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不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく  作者: 桜乃マヒロ
生徒会はあの日から始まっている

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無音の崩壊

 少し遅れて、体操着に着替えてから体育館に到着する。

 中には相変わらず一人でボールを弾ませる相沢がいた。


「ごめんね、遅れた」

「別に待ってない」

「相変わらず冷たいね」

「遅れたつもりならもっと殊勝な態度をとるべきだと思うけど」


 冷たい態度だけどいつも通りだ。

 別に怒らせたわけではなかったようだけど、なかなか痛い所を突いてくる。


「思ったより……元気そう」

「え? 私?」

「他に誰もいないでしょ」

「そうだけど……」


 少し驚いてしまった。

 まさか相沢が私の調子を気にするとは。

 割と厳格な相沢が遅刻しても怒るどころか気にしてなかったように見えたのは、むしろ思ったより平気そうで安心していたからなのかもしれない。


「え、なに? 心配してくれてるの?」

「調子に乗らないで。昨日、怪我してたのは見てたから……気になっただけだし」


 散々な言い草だけど、やっぱり心配はしてくれていた……と思っていいのだろうか。


「ああ、怪我の方は寝たら良くなってたけど……」

「あっそ、問題ないならそれで良い……私も練習相手が欠けるのは痛いし」

「そ? ならさっさと練習始めようか」


 本当に自主練の問題を心配していたのか、それとも、もしかしたら昨日私が受けた精神的なショックまで心配してくれてたり、なんて……そんな淡い期待まで抱いてしまう。

 まあ、真意はともかく、態度はいつもと変わらずそっけない。


 まだ話すようになって一ヶ月ちょっとでは、相沢が何を考えてるかなんてわからないけど、怪我で自主練習に支障が出るのはまず間違いなく心配してただろうし、それでなくても遅刻でただでさえ練習時間は減っている。

