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不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく  作者: 桜乃マヒロ
生徒会はあの日から始まっている

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珠玉の逸品、お二ついかが? 前編

 ── 5月11日 8時50分 加賀美咲 ──


 練習試合を来週に控えた土曜の休日。

 意外にも部活がオフだったので、私はある買い物を目当てに近くのデパートまで足を運んでいた。


 中村の思惑により、私は小宮先輩に代わってスタメン入りを果たした。

 私が中村と一悶着起こしたタイミングでのその采配に、あの場にいる誰もが裏を感じ取ったけど、もっともらしい言い訳をされてしまい、結局誰も文句をつけることはできなかった。


 あれから、少しだけ小宮先輩からの視線が辛い。

 中村の悪意によってああいう運びになったのは確かでも、私が目をつけられたために起きた出来事なのもまた事実。

 小宮先輩からすれば、たまたま私とポジションが被っていたためにとばっちりを受けた感じだ。

 どうしたって気にせずにはいられないだろう。


 あれから毎日練習のたびに気が重かったし、松前部長や三木先輩がどうにかできる問題でもない。

 一応中村にいくらなんでも早すぎると掛け合ってくれたものの『これからの部を思えば今のうちに経験を積ませるべき』なんて、言い訳だとわかり切った方便で相手にされなかったらしい。


 なぜわかりやすく降格処分ではなく、その真逆の行動をとったのか最初は分からなかったけど、その狙いは段々見えてきた。

 私に直接いやがらせをすればあからさますぎて、周りから庇われるので効果が望めないけど、代わりに私の回りに被害を出せば、今回のように誰にも文句を言わせることはなく、それでいて私は自責の念で勝手に追い詰められていくと分かっていたんだ。


 しかも、それが続けば、日に日に周りからの私への視線も辛いものになっていく。

 『私が被害を被ったのももとはと言えばあいつが目を付けられたせいだ』

 『あいつの近くにいると私も被害を被るかも』と。

 それが中村の悪意によるものだと分かっていても、自分に被害が及べば誰だってそう思わずにはいられないだろう。小宮先輩のように。


 これまで部活は私の日常における元気の源といってもいいくらいだったのに、たった一度のことで真っ逆さまだ。

 あの時二宮先輩のために動いたことは正しかった。

 そこを後悔する人間にはなりたくない。

 けど、今自分の置かれた立場に対して納得がいかないと嘆いてしまうのもまた仕方のないことだった。


 ……なので、今日デパートまでやってきたのは、そんな失われた活力を別のもので補うためで。

 

『──グループ創立記念! スイーツフェス開催!』


 デパートの屋上から垂らされ、デカデカと強烈な存在感を放つ垂れ幕を眺め、私は沸々と失いかけていた気力が湧き上がり始めているのを感じていた。


 そう! 何を隠そう今日は、このデパートの親元であるグループ企業の創立記念日で、同時にそれを記念して開催されるスイーツのイベント日なのである!


 なぜスイーツなのかというと、この地域は元々スイーツの名店が多く存在しており、デパートがそこに目をつけたのが事の始まり。

 今日一日だけ選りすぐりの名店たちがデパートにて出張営業を行い、中には本日限定の特別なスイーツまで用意されることから、私のようなスイーツ大好き人間には外すことの出来ない大人気イベントとなっている。


 練習試合と被らなくて本当によかった。

 スタメンになって最初の大事な試合でも、このイベントと天秤にかけると正直どちらに傾くかいざその時になるまでわからないから。

 

 それくらいには私にとって特別なイベント。ただそれだけのイベントだけに油断は許されない。うかうかしていると狙いの限定スイーツはあっという間に売り切れてしまうのだ。

 私は日々の葛藤の一切をこの瞬間だけ切り離し、全力で成果を狙いにいくことにした。




 ──…………。


「ありがとうございましたー!」


 店員さんの気持ちのいい挨拶を受けて、私は軽く握りこぶしを固めてガッツポーズをキメた。

 私が最初に向かったのは和菓子の名店『皐月』が売り出した限定商品のモンブランだ。

 詳しく知らない人なら、なぜ和菓子の名店で洋菓子の、それもケーキなのかとツッコみたくなるところかもしれない。

 しかしこのモンブラン、なかなか侮れない。

 老舗の和菓子屋が和菓子に用いる技術の粋を盛大に振るい、栗きんとんや栗の餡他、栗の持つ豊富な可能性を一品に完璧なバランスで詰め込んだ珠玉の逸品なのだ!


