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不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく  作者: 桜乃マヒロ
生徒会はあの日から始まっている

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亀裂

 ── 6月6日 16時10分 加賀美咲 ──


「浮かない顔だな、加賀」

「あ、部長……」

「一年は相変わらずか」

「そうですね……私、やっぱり避けられてるみたいです」


 バスケ部の練習中、私が休憩に入ると珍しく松前部長が私に声を掛けてきた。

 一年生の私に対する異様な空気を察して、前々から心配してくれていたからだ。


「……本当に私や三木は何もしなくていいのか」

「ええ、すみません。心配してくれてるのに」


 段々と私に対する態度が悪化する一年に対して、動こうとしてくれた松前部長や三木先輩に、私は大丈夫だと伝えていたけど、部長は納得していないらしい。


「……お前といい二宮といい、その謙虚さは美徳とは言わんぞ」


 私が謝ったのが気に入らないのか、松前部長はやるせない表情でそんなことを言う。

 でも、私は謙虚でいるつもりはなかった。


「別に遠慮してるわけじゃないんです。一年全体に私のせいで迷惑が掛かってるのはわかってます。私は、ただ先輩たちの注意で皆が抑圧されて、結果不満を溜め込まれるのが怖いだけですから」

「確かにその不安はあるが……。前提がおかしいだろう。中村が一年に当たるのはお前のせいじゃない」

「理屈では分かっても、納得できないんですよ。皆も、私も……」


 私が悪いわけじゃないって理解できても、私の行動が巡り巡って今の状況を産み出していると知ってしまったから。

 だから皆も私も、抱くべきじゃないマイナスの感情を抑えられないのだ。


「それでも、お前の場合は気にしすぎだ……。一年達がお前に八つ当たりしたくなる流れは、もちろん許容できないという前提ではあるが、理解できる。しかし、お前が責任を感じるのは完全にお門違いだ。目を付けられた原因も、中村の思惑に対抗するためにとった行動も、お前はこれまで何一つ間違ったことをしていない」

「でも、だからって開き直って私は悪くないなんて……とてもじゃないですけど、言えませんよ」


 私は悪くないから、私に八つ当たりするあいつらが悪いんだなんて、そんな風に割り切ることは簡単じゃないのだ。


「とにかく、大丈夫です。同級生にそっけなくされるのはツライですけど、でもAチームの先輩方にはよくしてもらってますし。バスケには支障出ないですから、迷惑はかけませんよ」

「私はそんなことが理由でお前を心配してるわけじゃない」

「ありがとうございます……先輩たちが心配してくれてるだけで、私は十分です」


 周り全員から辛く当たられると耐えられないかもしれないけど、一人でも見方がいるだけで心の余裕は大きく変わる。

 親身になってくれる先輩たちの存在は本当にありがたい。


「少し困ったことにはなりましたけど、私は挫けませんよ。必ず、すぐにでも先輩たちに追いつくために、スタメンに相応しいだけの実力を身につけてみせますから。そのために自主練もしてるんですから」

「……そうか。自主練、か。確か相沢もしてるんだったな?」


 少しだけ気がかりだったのか、相沢の名前を挙げる松前部長。

 言いづらそうにはしていたけど、私には先輩が何を心配しているのかすぐに分かった。


「ええ、練習相手になってくれて助かってます。まあ、随分と嫌われてますけど」

「それは……こんな心配はしたくないが、大丈夫なのか?」

「……言いたいことは分かりますよ。相沢は一年のリーダー的な存在になりつつありますから。でも、心配はいりません。相沢は前から少しも変わってませんし、嫌がらせとかする暇があるならその余裕は絶対にバスケに注ぎ込みます。相沢はそういうやつですから」


 私が自信をもってそう答えれば、松前部長も安心してくれたのが表情で分かった。

 普段は不愛想だけど、本当に面倒見がいい人だ。


「そうか……そうだったか。思いがけずいいライバルに恵まれたんだな」

「素直に認めるのは癪なんですけど……そうですね。気を抜いたら追い抜かれそうで怖いので、前より頑張れてるとおもいます」

「やる気につながるなら何よりだ。安心しろ、余計な邪魔はそろそろ私と三木でカタをつける。……とは言っても、私達は警戒されてるせいでなかなか尻尾は掴ませてもらえないんだがな」


 表立って仲の悪い部長と中村だからこそ、中村の態度を問題だと焚きつけるのに十分な証拠が集まらないようだ。

 決定的に悪質な暴言は極力目立たないところでしか言わないらしく、陰湿で姑息なやり口なのは先輩たちの思惑に気付いてるからかもしれない。


「無茶はしないでくださいね、中村は何をしてくるか分かりませんから」

「お前こそ人の心配をしてる場合じゃないだろう。それと、無茶な練習をして体を壊すなよ」

「大丈夫です! そろそろ時間ですし、練習戻りましょう?」

「ああ、そうだな。よし、上手くなりたいと意気込むなら、今から私が揉んでやろう。覚悟して挑め」

「はい! お願いします!」




 ——…………。


 今日の練習メニューに、Aチーム内での紅白戦があった。


 Aチームにはスタメンの他、それぞれのポジションごとに交代枠が用意されているので、十分試合はできる。

 スタメンでチームを固めると試合が一方的になるので、均等にパワーバランスを考えて二チームにわけた後、コートを一つ使って試合を行った。


 松前部長に発破をかけられた私は少し気を取り直し、せっかくのゲーム形式での練習だと久しぶりに少し高揚していた。

 でも、それが原因という訳ではなかった。


 試合中、味方からパスを受け取った私は、そのまま別の味方にパスを回すと見せかけ、フェイントをかけ相手の重心がブレたのを確認しドリブルに切り替える。

 少し強引なプレイだったものの、ファールにはならず難なくゴール前まで辿り着き、後はシュートを打つだけというタイミングだった。


 ──ドンッ、と。

 