 これ以上迷惑を掛けるわけにもいかないので、私は素直に相沢と練習に取り組むことにした。




 ──…………。


 一時間ちょい自主練して、そろそろ片づけをしようという頃。

 ダウンでストレッチをしていると、相沢が私に質問をしてきた。


「やっぱり今日の加賀、変。なんかあったでしょ」

「変って、何が?」

「昨日まで死にかけみたいな顔でバスケしてたのが、今日はほんの少しだけマシな顔になった」

「ああ、それね……」 


 相変わらずの毒舌だけど、なかなか鋭い。

 まだまだ責任感に囚われたままだけど、柊和のおかげで多少楽になったからそう見えるのだろう。

 逃げ道が出来たというわけではないけど、最悪の場合には柊和が力になってくれると保証してくれただけで、安心できる。


「友達が、支えになってくれたから」

「友達……?」

「うん、私が苦しんでたら介錯して楽にしてやるって」

「……は? それじゃ友達っていうより首切り役人じゃ……」


 まあ、額面通りに受け取るなら確かに友達に向ける言葉ではなかったかな。

 少なくとも華の女子高生同士で送り合う言葉ではない。


「でも、私は凄い楽になったよ」

「……あ、そ。なら、よかったね」


 相沢の様子が気になる。

 私の様子が変だと言う相沢だけど、私に言わせれば相沢の様子も大概だ。

 何か悩んでますって感じに暗い顔をしている。


「相沢もなんかあったの? 凄い暗いけど」

「……だって私は……止めるどころか……」

「……?」


 なにごとか小さく呟いたその声は、私の耳には聞こえないほど小さな声で。

 けど、表情を見るに何かを後悔するような言葉だったのは察した。

 凄く何かを悔やんでるような顔だったから。


 もしかしたら中村のことで、相沢にも私に文句があるのではないだろうかと心配してしまう。遠慮して言ってないだけで。

 けど、暗かったその顔は次第にいつもの強気な色を取り戻し、私の心配を否定するように首を振った。


「別に、私は何かあったわけじゃない」

「……そう? 私のせいで、相沢含め一年には迷惑かけちゃってたから……」

「私は迷惑とは思ってない……上手い奴が上に行くのは自然なことだし、二宮先輩のために揉めたのは私も見てたから……」

「でも、それが分かってても素直に納得できないでしょ?」


 私がそう言うと、相沢はむしろなぜ分からないんだとでも言いたげな煩わしそうな感じに顔を歪めて、より大きな声で否定する。


「私は、中村程度の問題でどうこう悩んでるわけじゃない! ただ、まだまだ届きそうにない加賀との実力差、それが悔しいだけで……」

「相沢……」

「加賀が才能を鼻にかけるだけの嫌味なクズだったら……もっと話は早かったのに……」


 相沢の悩みは、完璧には理解することが出来なかった。

 私よりも腕の劣る現状に苦悩していることは分かった。

 けど、私の性格がクズだったらっていうのは、どういう悩みなんだろうか。

 それを理解するには、私はあまりにも相沢の事を知らなすぎるみたいだ。


「……喋り過ぎた」

「…………」


 言葉が出てこなかった。

 相沢の気持ちを少しでも分からないなりに頑張って理解してみようとしたら、今の私が何と言おうと、逆効果な気がしてしまって。


「今のは忘れて、私は前にも言った通りいつか必ずアンタよりも上手くなってみせる。そのためにこれからも努力するだけ」

「うん、そうだね。私も負けないように努力するだけ。そういう話だった」


 再確認だ。 

 私と相沢の間にある対抗心は、今の私にとっては一番太い蜘蛛の糸。

 これと先輩たちからの期待、どちらか一つでも失えばもう私は地獄に真っ逆さま。

 柊和のおかげで前向きに糸を手繰ることが出来るようになったけど、相沢はそれとは別の支えになっている。


「少し……疲れた。もうダウンは良いから、早く片付けよう」

「あ、なら相沢はもう着替えて教室行っちゃっていいよ。遅刻したせいで準備は全部やってもらっちゃったし。片付けは私がやっておくから」

「……そ。じゃあ、後はよろしく」

「うん」


 相沢は私に背を向けて更衣室へと歩きだす。

 私も片づけに向かおうとした。


「……ごめん、加賀」

「……?」


 また、小さく呟いた声がした。

 今度は一応聞きとれた、けど、意味は分からなかった。

 今のは私に謝ったのだろうか。

 聞いたら、他に誰がいるってまた言われるのかな?

