柊和の頼れるあの人 前編
── 6月10日 15時50分 橘柊和 ──
美咲が家に来たあの日から数日が経った。
残念なことに美咲との約束を即日履行することとなったので、私は全ての元凶であるバスケ部顧問の中村秀作をバスケ部、ひいてはこの学校からいなくなってもらうために動き始めていた。
倉庫で美咲を宥めていた時に感じていた……いや、今も変わらず残り続けるこの怒り。
中村以外にも。美咲に八つ当たりをした一年は同罪だと私は考えていたけど、直接美咲からストップがかかったのでそこは様子を見ることに。
ただ、美咲を倉庫に閉じ込めた実行犯。
こいつだけはどんな事情があろうと中村と一緒に報いを受けてもらう。
必ず尻尾を掴んでやるから、震えて待っていろ。
美咲が倉庫に閉じ込められたのは先週の金曜、今日は週を跨いで火曜日だ。
土日に出来ることは限られていたので、学校が始まった月曜からは、日ごろ欠かさず築き上げ続けた信頼という武器を使って、まずはいろいろと調べてみることに。
調査の結果、たった一日でもあっさりと求めていた成果は得られたので、いよいよ私も攻めの一手を打つためにある場所に向かっていた。
その部屋のドアの前に立つと約一ヶ月前の、私にとっては大切で、けれどそれなりに苦くもあるあの記憶を思い出してしまい、少しノックを躊躇ってしまう。
けど、遅刻するわけにもいかないのですぐに切り替えた。
──コン、コン、コン。
「どうぞ~」
名乗る前にドアの中から返事があったのでそのまま入室する。
「失礼します」
「やあ柊和ちゃん、いらっしゃい」
「こんにちは、詩葉先輩」
生徒会室に入ると、そこには一人で、しかもおそらく勝手に生徒会長の席に座っていた詩葉先輩が椅子を回転させ、くるりと私の方を向いた。
「いいんですか、会長でもないのに勝手に座って。というか、今日も生徒会は他に誰もいないんですか?」
「いないいない、イベントもないような時期は基本こんなもんだよ。私が会長になったらもっと面白く仕事出来るようにするんだけどね~」
「それは来年が楽しみですね」
「お、そうなったら役員やってくれる?」
「忙しくなりそうなので今のところは考えてません。必要とされたならやりますけどね」
「そっか、残念」
そこはあまり真剣に誘っていたわけではないのかあっさりと引きさがる詩葉先輩。
恩があるのでいざ誘われたら断るつもりはないけど、安易に受けると言ってしまうわけにはいかない身なので、少し遠慮するような言い方になってしまった。
「でも、誘ったらまたお茶くらいは一緒してくれるんでしょ?」
「それくらいは私も歓迎です」
「ふふ、なら良かった良かった」
一ヶ月ほど前に強烈な出会い方をしてから、なんだかんだでこの人とは普通に仲良くなっていた。
こうやって生徒会室が空いてる日に呼び出しを受け、お茶を飲みながら雑談したりなんて日がちょくちょくある。
「でも、今日は珍しく柊和ちゃんからの呼び出しだったね。どうしたの、護君との仲についに進展が?」
「何の話か知りませんが、私と護はこれまで通り良好な姉弟仲ですよ」
「はぁ、やっぱりそう簡単には面白そうな感じにはならないよねぇ」
ため息を吐きながらつまらなそうな顔をする詩葉先輩。
この人はあの日、私の秘めた想いを聞いてから、宣言通りことあるごとに護との関係を茶化したがる。
今はまだいいけど、この先護も入学してくると困ったことになりそうだ。
「人の悩みを面白がらないでください」
「別に笑ったりするつもりはないけどさ」
「なら現状維持に成功してることを私と一緒に喜ぶべきです」
「いいや、『一緒に』なんて言うけど、そもそも君だって心から喜べていないだろう? 私は絶対に諦めないよ」
「……勝手にしてください」
やっぱりこの人のこういうところは苦手だ。
揺られてしまう私の未熟さが問題なのはわかってるんだけど……。
「現状維持なんて言ってると、すぐ誰かに取られちゃうんじゃないの? 話を聞く分には相当モテそうじゃない」
「護からそういう話は聞きませんけど……でも確かに、そのうち彼女とか作るかもしれないですね」
「ほう?」
そんな一言に詩葉先輩はもちろん反応する。
私の頭に浮かんでいたのは、美咲のこと。
けどこの場合部活の話は全く関係なくて、護と手を繋いでいた……いや、護に手を握られていたのか、あれは。
とにかく、二人の距離感の近さが私には気になって仕方なかった。
……いや、まあ護に恋人ができるのは普通に考えればめでたいことなので、姉の私としては本来望むべき展開なのだが。
──本当に?
なんか最近普通の姉の在り方が分からなくなってきた。
仲のいい姉弟なら、弟に恋人ができて複雑な気持ちになるのはあり得る話じゃないの?