 背中から身体に衝撃が走る。

 事態を把握するより早く、一瞬浮いた私の体は衝撃のままに床へと倒れてしまった。


「──つぅ⁉」

「加賀⁉」


 ひとまず自分が転んだのは理解できた。

 咄嗟の出来事だったものの、軽く受け身はとれた。

 おかげで頭などまずい部分を床に打ち付けることは無かったけど、それでも思いっきり転んだので体のあちこちが痛む。


 私が地面に打ち付けられる音とともに先輩たちから心配の声がかかった。


「大丈夫か⁉」

「……ってて。すみません、あの、今何が……」


 私が受けた衝撃が一体何なのか、視界の外から受けたので私には分からなかった。

 ……いや、なんとなく予想は出来ていたけど、その可能性は否定したかったのかもしれない。


「おい、今のはどういうつもりだ──小宮」

「…………」

「……え?」


 珍しく怒気の籠った声で松前部長がそう問い詰めたのを聞いて、私は状況を把握できてしまった。

 私が突き飛ばされた原因は、私が受けたあの衝撃は、背後から相手チームの小宮先輩によって受けた体当たりが原因だった。

 

 なぜ、と。

 そう聞くよりも先に、なんとなく理由が分かってしまった。


「お前……今のチャージはわざとやったな……?」

「違う……私は……だって……だって……」


 松前部長に問い詰められ、他の先輩たちからも心配や怒り等、様々な視線を向けられた小宮先輩は質問にまともに答えることなく、うつむきながらぶつぶつと何事かを呟き続ける。

 

 そんな状況の中、三木先輩が私の方に寄ってきて心配そうな声を掛けてくれた。


「加賀、怪我は?」

「いえ……一応受け身は取れて……いつっ」


 大丈夫だと伝え、安心させようと軽く体制を立て直そう思ったその時、足に体重がかかった瞬間に軽い痛みが走った。


「あっ……足、挫いちゃった?」

「ハイ……痛みはそんな酷くないんですけど、ちょっとやっちゃったみたいです」

「そっか……保健室いこっか。肩、貸すから」


 三木先輩の方に腕を回し、支えてもらって何とか立ち上がった。


「すみません……迷惑かけます」

「ううん、加賀は何も悪くないよ」

「…………」

「本当に加賀は悪くない……なのに、なんで……」


 苦しそうに口にしたその言葉は、私ではなく小宮先輩に向けてのものだ。

 さっきの体当たりは、どう考えても故意だった。

 私が急に立ち止まったから勢い余ってとか、そういう次元の話じゃない。

 私にダメージを与えるという意思がなければ、あそこまで強い衝撃にはならないだろう。


 動機は、想像せずともいろいろと浮かび上がってきてしまう。

 きっと、松前部長も、三木先輩も……いや、あの場にいた誰もが、同じ理由を考えていたことだろう。

 

 小宮先輩はまだ松前部長に詰め寄られていたけど、話が進展した様子はない。

 私は、その光景に背を向け、三木先輩と一緒に体育館を後にした。

 あの場には居たくないと思ってしまったから、喧騒が聞こえなくなって安心した。


 でも、代わりに訪れた静けさは、疑念や後悔を増幅させる。

 

 ──どうして、こうなってしまったんだろう?


 以前まで優しかった先輩に、あそこまでさせてしまったのは、やっぱり私の行動が原因だったのだろうか?

 私が二宮先輩を虐げる中村を止めたのは、間違った行動だったのだろうか……?


 私があの時無視をしていたら、少なくとも一年生も小宮先輩も、変わってしまうことは無かっただろう。

 なら、やっぱり私の行動は間違っていたことになるんだろうか?


 認められるだけの実力があれば、何も問題はなくなる。

 そんな単純な問題な訳がなかった。

 私が努力しても、すればするほど周りとの溝は深まっていった。


 ……なら、私はどうすればいいんだ?

 私は、どうすればバスケを楽しいと純粋に思えていたあの時に戻れるんだ?


 ──きっと、無理だ。


 何をしても、それはもう叶わない。

 

 これから先、松前部長たちが中村の問題を解決してくれたとして、その時私は本当に以前のように笑って部活に励む毎日を送れるようになるのだろうか。

 必死に想像しても、そんな未来をイメージできなくて……。

 

 バスケを続ける意義を探し続けても、なぜか一つも見つからなくて。

 せめて私を支えてくれる松前部長や三木先輩の期待に応えること、そして、私と張り合ってくれる相沢から逃げないためと。

 僅かながら残ったその動機にしがみつき、私は今にも崩れそうな心を保とうと、必死になって零れそうな涙を堪えていた。

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