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不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく  作者: 桜乃マヒロ
生徒会はあの日から始まっている

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優しい罪

 朝のホームルームがもうすぐになっても、美咲は一向に教室に姿を現さなかった。

 美咲の話では毎日自主練していると聞いたけど、これまでの美咲は一度遅刻したっきり毎日ちゃんと余裕をもって教室に到着していたはず。

 いつも通りならすでに隣の席に着席しているか、友達との話に花を咲かせるかのどちらかなのに、全く現れる気配はない。


 まあ、多少いつもより遅くても遅刻しないようには気を付けるだろうと、そう思っていたのに、結局ホームルームの時間になっても美咲は教室に現れなかった。

 

 おかしい、今朝美咲は自主練に行くと言っていたはず。

 学校自体には私よりも随分と早く着いているはずなのに、どうして遅刻なんて……。


 可能性としては、いくつか理由も考えられる。

 自主練が白熱してとか、お腹を壊してトイレに籠ってとか、そういう問題性の低い可能性。

 

 けど、今朝に見た美咲の表情が頭にこびりついて離れなかった。

 私自身、送り出したことを後悔していたのも理由かもしれない。

 とにかく嫌な胸騒ぎがして仕方ない。


 美咲の事で悩んでいると、ちょうど出席を取っていた陸山先生が美咲の不在に気づいた。


「おい、だれか加賀が休みとか聞いてないか?」

「聞いてませ〜ん! 美咲、連絡してないんですかぁ?」

「おう、特になんも聞いてない。また遅刻か?」

「またバスケに夢中になってるんじゃないですか?」


 クラスから軽く笑いが起こったけど、私はそれどころじゃなかった。


 登校するところを見たんだから、無論欠席じゃないことは分かっていた。

 けど、やっぱりこの遅刻にはなにかあるって、そう思えて仕方なかった。


 自主練……バスケ部なら体育館でなにかあったのかな?

 いや、走り込みとか筋トレとかならどこでもできるし、怪我とかして動けないとか?


 ……どうにも今朝美咲が見せた暗い顔のせいで邪推が止められない。

 介錯してやると言って喜ぶ時点でおかしいとは思ってたけど、まさか思ってたより良くない状態だったんだろうか。


 私が悶々としていると、あっという間にホームルームが終わる。

 うん、少し探しに行ってみよう。

 持ち物にバスケシューズらしきものもあったし、ひとまずは体育館から。

 教室を出る前に、近くにいたクラスメイトに伝言を残しておく。


「すみません」

「ぅえ? あ、うん、どうしたの橘……さん?」

「ちょっと私、行かないといけないところがあって。もし授業までに戻らなかったら先生に遅刻すると伝えておいてほしいんですが、お願いできませんか?」

「わ、わか……ったよ?」

「ありがとうございます、ではよろしくお願いします」


 駆け出したいところだけど、人の目がある。

 ここは堪えて速足で、杞憂に終わることを祈りながら体育館へと向かった。


「ねえ、今の橘さん……なんか怒ってた?」

「うん、言葉遣いとかはいつも通りだけど、なんか……ピリピリしてて凄く怖かった。そういえば私、笑ってない橘さんと話したの初めてだし」

「うっそ! あれ……いや、私もないかも」

「……橘さんも、怒ることってあったんだ……」





 ──…………。


 外れてほしい嫌な予感程、よく当たるもので。


 体育館に到着。

 幸いと言っていいのか、一時間目はどのクラスも使う予定はなかったようで、中を自由に探すことが出来た。

 最初は美咲どころか、人も物もない片づけられた無人の空間に、予想は外れたかと安堵しそうになった。

 けどすぐに、あるものが目に入った。

 

 鍵だ。


 体育倉庫の側に、まるで捨てられたように地面に転がっている。

 何の鍵かは書いてないけど、多分倉庫の鍵だろう。

 サイズや鍵穴の形もちょうどあっている。


 嫌な予感は鍵を見た瞬間に確信に変わった。

 胸糞悪い悪意に対して、私の中のセンサーがこれ以上ないくらい反応している。


 試しに鍵を挿してみればピッタリ、回せばカチャリと音がした。


 ガラガラと無機質な音を立てて開くドア。

 私の側から射す光がまっすぐ伸びて、倉庫内を照らしていく。

 扉の正面、積まれた体操用のマットの上に、人が丸まって寝ころんでいた。


 どこまでも嫌な予感の通りで、長いポニーテールをしおしおと地面にへたらせているその女子生徒は、やっぱり美咲だった。

 

