目状態になっていることだった。
足の甲を見られるだけでも十分まずいのに、今クローディアが背後にいるマイルズにお見せしているのは、よりによって足の裏である。
「……」
「……」
二人は、しばし今の格好のまま見つめ合った。
そして。
「クローディア!」
「はい」
「結婚しよう!」
「なんで!?」
プロポーズされたのだった。
後になって分かったのだが。
マイルズは子どもの頃からクローディアのことが好きで、お互い年頃になり距離ができてからもずっと、気にかけていた。
そして、騎士団で心身を鍛えて立派な大人になってからクローディアに交際と結婚を申し込もうと考えていた。
夜会でクローディア裸足事件が起きたときも、いざとなったら責任を取って結婚するつもりだったものの、クローディアの気持ちが分からないので彼女の足を見ないように努め、もしクローディアに他の好きな男がいるのなら送り出せるようにしていた。
彼は全ての元凶である少年魔術師――後で分かったが、全然「少年」ではなかった――を探し出して徹底的にシメ上げた。
そうしてすったもんだの末に結婚した妻クローディアの足を見る機会があるたびに、「結婚しよう!」「もうしているわ」というやりとりを繰り返したという。
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