さぼってあそぼ!
── 6月7日 10時45分 加賀美咲 ──
「ただいまー……と、いらっしゃい」
「あ……おじゃま……します」
「ん」
先にドアをくぐった柊和が私を迎え入れる。
私がおどおど挨拶すると、それでも満足そうに一つ頷いて柊和は靴を脱ぎ始めた。
体育倉庫でいろいろあってから、なぜか私は柊和の家にお邪魔することになっていた。
柊和が言うには、そんな赤い目して教室に戻るわけにもいかないし、かといって今の状態で私を一人にするわけにもいかない、だからいっそのこと二人してサボっちゃおうとのこと。
今思い返してもよくわかんない理屈だけど、でも、今の私には『サボる』って言葉の響きが特別甘く聞こえることと、柊和が私のためを思いやってくれているのだけはわかった。
だから、ついつい私もその誘いに甘えてしまった。
なんだかんだ真面目な柊和だし、てっきりだれか先生とかに伝えてから帰るのかとおもったけど、誰にも伝えず、体育館から下駄箱に直行して靴だけ取って帰った。
私は荷物更衣室に置いてあったからよかったけど、柊和はどうするんだろうと不思議に思ったけど、財布とスマホだけは持ち歩いてたからセーフだって笑ってた。
その時と同じ、素のいたずらな笑顔を浮かべた柊和と一緒に授業中の校門を堂々とくぐって帰るのは少しドキドキして、けど、最近の嫌な日常の事とかからすっごく遠く離れた時間みたいに感じられて、心が楽だった。
──で、そのまま柊和の家まで一緒に帰ろうと言われ、流れるままにここに着いた。
初めての友達の家、しかもあの橘柊和の家って思うと緊張しちゃって、非日常感のおかげで少し浮ついていた心が少しずつ現実に引き戻されていく。
リビングに入って、柊和は私がいるのもお構いなしにソファに倒れ込むと、うつ伏せのままリモコンのスイッチを入れテレビを点けた。
……なんか、だらけるのが堂に入ってる!
普通、人を招く立場なのにあんな無防備になれるか?
もはや貫禄すら感じる。
二面性があるのは知ってても、私の知ってる柊和は素でも優等生でも学校の中の柊和だけで、本当にオフの柊和はデパートで少しだけ見かけただけだから……なんか、またまた知らない顔を垣間見たような気がする。まるで百面相だ。
一応、私のことを慰めようとしてくれてるのかと思ったんだけど、今のところその様子はちっともない。
「なんかさ、風邪とかで休んだ時に平日の昼の普段は見れない番組とか見てると、凄い非日常間と少しの罪悪感で変な気分になるよね?」
「え? ああ……ちょっとわかる、けど」
「それがずる休みともなると、また違った感じするんだね。私、サボりとか初めてだから」
「あ……」
そっか、そりゃ柊和がずる休みなんて進んでするわけないよね。
でも、私のために初めて……。
なんでだろ、ちょっと嬉しいかも。
「ずっとしてみたかったんだけど、護が許してくれなくてさ」
「ふふ、ちょうどいい機会だったね」
「丁度いい……ていうとなんかあれだけど……まあ要するに、せっかくのサボりなんだから、いらん心配しないで思いっきり満喫しようってこと」
「いや……ふふっ、気遣い下手か」
「なぅ……う、うっさいなぁ! 大人しく『はい』って言っとけばいーのに!」
まさか、私が柊和に気を遣わせたと考えて、無意味に気負ってるのではと心配したんだろうか?
