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不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく  作者: 桜乃マヒロ
生徒会はあの日から始まっている

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柊和とは違う不思議な熱

 橘家で夕食をいただいた。

 護君の予告通り、揚げ物が中心のメニューで、飛鳥さんと柊和の一見すると過剰にも思える自信に違わぬ美味しさだったもんだから、ついついおかわりしてしまった。

 

 運動部だからこれくらい食べても大丈夫だろうと一瞬思ったけど、もう私は運動部じゃなくなるんだなと気づいてしまう。

 そういえば今日の午後も練習があったのに、そこまでサボってしまったんだなと思ったものの、その心配も必要なかったとすぐに分かった。

 なぜなら、スマホを見たらクラスの友達の他、三木先輩たちからも体調の心配をしてくれるメッセージが送られてきていたからだ。

 飛鳥さんから陸山先生に連絡が行った結果、私は体調不良で休んだことになっているらしい。


 柊和達から少し離れて先輩たちからのメッセージを読んでいると、忘れかけていた罪悪感が蘇ってきてしまった。

 しかも嘘をついた分まで上乗せされている。

 仮病だと明かすわけにもいかず、心配に対するお礼だけ返信してスマホから目を離した。


 私が辞めることを伝えた時、先輩たちにどんな顔をさせてしまうのか考えると、胸がぎゅうと締め付けられるようだった。

 でも、なら部に戻れるかと考えると、体が少しずつ震え出してしまう。

 あそこまで露骨に、それも強烈な悪意をぶつけられた経験は生まれて初めてだったから。

 一度でも意地を張ることをやめてしまった私には、もう一度心を殺すあの生活に戻って耐え続けることは出来ない。


 後悔は折り込み済みの選択だけど、なまじっか取り返しのついてしまう段階である今は、ひたすらにこれが正しい選択なのかと考え続けてしまう。

 もし柊和の計らいがなくて今一人で過ごしていたら、私は今よりもっと苦しんで考え続けていた事だろう。


 ──そもそも見つけてもらえることすら出来ないでいたら?


 もしかしたら、今朝のあれは致命傷になっていたのかもしれない。


 今になって改めて柊和に感謝しつつ、いつまでも一人でスマホをいじり続けているわけにもいかないので、皆の元へ。

 完成された関係の中に途中から入るのは普通難しいものだけど、私自身が本来は人とのコミュニケーションを苦に思わないこともあってか、橘家の人の良さも相まってすっかり打ち解けていた。

 

 柊和と飛鳥さんのいるテレビ前のソファの方へ向かおうとしたら、護君が先ほどまで食事をとっていた長机の方でなにやらいそいそと働いている。

 どうしたんだろうと様子を見れば、食器を片付けているところだった。


「護君、お片付け?」

「そうですよ。食べ終わったらすぐに洗っちゃうんです」

「手伝ってもいいかな?」


 私の申し出に対して護君は首を横に振る。 

 正直一度目は遠慮されるだろうなと思っていたのでこれは予想通りだ。


「お客さんにそんな事させられないですよ」

「私、お世話になりっぱなしで何も出来てないのがちょっと気になっちゃって……もしよければ少しでも返させてほしいんだ」

「それは……いえ、そういうことならお願いできますか?」

「ええ⁉」


 驚いたのは私ではない。

 いや、その驚きに対してびくっとはしたけど、護君のあとにびっくりしたのは私ではなく少し離れたところで飛鳥さんと話していた柊和だった。

 飛鳥さんの方も少しだけ興味深げに護君の方を見ている。

 

 今私たちの会話、もしくは動作にそんな驚くような何かはなかったと思うけど、なんでびっくりしてるんだと思う間もなく柊和が口を開いた。


「私には手伝わせてくれないのに、美咲はOKなの⁉」

「……?」


 聞いてもあんまりわからない理由だった。


「だって断り続けるのも却って悪いかなと思って……」

「私だって手伝おうとしてるのは一緒なんですけど」

「美咲さんはやってもらった方がいいはっきりとした動機があったから」

「なんか納得いかない……」


 どうやら護君は基本柊和の手伝いを断ってしまうらしい。

 柊和的にはそれ単体で我慢ならないというわけではなく、私だと大丈夫になるところが気になるのだろう。

 細かい性格だとも一瞬思ったけど、普段の柊和ならまずこんな反応を見せないことを考えれば、護君のことだからこその反応だとも納得できた。


「姉さんは手伝ってもらわなくても十分すぎるほど働いてるんだから」

「そうはいうけどさぁ……」

 