 本当は洋菓子の方が好みなんだけど、去年奇跡的にも売れ残っていたこのモンブランを食べてしまって、それからしばらく和菓子にハマる時期もあったくらいには私に衝撃と影響を与えたスイーツだった。

 こと栗においては和菓子の方が親和性は高いのかもしれない。


 そんなモンブランも、今年は更に名が売れてしまったらしく、何と私が買った分で早くも売り切れになってしまった。

 素直に喜びたいところではあるけど、何かの間違いで売り切れになっていた未来もありえたと思えばぞっとしない。

 ついでとはいえ、家族の分も合わせて三つ確保できてよかった。

 別に私と一緒でめちゃくちゃ好きという訳ではないけど、美味しいものは誰かと共有した方が美味しいものだから。


 そう思い、私の足は既に次の目当ての店へと移動しようとしていた。

 そんな時だった。


「あ~っ! どうしよう護! 一番の目当てがもう売り切れてる!」


 誰か知らないけど、先ほどまで私のいた『皐月』の前で悲鳴を上げていた。

 ふふ……モンブランを狙っていたみたいだけど、遅かったね。

 去年のようにたまたましばらく売り切れない年もあるけど、本来は開店と同時にまず駆け出さないと一瞬で売り切れちゃうって一品だから。


 まあ、そういう私もギリギリだったんだけど。

 そう思えば、ギリギリで間に合わなかった名も知らぬ彼女が可哀想に思えてきた。

 あんなに残念そうにして……。


 ——って、あれ? 


「あ、本当だ……仕方ないよ姉さん、残念だけど諦めるしかないね」

「嫌だぁ~! 今日を逃したらまた一年待たないと食べられないのに~!」

「僕だって残念だけど、そんな駄々こねたってどうしようもないじゃん……」

「やだぁ~! 護何とかしてよぉ~! モンブラン食べたいよぉ~!」 

「あぁ……また幼児退行して……またこの間みたいに誰かに見られても知らないよ?」

「今日は飛鳥さん家で寝てるからもうあんなこともないもんね~!」


 耳を疑ったし、振り返って目で確認してまた度肝を抜かれた。

 感覚的には、言葉の通り内臓や体の部位のいくつかが吹き飛んでも仕方のないくらいの衝撃だった。


 まず最初にびっくりしたのは休日のデパートという場所で橘さんの声が耳に入ってきたことだ。

 一年に一度のフェアといっても同級生に遭遇するのはそうあることじゃない。

 人ごみの多さもそれなりだし、デパート自体かなりの広さだ。

 本当に偶然、それもまさかの橘さんという奇跡にまずは胸が躍った。


 次に驚いたのは橘さんの態度だ。

 学校で見たどの橘さんとも違う。

 人前で見せるいつもの優等生スタイルから、私に偶然知られることになった素のスタイル。

 そのどれとも違う、まるで甘える子どもの様に情けなくて、普段の聡明さや冷静な雰囲気を欠片も感じない声。


 素のスタイルはクールで理知的、言わずもがな今私の耳にしている子供っぽい声とは比べようもない。

 そして優等生スタイルで人と接するときは確かに笑顔で明るい調子だけど、こと甘えという話になれば全くないと言っていい自立した模範生。誰に対してもにこやかで親切だけど、隙が一切見当たらないのが優等生スタイルだ。

 

 それが──一体なんだこの隙だらけの甘々な声は。

 よっぽど油断していないと、とてもじゃないが出せない声だ。

 少なくとも今の私には無理だ。


 しかしそれでも聞こえてくる声は橘さんのもの。

 振り返ってみて本当に橘さんがいたとき、正直ショックでその場に崩れ落ちそうだった。別に傷ついたわけでもないけど、私の知っている橘さんとのギャップが壮絶すぎる。


 ──誰だあいつ! とか。

 ──二重人格か! とか。

 ──中身幼稚園児と入れ替わってるのか? とか。


 多種多様な感想と疑問で頭が目まぐるしく回り始めた。

 ……そして最終的に頭の中に残ったのは。


 ──橘さん、まだ猫被ってたんかい!


 そんな心の嘆きの言葉だった。

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