珠玉の逸品、お二ついかが? 後編
なんだこの姉弟……?
ここまで仲がいい姉弟に驚いたのもあるけど、やりとりが今どきの小学生でもやらないくらいに子供っぽいのが印象的だった。
二人の間だけ、子供のころから時間が経ってないみたいだ。
「仲良いんだね?」
「それは、はい。そうですね」
「…………」
少し考えた後、やっぱり躊躇うことは無いかと自信ありげに頷く弟君。
よく見れば橘さんも小さくうなずいていた。
電話を聞いていた時から仲が良さそうだとは思っていたし、多少家庭の事情も教えてもらったので納得だけど、思っていた以上だ。
あの私の見たことがない橘さんも、本当に弟君とお出かけするのが嬉しかったからこそ出てきた顔なんだろう。
「ごめんね、からかって。楽しそうにしてるのが可愛くってついからかっちゃっただなけんだ」
「…………」
「許してくれない?」
「……まあ、護の言うとおり私が悪いし、謝られても……」
もはや私まで橘さんを子供扱いしてるような気がするけど、いい。
体は完全に引っ込んだ代わりに会話できるようになった。
でも、最初の楽しげな様子は影も形もなく立ち消え、今の橘さんは一層鬱々としている。
「油断しすぎたのは私が悪いけど、よりにもよってまた加賀さん……」
「それは私もつくづく妙な縁があるとは思うけど、でも私に見られた分はまだよかったんじゃない? 他の同級生に見られてたら致命傷だったよ」
「半殺しもなかなか惨いの……」
「なかなか機嫌直してくれないなぁ……」
「…………」
私が苦戦していると、弟君は私たちの様子を不思議そうに眺めていた。
「ん? 弟君、どうかした?」
「あ、ああ。なんでもありません。ただ、思ってたより仲が良かったみたいで驚いたんです」
「え?」
私としてはまだまだ警戒されてると思っていたので、弟君の評価が意外だった。
「……いえ、本当に気にしないでください。それより、弟君じゃなくて護でいいです。橘じゃ姉さんと被りますし」
「え、うん。でもなんで急に?」
「なんとなくです。加賀さんは信用できる気がしたので」
「……? よくわかんないけど、なら私も美咲でいいよ」
「わかりました」
話をすり替えられたのは分かっていた。
けど、どうして私たちが仲がいいと思ったのか、気になりはしても強引に聞きたいわけでもなかったので、流されておくことにした。
「モンブラン……」
どんよりとした雰囲気の橘さんは悔しそうに『皐月』の空っぽのショーケースを眺めていた。
「そういえば皐月のモンブランが目当てなんだっけ」
「うん……」
「姉さん、和菓子が大好きなので、ここのモンブランだけは外せないって言ってたんですけど……」
「護が起こしてくれないから……」
「ベッドに張り付いて離れなかったのは誰だったっけ?」
「ごめんなさい……」
ショックで子どもっぽくなってるわけじゃなく、素でお母さんと子供みたいなところがあるんだろうか。
今のところ橘さんの方が弱そうに見えるけど、どういう力関係なのか全然読めなかった。
ふむ、モンブランか……。
まあ、数的にもちょうどいいか。
お父さんとお母さんは別にこのモンブランにこだわりもないし。
「うーん、よし! じゃあ、ちょっと待ってて」
「?」
「すぐ戻るからそこで待っててね~!」
私はすぐに皐月に戻って店員さんに思いついたことをお願いできるか聞いてみる。
すると、快く対応してくれたので、私は二つに増えたケーキの箱をもって二人の元へ戻る。
「はい」
「え、これ、皐月の……!」
私がケーキの箱を一つ手渡すと、橘さんと護君はきょとんとした。
「うん、実は私、あそこのモンブラン余分に買ってあったから、二つ分けてあげる」
「でも……!」
「いいよ、別に。意地悪しちゃったし、橘さんもこのモンブランの良さが分かるっていうなら見捨てられないしね」
美味しいものは分け合った方が美味しいというなら、その美味しさをより分かってくれる方が感想も共有出来て良い。
家族の分はあとで別のスイーツを買って帰ればそれで。
橘さんは私の方を向いて目をキラキラとさせている。
「加賀さんが悪魔から天使に見えるよ! 急転直下!」
「悪魔ってなにかな? 最初から天使だよね~?」
余計なことは言わずに天使とだけ言っておけばいいんだよ。あと、天使から悪魔は直下してない。
私が静かに圧を掛けていると、その横で護君が何か聞きたそうにしていた。
「えっと、二つって、もしかして僕の分もですか?」
「うん、だって護君も売り切れてて残念だって言ってたよね?」
「そういえば聞かれてたんでしたね……うん、ありがたく頂戴します。本当にありがとうございます」
申し訳なさそうな笑顔を浮かべながら、礼儀正しくお礼を言って、けどやっぱりどこか気になることがある様子。
本当にいいのだろうかと遠慮の気持ちがあるのかもしれない。
「いいよ! あ! でもよかったらだけど、私も護君のお弁当食べてみたいかも!」