 納得はしてないみたいだけど、そのまま引き下がる柊和。

 私のいる手前しつこく食い下がるのは遠慮したのかもしれない。


「まぁ、今はいいや……」

「……?」

「すみません、美咲さん。そっちの大きな皿からお願いできますか」

「あ、うん! 分かった!」





 ──…………。

 

「柊和、そんなに皿洗い手伝いたかったのかな?」


 横で私の洗った食器から水をふき取って次々と収納していく護君に問いかける。

 ダイニングキッチンとリビングが一体になったような間取りなので、一応柊和には聞こえないよう気をつけた声量で。


「そうですね、度々申し出てくれますよ」

「でも、ほとんど断っちゃうんだよね?」

「基本は、そうですね」

「何か理由があるの?」


 皿洗いくらい一緒にやればいいのにと私が問いかければ、護君は少しだけ苦笑してしまう。


「理由は……なんというか、申し訳ないんです」

「申し訳ない?」

「はい、二年程前までは家事とかは姉さんの担当だったので、技術自体は信頼できるんです。でも姉さんは飛鳥さんから紹介してもらった仕事で、バイトみたいなこともしてお金を稼いでもらってるので、そもそも僕の方が余分に支えてもらってるくらいなんです」

「え、柊和ってバイトとかしてたんだ!」

「在宅でパソコンと技術さえあればできる仕事なんですけど、なかなか難しそうなことしてましたよ。経理とか簡単なウェブデザインとか色々」

「ホント、なんで私と同じ歳の柊和がそんなことできるわけ? 同級生どころか上級生を含めても図抜けてるよね、柊和」

「そうですね……だからこそ、この程度のことは僕がやるべきなんです」

「護君……」


 そんならしくない言葉に護君の様子を伺ってみればいつもの笑顔が少し曇っている。明るく、優しく、そんなイメージに似合わない、ネガティブな一面が垣間見えた。


「……その、美咲さんに聞きたいことがあるんです」

「ん?」

「今日、姉さんと何かあったんですか?」

「……!」

「夕食の前、少しだけ姉さんの機嫌が悪く見えたので」


 護君が親目線で私と話していた時に、私が少し今朝の事を思い返してしまい、空気が変になった時があった。

 護君も柊和や飛鳥さんのように勘が鋭いのか、それとも長年連れ添った柊和のことだから特別だったのか、とにかく、護君はその微妙な違和感で何かあったことを察したみたいだ。


「鋭いね。もしかして、それが聞きたくて手伝わせてくれたの?」

「正直、少しはそれを期待してました」

「ふふ……正直だね」

「気を悪くしましたか?」

「ううん、全然。護君が柊和に対して過保護なのは知ってるしね」

「僕が姉さんを保護なんて……」


 護君は柊和に対してだと、卑屈な姿勢をとる事が度々ある。

 柊和と話してるところだけを見れば良好な関係だけど、こういうところから柊和とはまた違った歪みを感じ取れてしまった。


 少しだけ気になるところはあったものの、護君に話すかどうかという問題については特に悩むことはなかった。

 今日で顔を合わせるのは二回目だけど、護君なら私の深い所について話しても大丈夫だろうという安心があったし、なにより柊和がこの世で一番信頼している人というのが大きかった。

 

「いいよ、護君になら話してもいい」

「美咲さん……」

「えっとね、ちょっと話せば長くなっちゃうんだけど……」


 私の部活での問題をかいつまんで説明し、今朝柊和に助けてもらったことを中心に説明する。

 今日はもう既に柊和に対して説明していたので部活のところはすらすらと話すことが出来た。

 その間、護君は神妙な面持ちになって話を聞いていた。


「……で、柊和が気を遣って私を家に誘ってくれたの」

「そんなことが……」


 いつものニコニコした笑顔が鳴りは潜め、頭の中で私の話を整理するように、もしくは私にかける言葉でも探しているのか、黙り込んでしまった護君を見て、私は少しだけ申し訳ない気持ちがわいてきた。