そもそも杞憂だし、もっと別に良い言い訳があったんじゃないのかって思う。
けど、そんな不器用さが今の私にはありがたい。
「あっ! 不良少女だぁ!」
「っ⁉」
柊和の方を向いて立っていた私の背後から、知らない人の声が聞こえてきた。
私達しかいないと思っていた油断と、少し気が緩んだばっかりだったので、心臓が口から飛び出そうなくらいびっくりしてしまった。
「不良少女が学校サボって家まで友達連れて来とる……!」
「あ、飛鳥さん。ちょうどいいとこに」
ソファに横になっていた体を起こし、柊和は私の背後に立つ誰かに向かって声を掛けた。
「あン? ちょうどいいとこ?」
「あ、飛鳥……さん?」
あ、そっか、この人が……。
振り返ると、どこか柊和に……いや、それもそうだけど、どちらかというと護君に似た顔つきのギャルっぽいお姉さんが立っていた。
今は怪訝な表情を浮かべてるから分かりづらいけど、明るそうな人だって思った。
流石柊和の血縁者なだけあって、今は完全に部屋着って感じの恰好から見ても完全にノーメイクなんだろうけど、それでも目鼻立ちのくっきりとした綺麗な人だ。
なんというか、護君のニコニコとはまた違って、ニカッと笑った笑顔が似合いそうな感じなんだけど……わかりづらいかな?
とにかく、この人が話に聞いていた叔母の『飛鳥さん』なんだ。
あの炭弁当の……。
「飛鳥さん、保護者として陸山先生に連絡しておいてくれない? ちょっと用事がありましたので私と、あとそこの加賀美咲さんは早退しましたって」
「用事、ねぇ?」
「あ、あの……」
「飛鳥さんなら先生に直でお願いできるでしょ? 私が連絡するとどうしても不自然だから……」
「ふぅん……」
そんな強引なお願いにもかかわらず、気になるのはそこじゃないらしい、私たちの方を観察するように伺ってから、私の顔を見た飛鳥さんは何か悟ったのか、顔から険が消えていった。
「ん。適当に言いくるめとくわ」
「ありがと、五十分過ぎたら休み時間だから、その時なら電話出ると思うよ」
「お、もうすぐじゃん」
いくら何でも物分かりが良すぎじゃないだろうか。
家族だからってここまで信頼しきれる関係も凄く珍しい。
「あ、あのぉ……」
「ん、柊和の友達の美咲だよね? いらっしゃ~い!」
「あ、はい……おじゃま、してます」
急に私のイメージ通りの明るい笑顔を浮かべた飛鳥さんに少し戸惑ってしまう。
いきなり下の名前で呼び捨てされた。
初対面からここまでフランクな人も初めてかもしれない。
「柊和と護から話は聞いてたんだよね~。柊和が仲良しとか元々珍しいとは思ってたんだけど、それがまさか家に連れてくるほどとはね! しかもサボりで!」
「きゅ、急に押しかけちゃって……ごめんなさい」
「ああ、気にしなくっていいよ~、訳アリなんでしょ? ゆっくりしていきなって!」
「あ、ありがとうございます!」
ワハハと豪快に笑うけど、声は優しい。
人当たりの良い性格は柊和と結構似てるのかもしれない。
いや、違うか。
柊和ほど捻くれてはなさそうだし、裏表とかあんまりなさそう。
「あ、知ってる前提だったけど、アタシのこと分かる?」
「あ、はい。面倒見てくれてる叔母さんが居るって……」
「……オバサン?」
その一言に反応した飛鳥さんが柊和の方をギロッと睨む。
「飛鳥さんは父さんの妹でしょ」
「ふん……年齢の話してない?」
「してないよ~。だったら『お姉さん』でしょ?」
「アッハッハ! 柊和分かってんじゃん! アタシまだピチピチの二十代!」
「……後半」
「ア?」
「なんも言ってないよ?」
「次言ったらムネなんかよりもっと上のもっと怖い先生にサボりってチクってやる。アタシ知り合いだかんね? あの学校の一番怖いセンセーと」
「ごめんて」
本当に仲良いなぁ。
保護者っていうから親子みたいな関係かと思ったけど全然そんなことない。
むしろ、親族よりも友達って形容するのが似合う二人だ。
それにしても、平日の昼間なのに……寝てたのかな?
少し服装がよれてるけど……。
「美咲、アタシの事日中からヒマしてる駄目な大人だと思ってない?」
「え⁉ い、いいえ‼ そこまで思ってません!」
「似たようなことは考えてたと?」
「はぅっ」
すっかり油断してたけど、この人めちゃくちゃ鋭いぞ……!