「弁当、ですか?」
「うん! 前に炭化した弁当を一緒に食べたとき、今度護君の方を食べさせてもらうって約束したんだけど、ひと月以上放置されたまんまだから忘れられてる気がして……」
「わ、忘れてはないよ。ただ、約束しようにも最近加賀さん忙しそうだったし……」
「あ~まあ、私は部活が始まっちゃったからね……」
「そういえば自己紹介でもそんなこと言ってたね。趣味だって」
昼休みに用事が出来たり、部員同士で食べる機会が少しだけあったりと、確かに前よりは誘いづらかったかもしれない。
「バスケ部……そうだね」
「…………」
甘いものの事だけ考えるようにしていたのに、今は思い出すだけでも嫌なものになってしまった部活という言葉がでて、少し表情が沈む。
「ねえ、もしよかったら少し付き合ってくれない?」
「橘さんに? 私、邪魔じゃない?」
横目で護君の方を伺う。
「気にしなくていいから」
「なら構わないけど、付き合うってどこに?」
「すぐ近く、お返しするから」
「え? 別にいいのに……」
遠慮しようとしても橘さんは譲らない。
まあ、無理に断ることもないかと橘さんの案内に付き合うことに、同じフロアを少し歩けば、和菓子屋の出店が見えてきた。
どうやらそれが橘さんの目的地だったらしい。
「少し待ってて」
「うん」
先ほどと立ち位置が反対になって、今度は橘さんが店の方へ。
やがて買い物を済ませ、二つある紙袋のうちの一つを私に持たせた。
「フルーツ大福だよ。今回のフェアで私的にモンブランと並んで抑えておくべき商品だから。加賀さんの家族の分もどうぞ」
「え⁉ なんでそこまで」
「私たちにくれたモンブラン、本当はご家族の分だったんでしょ?」
「……流石に鋭いね」
「前に両親しかいないって聞いたしね」
流石の記憶力、前も驚いたけど久々だったのでまた圧倒される。
「モンブランと違って売り切れてたわけでもないし、別にこれでチャラにしてくれとは言わない。今度この借りは返すから」
「いや、これで十分だけど? そもそも私のはお詫びのつもりもあったし」
「詫びはいい。確かに恥ずかしかったけど、よくよく思えばもう今更だったし」
「切り替え早くない?」
「とにかく、今日の礼はいつか必ず返すから」
「なんか頑固だね?」
「……何か困ったことがあるなら、相談に乗るって言ってるの」
「あ……」
まさか、私が悩んでたことバレてた?
それでわざわざこんな……。
「そのつもりなら、わざわざお菓子まで用意してくれなくていいのに」
「受けた好意には好意で返したいの。それにそれ、食べたら元気出るから……」
「橘さん……」
さっき少しだけ暗い顔を見せたから、心配させてしまったのかもしれない。
巡り合わせもあって警戒されてると思ってたけど、橘さんは根が優しいのだろう。
嬉しくて紙袋を胸に抱えると、護君がこそっと耳打ちしてきた。
「姉さん、中学からは友達とか作らなかったから、こういうシチュエーション慣れてないんです」
「いつもは器用なくせして、今日はやけに不器用だと思ったよ、納得」
「ちょっと、目の前でこそこそ話されると落ち着かないんだけど」
「ごめんごめん、姉さんは友達少ないからって話してたんだ」
「そんな話すんな! っていうか耳打ちしたならせめて隠し通してよ!」
「はは、ごめんごめん」
仲良さげな二人を見て、これ以上邪魔をしても良くないかと思えてきた。
ので、私はもう少し一緒に居たかったけど、先に行くことにした。
「二人とも、本当にありがとう。もうちょっと頑張ってみるけど、一人じゃどうしようもなさそうな時は頼らせてもらうことにするね」
「ん」
「じゃあ、私はまだ狙ってるのあるから、お先に失礼するね」
「うん、じゃあまた」
「あ、美咲さん」
去ろうと背を向ければ、意外なことに護君の方から呼び止められた。
「なに?」
「今度姉さんに弁当持たせますので。よかったら食べてください」
「……っ! うん、ありがとう!」
やっぱり自然な笑顔を浮かべて、護君は優しくそう言った。
「じゃあ今度こそ本当に、またね!」
「はい、また」
「…………」
二人と手を振り合ったのち、私はもう少しだけ散策した後買い物から帰った。
落ち込んだ気力を養うための買い物だったけど、スイーツ以上の収穫があった。
橘さんから受け取った紙袋と、護君が用意してくれる弁当。
ちょっとしたことだけど、久しぶりに人の好意を純粋な気持ちで受け取れたような気がして、帰り道は行きと違って弾む足取りになったのだった。
──…………。
── 5月11日 9時45分 橘柊和 ──
加賀さんが去った後、私と護はまだ見ていない出店をぐるっと周ることにした。
でも、頭の中では先ほどの事がまだぐるぐると巡っている。
「『護君』、『美咲さん』……か……」
「姉さん、何か言った?」
「……ん-ん、何でもない」
少しだけ複雑な気持ちを胸に、私はきゅっと護の服の袖を掴むのだった。