 無音の倉庫内に、けれど美咲の元へと歩いていく私の足音は響かない。

 捨てられた鍵、閉まり切った倉庫、取り残された美咲。

 一歩一歩進むごとに、私の心は嵐のように吹き荒れていく。

 

 なんで美咲がこんな目にあったのか。

 何のつもりでこんな惨い仕打ちが出来たのか。

 事と次第によっては、徹底的に──。


「クゥ……スゥ……クゥ……スゥ……」

「……は?」

 

 ……胸の昂りが急速に萎えていくのを自覚できた。


 あまりにも暢気すぎる寝息が聞こえてきたせいだ。

 まるで、ここで寝てたら気づかれないまま閉じ込められちゃいました、みたいな。

 そんなマヌケなオチすらあり得てしまいそうな平和な様子。


 ……けど、そんな筈がない。

 そうであってほしいとは思っても──


 ──なら、なんで鍵が捨てられたように落ちていたのか?

 ──今朝のあの暗い顔は何だったのか?


 これまでに私が目にしてきたそれらは、ハッピーエンドで終わるには、余りにも物騒だった。

 

「なのになんでそんな呑気な……」


 気は抜けてしまったけど、とりあえず美咲の元へと歩み寄る。

 どんなマヌケな面して寝てるのか見てやろうと思って。


 ……けど、すぐに後悔した。


「あぁ…………」


 私はそっと、手を伸ばして頬を撫でてやる。

 お疲れ様、と。

 心から想いを込めて、出来る限り優しく。


 手が触れた瞬間、ピクリと美咲が反応した。


「…………」

「ん……んんぅ……?」

「…………」

「んぅ? ……あっ……ふふ、いい加減、運命的な偶然にも驚かなくなってきた」

「うん……」

「おはよう、柊和」

「ん……おはよう、美咲」


 どう声を掛けて良いのか分からなくて、けど「おはよう」と言われてしまったら、返事は一つしかない。

 私は、やるせない顔はそのままに、美咲に小さく挨拶を返した。


「あはは……今日は私が恥ずかしい所見られる日なんだね」

「そうだね」

「柊和が開けてくれたの?」

「うん」

「一人で見つけたの?」

「そう」

「はは、そっかぁ。流石柊和。でも、どうして?」

「自主練行ったはずなのに遅刻したから、おかしいと思って」

「あ、やば……もう遅刻確定?」

「……何ならもう一時間目始まってるし」

「え……柊和は?」

「美咲が心配だったから探しに来たんでしょ」

「っ……あぁ……そっか、ありがと。あはは……なんか、照れる」


 ……美咲は努めて軽い会話を心がけているつもりなのかもしれないけど、こんな状況で明るく振舞っても空々しいだけ。

 美咲もこれ以上はごまかせないとようやく観念したようだ、諦観を滲ませた表情を浮かべている。


 そしてそれは、こんなにも早く約束を果たす時が来たことも意味していた。


「もう、柊和の事だし……っていうか、こんな状況目の当りにしたら、誰だって言わなくてもなんとなく分かっちゃうと思うけど、さ」

「…………」

「私、ちょっと部活の方で上手くいってなくてね? 多分そのせいで、いじわるされちゃった……」

「…………」

「顧問が、ちょっと嫌なやつで……そいつに目を付けられてから、色々と悪い方へ悪い方へってことが運んじゃって。気づいたときには、部内の一年生とか一部の先輩とか、いろんな人から嫌われちゃって……だから、今日私を閉じ込めたのも誰かわかんないくらいでさ……?」


 学生なのは間違いないだろう。

 美咲が自主練習の片付けの途中で閉じ込められたとすれば、その時間には顧問の教師も職員会議があるはず、それを考えれば実行犯は生徒に限られる。


「なんか……ちょっと疲れちゃった。まさか、ここまでされるなんて思ってなくてさ。私、そんなに悪いことしたのかなとか、ちょっと考えちゃって……」

「うん」

「あ、でもね? 思ったよりショックではないんだ。確かに心は折れちゃったけど、でも、意外とあっさりしてるっていうか……閉じ込められた時も、びっくりするほど冷静でさ」