私の視線で何を考えてるか読み取ったんだろうか、柊和の鋭さとかって遺伝なのかもしれない……。
「飛鳥さん、返ってきてからひと月くらい経つけどまだ休暇中なんだよね」
「休暇っつうか、まだ海外に行く予定がないだけで、店には顔出してんだけどね」
「お店……ですか?」
「そ、家具が基本だけど、あと軽くアクセサリーやら小物やら、雑貨やら、そういうのを海外で買い集めて自分の店で売ってるんだ、アタシ。まあ、経営というか、運営というか、そこら辺の細かいことを任せてるやつは別にいるんだけど……」
若そうなのに、もう自分のお店を持ってるらしい。
海外を飛び回るっていうのもそうだけど、何気に凄い人なのかもしれない。
「まあ、私の話はいいんだよ。とにかく、ゆっくりしていきな~?」
「は、はい……」
手を振りながら飛鳥さんは奥の部屋へ行ってしまう。
嵐のような人だったな……。
と思ったらまだキッチンから声が聞こえてきた。
「あ、ムネ~? ごめん、柊和と美咲なんだけどさ……あ、うん、加賀加賀。二人とも早退しちゃったから担任に連絡して帰ったことにしといてくんない?」
……ムネってだれだ?
え、でもさっきの会話からして先生だよね?
なんか距離近くない?
「カタイこと言うなよ~! 昔のアタシと違って柊和がサボるなんてよっぽどなんだから……」
その後も奥の方で会話が聞こえてきたけど、やっぱり先生相手にするような口調じゃなかった。
「うちの担任の陸山先生、同級生だったらしいよ、元クラスメイト」
「そうなんだ! ……だからってアレがまかり通るものなの?」
「まあ、私自身が結構信頼あるし。陸山先生は多分融通利く人だとおもうから」
「こういうことしてると信頼もいつか尽きちゃうよ……?」
「今回はよっぽどだから、大丈夫」
それもそっか……。
さっきも同じような話したしね。
「なんか美咲、借りてきた猫みたい」
「今はちょっとテンション低いだけ、初めての訪問も緊張するし」
「ま、それもそっか。ちょっと待ってて、お茶入れてくる」
「うん、ありがとう」
お構いなくと言おうとしたけど、思いとどまる。
すぐに出ていくわけじゃないにしても、私はどれくらいここにいて良いんだろうか、そもそも何をする予定なのかも聞いていない。
普通に遊びに来た感じだと思っていいんだろうか。
一人そわそわとしながら、ソファに腰かけて待っていると、柊和はすぐにお盆を手に戻ってきた。
「はい、お茶とお菓子」
「あ、ありが……わ、すっごいちゃんとしたお茶請け」
出されたのは羊羹だった。
しかも包装を見るにちゃんとしたお店のやつだ。
「甘いものは常に用意してあるからね……護が」
「和菓子ばっかりだね?」
「私の好物だからかな」
「愛されてるね~……」
「あ、あ、あ、愛とかじゃ……」
「なんで急に慌ててるの? 家族愛でしょ?」
「そうだよねぇ! 全然変じゃないよねぇ⁉」
「……?」
なんか急に変になった。
目は泳いでるし耳は赤いし。
……なんで?
