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不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく  作者: 桜乃マヒロ
生徒会はあの日から始まっている

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可愛い君に愛ある鞭を

「私の話は、以上です。どうしても話せないことはありますが、私が話せることはこれで全部です」

「うん、ありがとう。おかげで私はもっと君の事が知れたよ」


 私が礼を告げれば、橘さんは自嘲した笑みを浮かべた。


「……滑稽でしょう? 自分だって本気で本心からそうとは思えてないのに、周りには必死に違うって言い張らないと、自分の気持ちから目を逸らすことも出来ないんです」


 見ていて辛くなるようなその表情は、目の奥にどこまでも光がない。

 声はどこまでも沈んでおり、橘さんの心に根ざした傷の深さが伺い知れる。


「少しでも気を緩めたら、その瞬間にでも私は否定のフリすらできなくなりそうで、怖いんです」

「なら、今回の事は大丈夫だったの?」

「……私が先輩に伝えたのは中身が何もない何の意味もない告白です。私はこれから先も変わらず否定し続けます、それが例え八重樫先輩が相手であっても、私は否定を貫き通します」


 傍から見れば意味のない嘘と分かり切った否定でも、橘さんにとっては何よりも重要なプロセスだ。

 否定し続ける姿勢こそが、彼女にできる最良の選択肢であり、『大人になる』ための第一歩なのだから。


「私は、ブラコンなんかじゃありません。あくまでも、正常の範疇で弟が大好きなただの一人の姉なんです。これまでも、これからも」


 彼女はそう言って笑った。 

 彼女にとっては当たり前の、すっかり慣れてしまった、人好きのするいつもの作った笑みで。


 けど、今の話を聞いた後の私には、その笑みに隠されたどこまでも孤独で寂しがっている彼女の本心が透けて見えるようで。

 見るに堪えないと思ったから、私は私のそれなりにある胸で彼女の顔を包み込んで見えないようにしてやった。


 ──要するに、頭を抱えて抱きしめてやった。

 

「……これはどういうつもりですか」


 最初から抵抗はせず、おとなしく捕まったままの状態で喋るから声がくぐもって聞こえる。音が胸に吸収されてるみたいだ。


「ん~、君が不細工な顔するから隠してあげようと思って」

「……喧嘩売ってるんですか?」


 そんな言葉を吐き出すものの、彼女の声音に怒りの色はない。

 むしろ、苛ついているのは私の方だった。


「いや? ただ一つ文句は言いたい気分かな」

「なんでしょう」


 生意気な後輩の頭を抱く手にさらに力を入れてやれば、橘さんから『きゅう』と音が漏れた。


「君の方がよっぽど酷いくせに、良くもこの私に対して寂しい人扱いしてくれたね」

「今更、何の話ですか? 狭量ですよ」

「うるさいよ。とにかく、私は君にむかついたので、君のそのくだらない嘘には付き合ってやらないことに決めた」

「……何が言いたいんです?」

「簡単な話だよ」


 本当は私が何を言い出すかなんとなくわかってるくせに、橘さんはあえて聞き返す。

 私もそれに付き合ってやることにした。

 あえて端的にまとめて、私は彼女に宣言してやる。


「私は、これから君に沢山嫌がらせをしかけることにするよ。君が嫌でも素直になれるようにね」

「嫌がらせ……」

「私は君の事をこれからずっとブラコンと言い続けるし、弟の事が好きだろうと勘繰り続けてやる」

「なんでそんな子供じみたこと……」


 なぜそんなことをと、動機を問う。

 これに関しても、橘さんは見当すらつかないほど理解できないわけではないだろう。けど、いくつかある可能性の中で、私がそうしようと決めた理由がどれなのか、確認しようとしている。

 拒絶ではなく、理解するための行動だ。

 私はそこに希望を見出した。


「だって、放っておいたら君、たとえ一生掛かってでも自分に嘘をつき続けてそうに見えちゃってさ、怖いんだよ……」

「……そんな、ことは」


 橘さんは、自分の想いを上手く封じ込めることぐらいは出来るようになるかもしれない、しかし、心から納得してありえないと否定できる日は一生来ないだろうと、今日話していて確信した。