 それは、柊和本人には話せなかった新しい後悔だった。


「……ごめんね、柊和のこと巻き込んじゃって」

「……?」

「バスケ部のごたごたは本来、柊和とは関係ない問題なのに、弱ってたからって私は何も考えずに柊和の手を取っちゃった」

「…………」

「それどころか助けてもらうなんて約束までしちゃって、万が一の話だけど、もし柊和まで私のせいで迷惑かけちゃったら……」

 

 あるいは、小宮先輩や他の一年生のように。

 どれだけ考えづらい可能性でも、柊和にまで嫌われてしまう未来を想像するだけで怖気立つ。

 

「そんなこと、心配する必要ありませんよ」

「……え?」

「姉さんに迷惑をかけるなんて心配は杞憂ってことです、気に病むことありません」


 けど、そんな私の心配を護君はあっけなく否定してしまった。


「姉さんは出来ないことを約束する人じゃないです。頼ってほしいって姉さんが言ったなら、姉さんは必ず美咲さんの力になってくれます」

「あ……」

「その過程で姉さんに負担がかかるとしても問題ありません。姉さんの事は僕が支えていますから、姉さんが潰れるような事は絶対にありえません」


 柊和と重なるまっすぐな瞳。

 過信とも言えそうなほどの絶対的な柊和への信頼と、その柊和を支えることに対する護君の自負が伝わってくる。

 

「姉さんは人助けとかよくしますけど、美咲さん程親身になっているのは初めてなんです。それだけ大切に思ってるってことだと思います」


 あえて否定もできなかった。

 気恥ずかしいし、自称することはあり得ないけど、柊和が私の事を大切に思ってくれているのはちゃんと感じられたから。


 「本当は僕も力になりたいんですけど、でも、まだ僕は水仙高校の学生じゃないのでできることが全然なくて……」

「ううん! 気持ちだけで十分助かってるよ! 急に押し掛けたのにご飯も作ってくれたし、私、本当にうれしかった!」

「その程度でいいなら、またいくらでも作りますし、弁当だってまた用意します。だから元気出して、姉さんのこと信頼して見ててあげてください」

「うん……」

「美咲さんがバスケから離れるのは、僕には想像もできないくらい辛いことなんだと思います。代わりになるとは思いませんけどせめて立ち直るまでは僕たちが支えますから──」


 そう言いながら護君は私の手を取って自分の両手で包みこんだ。

 洗い物で冷たくなった手に、じんわりと彼の熱が伝わってくる。

 私の瞳を見つめてくる護君の表情はいつもより温かい笑顔を浮かべていた。


「疲れたなら、しばらくおやすみしてもいいんですよ」

「護君……」

「きっと、美咲さんの事を心配しててくれた人達は分かってくれますし、残った嫌な問題は姉さんが一緒に解決してくれます。来年もまだ僕の力になれることが残っていたなら、微力ですけど手伝います」


 やっぱり、こういう弱ってる時に優しい声を掛けられるのは……。

 涙はなんとか堪えることが出来たけど、しみじみと伝わってくる優しさに心が温かくなるのは我慢のしようがない。


 心の中にしつこく残っていた不安を一つずつ丁寧に取り除いていくような言葉と、私に向けられた柊和と重なるその柔らかな表情を受けて、けれど私は──柊和の時とは違う熱を感じていた。

 

 正体不明のその熱に少し戸惑っていると、護君が口を開く。


「あと、休んでくださいなんて言っておいてこんなお願いするのもどうかとは思うんですけど、出来れば姉さんの事気にかけてあげてくれませんか」

「柊和を?」

「今日姉さんが一瞬不機嫌そうになった時、結構強めに怒ってるのが感じ取れたので、気になるんです」

「え?」


 柊和の怒りと聞いて、私はそれを聞き逃すことは出来なかった。


「姉さんって、自分に何かされたときは大抵流すか堪えるかして怒ったりはしないんですけど、自分の懐に入れた人を傷つけられたときは容赦なく怒るんです」

「…………」

「姉さんを怒らせた人は、物理的にか、精神的にか、社会的にか……またはその全てか。とにかくいろんな形で酷い目にあうので、もし美咲さんが望んでない人にまで、やりすぎた仕打ちをしそうになった時は、止めてあげてほしいんです。美咲さんがいうなら姉さんも止まるはずですから」