いや、たとえ普通だったとしても私の嫉妬は完全に普通からはみ出たものには変わりないし……。
うぐぐぐぐぐぐ……全然なんもわからん……。
「タイムリミットがあるなら、私もこれまで以上に頑張らないとね!」
「何で火が付くんですか……って、今日はそんな話をしに来たんじゃないんですよ」
「つれないねぇ。大事な要件ではあるんだろうから仕方ないけどさ」
苦手だと言いつつも、護の話になるとついつい食いついてしまうのは悪い所だ。
大事な要件で約束を取り付けたのに、話が流れてしまうところだった。
「詩葉先輩にお願いがあってきたんです。この前お世話になったばかりで申し訳ないんですが」
「そんなことは気にする必要ないよ。優秀な柊和ちゃんに恩を売っておける機会は私としても嬉しいし」
「明け透けがすぎませんか?」
「こんなに正直なのも柊和ちゃんにだけだよ?」
「今言われてもイマイチ有難みがないんですが」
下心があると言われても返答に困る。
本気で恩を売っておこうと思っているならここは黙って善意を押し出すべきだと思う。
でも、それが分からない先輩じゃないし、ただの冗談なんだろうけど。
「さあさあ、柊和ちゃんが初めて私を呼び出してまでお願いしたい事はなんなのか、聞かせてもらおうじゃないか」
「そんな大げさに身構えられても困ります」
「だって柊和ちゃんですら手助けが必要な話なんて気になっちゃうでしょ?」
「私はどんだけ高く見積もられてるんですか?」
「それを語りだすとちょっと長くなっちゃうから、先に用件を聞こうかな」
「はい、そもそも語ってもらわなくて大丈夫です。……ちょっと、友達が困ってるので手を貸してあげたいだけですよ」
私から『友達』なんて言葉が出たのが珍しいのか、私の友人であるはずの詩葉先輩が怪訝な表情を浮かべる。
「友達……柊和ちゃんって私と違ってそういう相手に恵まれるタイプだったかな?」
「いえ、残念ながらそう多くはいません。だからこそ手を貸したいんです」
「なるほど……ね。いや、ちょっと意外だったものだから。水差してごめんね、さっそく具体的な話を聞かせてもらってもいいかな?」
「分かりました」
それから、ようやく私は本題について話した。
バスケ部で顧問による暴言や越権行為が横行していること、美咲に対してのイジメ紛いの問題行為が行われたこと。
あえて、美咲から聞いた話の範囲だけまず伝える。
その話を、最初とは打って変わって真剣に聞いていた詩葉先輩は、一つ頷いて私に質問してきた。
「……うん、バスケ部に問題があるのは分かった。ところで、柊和ちゃんはその話、情報源は件の加賀さんだけなのかな?」
「もしそうだったら、信用できませんか?」
「う~ん……、信用できないというか、揉め事があった時に、一方の話だけを聞いても正確な状況を理解できたとは言えないだろう?」
「……そうですね。なので私も一応、確認のつもりで色々と心当たりを当たったところ、女子バスケ部の一年生から話を聞けました。幸い、友達は少ないですが顔は広かったものですから」
私が最初にとった行動は、とにもかくにも情報収集だった。
詩葉先輩の指摘通り、美咲から事のあらましは聞いたものの、あくまでも被害者目線での話。
美咲には見えていなかったバスケ部の裏側があるのは間違いない。
そして、それは実行犯の正体に近づく一歩となり、中村に引導を渡す武器になるだろうと確信していた。
詩葉先輩はあえて黙っていたことを責めるような湿っぽい視線を送ってくる。
「まったく……それならそうと最初から言ってくれればいいのに」
「すみません。試すつもりはなかったんですが」
「別にいいけどね。なら、加賀さんの言う通りの状況で間違ってなかったと?」
「はい、双方から同じ話を聞けました。それといくつか新しい話も」
「なるほど? だから敢えて勿体ぶったってわけだね?」
「ふふ、そういうことです」
月曜に心当たりを色々と当たったところ、当事者の一人と話をすることができ、部の全貌についてはあっさりと把握できた。
その人の名前は田中翠。
小さめの身長が印象的な女子バスケ部の一年生で、あからさまに美咲を嫌い始めた周りに対して、美咲を庇いたくても反感を買うのを恐れ、ただ静観することしかできなかった、そんないわば穏健派の一人だった。
私が美咲の友人だと知り、美咲のために動いていると聞いたら話を聞かせてくれた。まるで、何もしてあげられなかった美咲へ懺悔するかのように。
田中さんの言によれば、美咲の認識通り、一年は中村の八つ当たりによって相当なストレスを感じていたそうだ。
皆、初めの頃は美咲との揉め事がきっかけと気付いていながらも、美咲に非はないと何とか納得していたそうだが、中村の暴言に耐えられず退部に追い込まれてしまった一年が出てしまってからは、その人と仲の良かった人を中心に少しずつ我慢出来なくなったものが出始めたそうだ。
そのあとも美咲から聞いた話と同じ流れで、最終的には軽いいじめのような行為にまで発展していったとのこと。
ただ、美咲が倉庫に閉じ込められた件についてそれとなく尋ねてみれば、なにかあったことすら完全に知らないようだった。
正直見て見ぬふりをしていた目の前の小柄な同級生に対しても、あまり良い気はしていなかったが、話している最中の苦しげな顔を見ていたら、あえて今責める気にもならなかった。
そして、その話の最後に美咲から聞けなかった新しい話もあった。