 そんなことも少しだけ思ったけど、なんとなく聞き返しちゃいけないような気がしてしまって、私は振り返らずに片づけに向かった。




 ──…………。


 片付けなんて言っても簡単なものだ。

 ゴールを引っ込めた後、ボールを倉庫に仕舞うだけ。

 散らばっていたボールを一つに集めた後、私はカゴを押して倉庫の中に入った。


 私は倉庫の中で、ボールを一つ手に取って少し考え事をしていた。


 ──今日は、練習してても苦しくなかった。


 本当は最近、バスケしてても時間が経つのが遅く感じられて、今日なんて昨日の事があったから、柊和と話す前までは、学校に行くのも億劫で仕方なかった。

 なんとか行かないとって必死で思い込んで、無理を押して自主練に向かっていた。

 でも、柊和と会って、話して、約束して、余裕のない沈み切っていた心に、少し光が差したようだった。


 分かっている、だからって別に状況が良くなったわけではない。

 きっと今の私は小康状態ってところだ。


 根本的な問題が解決したわけでもないし、むしろこれから再び昨日の様な悪意に触れれば、また持ち直すことは出来ないかもしれない。

 でも、もし今の様な騙し騙しでも、なんとかもう少しだけバスケの事だけ考え続けて耐えていれば、少しは解決の糸口も見えてくるんじゃないか。


 いつかまた、バスケを楽しめる環境に戻れるのではないか。

 そう、微かな希望を抱き始めていた。


 おかしな音を耳にしたのは、そのすぐ後だった。


 ──ガシャン。カチカチ……カチャン。


 無機質な音が耳に届くと同時、倉庫の中に射していた光が一つ閉ざされ……辺りが薄暗くなる。

 といっても、朝の明るい時間帯だから真っ暗になるわけでもなく、ある程度辺りも見渡せる程度の薄暗さ。


 思ったよりも冷静だったのは、心のどこかで何が起きたのか理解できていたからかもしれない。


 ゆっくりと視線をやれば先ほどまで開きっぱなしだった倉庫の扉が閉まっている。


 ああ──やられた。


 そう思った。それだけしか、思わなかった。


 状況を把握しても心が揺れることは無かった。

 むしろ、自分がここまで冷静なことの方が驚いているくらいだ。

 焦っていなかったので、次にするべきこともすぐに判断できた。


 無駄だとは思いつつ、閉まった扉に力を入れてみる。

 動かない、やっぱり鍵がかけられていた。


 体育倉庫の鍵は内側からでは開けられない、そもそも鍵穴がないから。

 開けるのも閉めるのも外からだ、鍵を差し込んで施錠する必要がある。

 つまり、私は誰かによって閉じ込められてしまったという訳だ。


「ねえ、まだそこにいるの?」

「…………」


 感情のこもらない声で淡々と質問する。

 犯人がまだいるかもしれないと思ったし、それ以外に出来ることもなかったから。


「どうして、こんなことしたの?」

「…………」

「ねえ、どうして?」

「…………」


 本当は「貴方は誰」と、そう聞きたかった。

 けど、聞いて、もし本当にそうだったら怖くて、口にできなかった。


 返事は帰ってこなかったので、もう立ち去っていたのかと思ったけど、そう思った瞬間スタスタと歩き去っていく音が扉の外から聞こえた。

 どうやら、私を無視して閉じ込めたまま去っていくつもりらしい。


 もう、私がここで泣き叫んで開けてくれと言ったところで無駄だろう。

 そんなことで開けてくれるなら最初から閉じ込めたりはしない。


 ……私はすぐに諦めて、倉庫の中にあるちょうどいい高さのマットに腰を下ろした。

 お世辞にも座り心地が良いとは言えない、固い感触。

 少し汗の臭いも気になった。


 倉庫の中はやっぱり静かだ。

 でも、だからこそ少し考え事をするにはちょうどいい空間だった。


 今、確実に体育館にいるのは私ともう一人。


 ──相沢だ。


 ……相沢が、私を閉じ込めたんだろうか。


 いつもなら、馬鹿正直に違うって信じられてたけど、でも、直前で漏らした「ごめん」の一言が、ここにきて信じようとする私の心を邪魔してきた。

 私と相沢が自主練をしていることは少し調べれば分かっただろうし、外部からやってきた別の誰かの可能性もある。

 カギは体育館の入口に倉庫から入り口のカギまでまとめて置いてあったから、やろうと思えば誰でも出来たし……ああ、いや、もういいか。


 私を閉じ込めたのが誰なのかって、そんなことばかり考えていたけど、でも、少し冷静になってみればやっぱりそんな事どうでもいいことだった。

 声を聴いた後に立ち去っていった以上、元から低かったうっかり閉じ込めてしまったなんて可能性は限りなく0だ。


 ──私を閉じ込めたのは、私に悪意を持っていたバスケ部の中の誰か。


 誰が犯人でもそれだけは間違いない事実だ。

 相沢でも、他の一年でも、小宮先輩でも、中村本人でも。 


 私はそれ以外で誰かに恨みを買った覚えはない。

 倉庫に閉じ込めるなんて容赦のない行為に出るほど、私に悪意を持っている人物がバスケ部内にいる。


 ……その事実だけで、私にはもう十分だった。


 心の中が冷静すぎて、自分でも気づかなかったけど……もう、無理だ。


 これから先、練習に励む自分も、楽しそうにバスケをしている自分も、全くイメージできなくなってしまっている。

 さっきまで微かな復活の希望を抱けていた時は、そのどれもが少しづつイメージできるようになってきていたのに、もう、それが出来なくなってしまっている。


 心が折れる音は、全くしなかった。

 私の自信も、決意も、意地も、まるで砂になったようだ。崩れる時はサラサラと、風に乗って消えていくように静かで。


 ああ、でも、柊和と話した後でよかったな……。

 もしかしたら、あれが無かったら、今頃私は泣き崩れていたのかもしれない。


 それに比べて、今は不思議と心穏やかだ。

 思ったよりずっと早く約束の時は来てしまった、けど。

 これで、柊和に介錯してもらえるんだって、そう思えるから……。


 まるで重荷を下ろせたような、そんな開放感すら感じる安らかな心地、閉じ込められてはいるけど、いずれ誰かがこの扉も明けてくれるだろうから心配もない。


 独り泣きもせずに、固いマットにただ身を委ねて……少しだけ疲れた私は、そのうち意識を手放した。

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