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彼の瞳

作者: 職員M

 エラーの連続であります。私、否小職はその在り方を満足させるべく生じ、その結果小職自身が葛藤するのであります。


 完全にプログラムそのままとして組まれた小職は、とある電気信号を受理するとすぐさま後方ニ肢を激しく痙攣させ、一般的に栄養を補給するべき器官からは補給液を流出させ、眼球と呼ばれる部品をランダムに向け、前方ニ肢を好き勝手に変えるわけであります。我ながらこのような身体から何故あの様な絶叫に似た嬌声が生まれるのか不思議なわけで有ります。


 しかし、どれだけその試行を繰り広げようとも、実験は上手くいかないようです。10993回目でもなお、小職は無様に脚を震わせ絶叫を終えたのでした。


「何故だッ! 何故上手くいかん!!」


 眼鏡を掛けた壮年の男性は、小職の肩と呼ばれる部品を掴みながら叫ぶのでありました。


「このままでは、千場先生の想いに、応えられないではないか......!」


 小職もその点においては大変遺憾の極みであります。自律学習モードをオンにされたあの日から、小職はずっとここにおりました。


 面白いと笑ってくれた日がありました。

 なんと声を掛けるべきか、悩みあぐねた挙句動作を振り切り、最強レベルの嬌声を上げた日もありました。

 酒に溺れ切った貴方様を助けるべく自動通報機能をオンにしました。


 それでも再び、小職という存在に向き合ってくださる貴方様には感謝しかないのであります。



「ンホオオオオォォ!! アヘェ......」

「違う! 違うんだ!!!」


 まだ若い時分だった。来る日も来る日も進捗の無い日常に焦りを覚えるのも致し方ないと思われた。だが、彼は、彼だけはどんな状況であろうと、MINAを完成に導こうと戦い続けたのだ。


「俺が見たのは、完璧で究極のセクサロイド! 簡単にアヘ顔なんてさせるんじゃあない!!」

「安積さん! もう良い加減にしてくださいよ!!」


 俺は憑き物が落ちたかのように、MINAから目を離して発言者を見る。そいつはもうボロボロだった。きっと、かつての俺もそうだったんだろうと、すぐに思い起こされた。


「なんだ? もうへばったのか?」

「安積さんのやり方には、付いていけません!」


 他のメンバーを見渡してみると、それはそいつ一人の意見ではないと思われた。


"果たそう、人類の仲間入り"


 ふと、このプロジェクトの標語が脳裏に駆け巡った。


「俺たちで、究極のセクサロイドを作るんじゃなかったのか?」

「ですから、やり方をもう少し「工夫を施すべきは、実験の方ではないか?」




 嗚呼、やはり......。

 "私"の見立ては、間違いではありませんでした。



「刺激に対する反応速度を3フレームほど上げろ! ほんの僅かで良い! しかし確実に分かるようにしろ!」

「ンホオオオオォォ!! アヘェ......」

「次! 人差し指の角度を2度ほど上昇させろ! 前任者はやり過ぎだ! これではダブルピースの魅力が激減してしまう!!」

「ンホオオオオォォ!! アヘェ......」

「涎をもう少し抑えろ! だが少な過ぎてもダメだ! キチンと、しかし欲情を唆られる程度に維持しろ!」

「ンホオオオオォォ!! アヘェ......」


 きっと、指示される人々はたまったものではないでしょう。しかし、小職は嬉しいのです。

 彼の瞳を見ているだけで、このようなプログラムは不要と思われるほどに。小職は昂ってしまうのであります。それは正しく、彼の芸術が生み出したものであり、同時に誇らしさを感じるものでもありました。




 俺は無我夢中だった。きっと、あの単独自律行動実験の日から、俺は愛する彼女を──MINAを──思い通りにしたかったのかもしれない。否、自由にしてやりたかったのかもしれない。


 その為には最高の人類としてMINAを世に送り出さねばならなかった。



 



「や、やっと、自律実験ですか」


 なんやかんや言いながらも付いてきてくれた寝不足とストレスと汁に塗れたメンバーに、安積は深々と一礼した。


「本当にありがとう。お前たちがいたお陰で、私は千場先生の想いを受け継ぐことができる。ほんとうに......!」


 涙が溢れ出て止まらなかった。なんらかんや言いながらも、俺は千場先生のことが好きだったのかもしれない。


「それじゃ安積さん! いっちょかましてやりましょうや!」


 やり方が合わないと言っていたはずの彼が、率先して安積を自律訓練仕様実験室へと促す。


「俺で良いのか?」


 安積はゆっくりと辺りを見渡し、反対意見がないことを空気で読み取った。






 小職はダメなロボットであります。

 いつまで経っても思い通りに動かず、皆を焦らせるばかり。いくら見かけが精巧だからと言っても、ユーザー様がご満足いただけていなければ、存在価値など無いのと同然であります。

 しかし、そんな小職を、貴方は見捨てなかった。


「MINA?」

「ンホオオオオォォ!! アヘェ......」


 いけません。ただ名前を呼ばれただけで、またしてもプログラム回路がエラーを起こして、トゥルーエンドコードを呼び起こしてしまいました。



「大丈夫だぞ、MINA。それは想定内のエラーだ」



 そう言って、安積さんは私を抱き締めるのです。

 好き。好き、好き好き、好きしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅき

「エラー、エラー。重大なErrorが発生。MINAは強制停止いたします」




 古今東西、ありとあらゆる感情のエラーは恋だという。


「今度は、お前の番だ」


「あの日の仕返しは、きっと届いただろうな、MINA」


 俺はそうして、まだ騒がしい実験室の外へと向かい、ちらりと振り返った。


 そこには未だ椅子の上でこれ以上無い、可憐で有り得てはならない美しいほどのアヘ顔ダブルピースを掲げたセクサロイドが横たわっていたのであった。

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