「そっか」

「私、もうとっくにバスケの事は諦めちゃってたのかもね。無理して意地張って、目逸らし続けてたから全然気づけなかったけど……」

「……そんなことは、ない」

「え?」

「美咲は、少なくともショックは受けてたはず。少しだけ麻痺してるのか、それとも本当は強がってるだけなのか知らないけど」

「なんで、そんなこと……」


 私の反論が予想外だったのか、美咲は軽く驚いていた。

 『なんでそんなことが柊和に分かるんだ』と、そう言おうとして最後まで言葉にならない。

 本当に自分でも分かってなかったのかもしれない。それなのに、私があまりにも確信めいて話すから戸惑っている。

 

「間違いないよ」

「いや……本当に、私は……」

「だって美咲、寝てる間泣いてたもん」

「うそっ……」


 美咲が急いで顔を拭う。

 私がすでに頬を撫でて拭き取ったから、涙の痕は残ってないけど、でも、まだ目元は少し赤く腫らしたままで。


「『心配してたのに呑気に寝やがって』なんて思ってたら……声も漏らさず泣いててさ。そんなの見たら、もう、嫌でも分かっちゃうよ。今日あの時、やっぱり無理にでも止めるべきだったって、頑張れなんて言うんじゃなかったって……寝てる間でもあんな寂しそうに泣いてるんだもん、そう思わずにいられなかった……」

「っ」

「……おいで」


 無気力にヘラヘラした顔から、段々今朝の沈んだ顔に戻り始めた美咲を見て、この前の詩葉先輩を参考にして抱きしめてみた。

 なるほど、あまり認めたくはないけど、確かにこれは最適解なのかもしれない。

 仮に美咲が泣いたとして、私にはその顔が見えないし、そんな顔、美咲は誰にも見られたくないだろうから。


「バスケも部活も私には全然わかんないけど、少しだけ共感できるんだ。大切なものを諦める辛さだけは私にもわかるから」

「…………」

「私、やっぱりまだ不器用で、こういう時どうしたらいいのかわかんなくて……けど、丁度この前教えてもらったの。辛いこととか、苦しいこととか、人に打ち明けるだけで随分楽になるものなんだって。もし辛かったら、全部私に吐き出していいから」


 恥ずかしすぎて悶えてこともあったけど、正直詩葉先輩と出会ったあの日、ずっと一人で抱えていたモノが少しだけ誰かと共有出来てすっきりした。

 孤独に抱え続けるというのは、凄く不安で気が休まらないものなんだって知った。


「友達……なんだから。好きなだけ甘えてよ」

「…………」

「…………」


 話せるようになるまで、いつまでだって待つつもりだったけど、美咲はすぐに心を決めてくれたようで、ぽつぽつと語り始めた。


「私、間違ったことなんかしてないよ……」

「うん」

「先月、顧問が先輩に酷い暴言吐いてるとこ見ちゃって、我慢できなくって横から口を出したら逆恨みされちゃって……」

「…………」

「そしたらあいつ、私の代わりに私の周りの人たちに当たり始めて……先輩から大事なポジション取り上げたり、私を引き合いに出して他の一年生に下手糞って文句つけたり、それもねちねちねちねち、ずっと続けるから、皆も段々耐えられなくなっちゃって……」


 私に語りつつ、自分でも昔の事を振り返っているのかもしれない。

 詳細に語られるその内容に耳を傾ける。


「皆、少しずつ私のせいだって言いだして……一年からは無視されたり陰口言われたりするし、先輩からは試合中にラフプレーされたりもして……っ。私、本当はずっとムカついてたっ! 私は間違ったことしてないはずなのに、なんで私に当たるんだって! それじゃお前らも顧問と変わんないじゃんって!」

「そうだね、辛かったね」

「なんで、なんで私なの⁉ 私は間違ったことしてないじゃん! 皆は黙って二宮先輩がボロボロに言われるの見てただけのくせに、なんで庇った私がそんな目で見られないといけないの⁉」