 ……柊和が怒る、か。


 私や護君と話しているときに怒ったような顔をしてみせたり、睨んだりすることはあるけど、それはあくまで本気じゃない。 

 威嚇や警戒、あるいは不機嫌なことを主張するためのモノであって、我慢できないほどの怒りを覚えているわけじゃない。


 そんな柊和が相当な怒りを覚えたというのなら、確かに怖い。

 柊和単体でもかなりの脅威だというのに、それに加え周りの人間に対する影響力も計り知れない柊和が本気で怒ったら。

 教師や学生の一人や二人、どうすることもできてしまうのではないか。

 最初は護君特有の少し過剰な心配かなと侮りながら聞いていた話が、段々納得できてきてしまって私としても不安になってきた。

 

『……そっか。チームスポーツだから、その子たちを辞めさせたらっていうのは仮の話としても意味がないのか……』


 唐突に柊和の一言が頭の中で蘇った。

 それまで優しかった柊和が急に恐ろしくも冷たい雰囲気をまとってぼそっとつぶやいたので、聞き間違いかと思っていた。

 けど、もし本当に護君の心配通りなら、私を嫌って無視したり嫌がらせをしてきた一年全員が狙われていた風にも受け取れてしまう。

 

『──姉さんは出来ないことを約束する人じゃないです』


 ……え? 

 もし本当に怒っていて、何かしらの報復を考えていたとして、最低でも辞めさせる程度には追い込むつもりだったってこと? それが出来るって、本気で考えていたと?


 でも……まさかあの柊和が──


「──ねえ、なんで二人とも手つないでんの?」

「うぅわぁあああ⁉」

「あ、姉さん」


 コップ片手にキッチンまでやってきた柊和に声を掛けられ、ホラー映画を見てる時でもなかなか出ないような声で叫んでしまう。

 護君と手をつないだままだった私に向ける柊和の視線は今までに見るどの柊和よりも冷めた視線で先ほどまでしていた想像に現実味が増してきた。


「ねえ。なんで。手。繋いでるの……?」

「あ、あの……それは……」


 語句ごとに強調した発音で再度問いただしてくる柊和。

 あまり聞かれたくない話をしていたのでとっさに理由を説明できなかった。

 口籠もる私に対して、柊和はより不審そうな目を向けてくる。

 私に投げかけられたその問いに、先に答えてくれたのは護君だった。


「美咲さんの話を聞いてちょっと励ましてただけだよ」

「励まして……ああ、そっか……護にも話したんだ……」


 大雑把にまとめて聞かれてもいい所だけを抜粋した説明。

 けれど柊和はそれで納得した。


「ちゃんと美咲さんの力になってあげてね」

「当たり前でしょ。約束は守るし、約束がなくても私がそうしたいんだから」


 その瞳に映る決意の色を見て、ほんのちょっぴり不穏なモノを感じ取った私は先んじて一つ伝えておくことにした。


「ねえ、柊和」

「ん?」

「もう一回言うけど、私は私に優しくしてくれた先輩たちが、あの顧問のせいで酷い目に合わないかだけが心残りなの。だから、仕返しとかは望んでないからね……?」

「……分かってる。だから、顧問がいなくなっちゃえば話はまるっと解決でしょ?」

「え、うん……まあ、元凶は中村一人だし、そうなるかな……」

「美咲がこれ以上追いつめられるようなことは私が許さない。だからちょっと考えてみるよ」

「……うん、ありがとう、柊和」

「……はぁ……いろんな意味でまだまだ大人にはなれそうにないなぁ……」


 意味深にそう言って、コップに水を入れてから柊和はキッチンを去る。

 その後、護君に柊和の動向は気をつけると約束して、洗い物の終わった私は護君と柊和達のもとへ戻った。

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