よくわかんないや。
それよりも、今の私には気になることがある。
「……で、私は一体どう振舞えばいいのかな」
「どうって?」
「色々あった後だから、なにか話でもしないとかなって……」
「私から色々聞かれたりとか?」
「……うん」
一応事のあらましはもう説明してある。
私が先輩を庇って顧問に目を付けられたこと。
それから顧問が私に対する当て付けって分かるように私の周りの人間にいやがらせしたり、当たり始めて、次第に私が避けられるようになったこと。
今日閉じ込められたのもおそらくその一環であること。
他にも些細なことまで細々と。
泣き止んで落ち着いてからもう一度話してみると、私も段々と整理がついてきて、やっぱり私の心はもう折れてるんだなって分かった。
けど、今度の今度は本当にすっきりした気分で。
当事者じゃない柊和にだからこそ話せるところもあって、そういう部分も聞いてもらえたのは凄く楽だった。
「正直、あのまま教室に戻るわけにもいかないし、いっそ帰った方が都合もいいかなって勢いだけで動いてたからそんな考えてたわけじゃないんだよね」
「ええ……いや、そんな気はしたけど……」
「けど、そうだね……いくつか聞いておきたいことはあるかな」
「うん、大丈夫だよ。今なら多分答えられると思う」
「美咲は、これからバスケ部はどうするの? 辞める? それともまだ続ける?」
即答は、出来なかった。
答えは出てるけど、でも、簡単には答えられない問題だったから。
自分の心を再度確認するように見つめなおす。
本当にこの答えで間違いないのか、それで後悔しないのか。
その結果、後悔は間違いなくするだろうけど、それでも答えが変わることはないと結論が出た。
「……辞める。私の事気にかけてくれて、期待してくれる先輩たちはいるけど、でももう、バスケは続けられないから」
「それはどうして? 顧問がいるから? そいつが居なくなれば戻れるかな?」
「……それもあるけど、居なくなっても辞めるのは変わらない。先輩たちが引退するまでは大丈夫だと思うけど、でも、それから先の事を考えると、私は多分同級生達と上手くやっていく自信がないんだ」
「…………」
「なにより、もう、あそこじゃ楽しくバスケできそうにないから……」
「……そっか。チームスポーツだから、その子たちを辞めさせたらっていうのは仮の話としても意味がないのか……」
「え?」
気のせいかな? 今……。
「なんでもない、じゃあどうしても辞めることは変わらないんだね」
「え、うん。あ、でも、少しだけ気がかりがあるの。私が居なくなった後に部がどうなるか心配で……。お世話になった人達がいるんだけど、その人たちも、顧問と対立して……先輩たちの努力が無駄になるようなことは、もう見たくないの」
「……いい先輩だったんだ?」
「うん、ずっと最後まで私の事気にかけてくれてた。辞めるのは申し訳なく思うけど、でも、その先輩たちと一緒に私も引退って訳にはいかないから……」
「ふぅん……よし、分かった!」
「分かった?」
「うん、聞きたいことはもう十分聞けたから、話は終わりかな」
「え、もういいの?」
思ってたよりも全然話すことなかった。
じゃあ、え、これからどうすれば……普通になんか遊ぶんかな?
友達って言ったってなんか今までにない感じだし、発覚したの今日の朝だし、っていうか発覚って言葉がまず友達に使うのおかしいし?
「ゲームでもする?」
「え、やるけど……柊和ゲームとかするの? 意外かも」
「いや、私はあんましないんだけど、飛鳥さんがこの前ゲーム機買ってきたから。『遊ぶぞ!』って言って」
そういって柊和はテレビの横にあるカラフルなゲーム機の電源を入れた。
ソフトもいくつか入ってる。
起動したのは某大乱闘する対戦ゲームだ。
「へえ~、結構高いのに……良いおば……お姉さん? だね?」
「それはそうなんだけどね……? 護も入れて試しに三人でやってみたら私が一人でボロ勝ちしちゃって、それ以来『練習したからもう一戦』とか言ってしつこく挑んでくるからちょっと困ってる」
「あはは! やっぱり良いおば……お姉さんじゃん!」
私の家も家族仲は良好だけど、一人っ子だからそういう遊んでくれるお姉さんみたいな存在は羨ましく思える。
「あ~、でもここでやってたらまた……」
「あ⁉ 柊和と美咲スマブラすんの⁉ 私も混ぜろ!」
「やっぱり来た……」
「あははは」
飲み物片手にリビングに戻ってきた飛鳥さんがゲームに強く反応する。
柊和は一瞬しまったと顔を顰めたけど、私は別に何人いても構わなかったので三人ですることになり、意外にも盛り上がった。
最終的に柊和が強すぎたから私と飛鳥さんで二人がかりで挑んで、なんか違う遊び方になってたけどそれもまた楽しくて。
サボりなんて実は私も初体験だったけど、こんなに楽しいならたまにはいいのかなって、いつの間にか嫌なことを考える暇もなくなって、久しぶりに楽しい時間を過ごすことが出来た。