「そうだね、美咲は間違ってないよ」


 美咲は間違っていない。

 けど、それで割り切れたら苦労はしてないだろう。

 それを証明するかのように、美咲の表情は怒りから落ち込んだものへと変わっていく。


「うん! 間違ってない……‼ ……けど……私のせいで皆に迷惑かけちゃったのも、本当なの……っ」

「…………」

「小宮先輩が三年間頑張ってやっと得たポジションを奪っちゃった。最初は同じポジションで、目掛けてくれて、凄く優しい人だったけど、私が目を付けられたせいで全部無駄にして、ラフプレーに走るくらい追い込んじゃった……」

「うん」

「一年も私のせいで目付けられて、私が庇った時と同じくらい酷い暴言吐かれて、耐え切れずに辞めちゃう子も出て……その子と仲良かった部員の一年から睨まれた時、すっごく怖かった……私、悪くないってずっと思ってたけど、やっぱり私のせいなんだってその時は思わずにいられなくって……」


 声が震えている。

 美咲が一人で抱えていたであろうその後悔を聞いて、けれどバスケ部とは無関係の私には触れられない問題だったと分かっているからこそ、無力感でやるせない気持ちで胸がいっぱいになる。


 いよいよ堪えきれなくなった美咲は、一粒涙を流す。

 すると堰を切ったかのようにぽろぽろと涙が溢れはじめる。


「皆、皆私のせいでおかしくなっちゃった……! 私がしたのは悪いことじゃなかったけど、そのせいで皆に迷惑かけちゃった……っ」

「…………」

「先輩を庇ったりしなければこんなことにはなんて、一瞬でもそう思っちゃって。すぐにゾッとして、また最悪な気持ちになって、私、やっぱり最低だよぉ……」


 私の制服を両手でぎゅっと掴んで、縋り付く。

 感じているであろう罪悪感と後悔のまま泣き崩れたくても、美咲はそれを我慢して言葉を続ける。


「そんなこと思う程度の軽薄な気持ちで庇ったりして、それでみんなに迷惑かけて、私は間違ってないのになんて周りに怒って……っ。……ホント、どうしようも、ないよねっ?」


 美咲は顔を上げて自嘲するように笑ってみせた。

 それを目にした瞬間、全身の毛が逆立つのが分かって、美咲を傷つけた全てに怒りが湧いてくる。

 それでも、それが美咲の前で顔に出て怒りを悟られないよう、表情筋に力を入れる。


 私は精一杯の力で、苦しくならないようにだけ気を付けながら、美咲の頭を抱きしめた。


 意識はしてなかったけど、美咲への感情がそのまま声に乗ったのかもしれない。

 まるで母親が子供をあやすような、そんな自分でも驚くほどに優しい声で、美咲の自傷を否定した。


「そんなことないよ。美咲はやさしいから周りに怒りたくないんだよね。だから最後はそんな風に自分に当たっちゃうけど……美咲は絶対に悪くない」

「~~~~~っ……」

「よく頑張ったね、美咲。周りに迷惑かけるのが耐えられなくなっちゃったのは、美咲が優しい子だったからだもん。皆も辛くて余裕が無くて、誤解しちゃってるけど、美咲は何も悪くない」

「う……うぅ……ひよ、り……」

「つらかったね。けど、もう大丈夫だから。私と約束したもんね、介錯してあげるって。これからは私が一緒に支えてあげるから。後の事は全部私にまかせて、美咲はこれまで頑張った分だけ、沢山休んでいいんだよ」

「うぅっ……ぐぅ……っ、うぁあああああああ‼ ごめんな、さ……っう……ああぁぁあっ‼」


 子供のように泣きじゃくる友達を胸に抱き、優しく包み込む。

 疲れ果てて乾いた心にありったけ、せめて私の想いの分だけでも潤ってくれればと願って。

 

 けど、そんな優しい心と裏腹に、私の胸の内には冷えた心が……。

 いや、そんな冷えた思いさえも、今美咲の激情に触れ、熱く滾り始めている。

 美咲の善良さはこの身をもって理解している。

 そんな優しかっただけのこの子を、これだけ痛めつけてくれた全てに、必ず美咲に代わって復讐しようと。


 そんな、強い決意を今は秘め、ただ目の前の友達が少しでも癒されてくれますようにと、そんな祈りに近い心持ちで、ただただ優しく抱きしめた。

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