 橘柊和という人間を形成する幼少よりの成長過程において、彼女の特別な想いは多大なる影響を及ぼした。

 もはや彼女という人間が変わり果てることでしか、湧き出る想いと完全に決別するには至れないだろう。


「大人になるなんて言って、君のそれは意固地になった子供みたいだ。そんなことでいつまでたっても大人になれるわけないだろう」

「大丈夫ですよ」

「いいや、無理だね」

「大人とは、子供より心が死んだ人の事を指すと前に本で読みました。私はこれからゆっくり時間をかけて自分の心を確実に殺します」


 私と橘さんの応酬は、私が橘さんの冷たい覚悟に触れることで止まってしまった。

 橘さんの言い分に納得したからじゃない、橘さんの覚悟を改めて感じたことで身が竦むような思いになったからだ。

 一人抱え続けるには、あまりにも重く辛い悩みだ。

 一体どれほど長い間彼女はそれを抱え続けてきたのか、そう思うだけでぞっとする。


「君って、思ったよりひねくれものだし、考え方が重たいよ」

「そうですか、何と思われようと結構です」

「重い女は嫌われちゃうよ」

「構いません」

「護君にも嫌われちゃうよ?」

「…………」


 うつむいて悲しそうな顔をする。

 本当に素直で可愛らしい反応だ。


「あ~、今嫌だって思ったでしょ?」

「っ! 別に……っ! 嫌われたくないのは自然な感情でしょう……!」


 どうにか反発しようと、ようやく顔を上げた橘さん。

 息が詰まって酸欠だったのかも知れない、顔は真っ赤だった。


「もう、本当に素直で可愛いんだから」


 だからこそ、そんな可愛い橘さんが心を殺す覚悟を決めていることが、より一層悲痛に感じられる。


「~~っ!」

「もったいないよ」


 諭すように言う。

 彼女の覚悟に比べればあまりにも軽すぎる言葉だ。


「今更その程度のことがなんだっていうんですかっ?」


 当然彼女は反発する。


「まあ、姉弟で……なんて話、本当は簡単に肩を押すことは出来ないよ、どうなったって私には責任を取ることも出来ないんだし」

「なら……っ!」

「でもだからって、君の心がこれからゆっくりと死んでいくのが分かってて何もしないでいることなんて私には出来ない」


 私の単純で、だからこそ完璧に正確な思いを伝える。

 しかし単純とはいえ、私がそう思うにはあまりにも私たちの関係は短すぎた。


「なんでそこまでっ」

「君が言ったんだよ、私は寂しい奴だって。そんな私だけど、つまりは君の事が気にいっちゃったんだよね。友達になりたいって思うくらい」


 なら、いっそ不自然じゃないように近づいてしまえばいい。

 最近は出会って数日で結婚する夫婦もいるそうだ。

 それを思えば、これくらいの接近はそこまで不自然じゃない。比較的。


「なら相応の態度ってものがあると思います」

「君だって大概生意気じゃない。それに、友達が困ってたら普通は手を貸すものだそうだよ?」

「余計なお世話です」

「まあ友達になりたいっていうのも、そっちの関係の方が君にちょっかいかけやすそうってのがあるしね」

「なら絶対なりません」


 この交渉、一見彼女に選択肢があるようでそれは全く違う。

 私には飛び切り卑怯な切り札がある。


「残念だけど、私は一方的に君の弱みを握ってる状態だから、この程度の事は譲歩してもらうよ」

「なんですかそれ……脅してなるとか、最低の友達ですね……」


 開き直った私の最強のカードに早々に諦めたようだ。

 ……いや、最初から本当に抵抗があったのかすら怪しいな。

 どうにも私には彼女は私の甘言を拒絶しきれていないように思える。


「甘いよね、君」

「どこがですか」


 もっと強く拒絶されれば私も身を引いたし、無意味に彼女の秘密をばらして回ることもない、私に対して甘い。

 そして、自分の想いを振り切ろうというには、彼女の行動はあまりにも……。


「甘々だよ」

「…………」


 自覚が有るのか無いのか、橘さんは反論しなかった。


「まあ、私の前に折れるかどうかはともかく、友達になってくれることは甘んじて受け入れてほしいな」

「脅されたんですから、断ることは出来ません」

「橘さんの嘘つき」

「そっちは卑怯者です」


 視線が交錯する。

 心なしか私だけじゃなく橘さんも笑っているように見えた。


「じゃあ、呼び方を改めようか」

「呼び方、ですか」

「下の名前で呼び合おう。いい加減『八重樫』なんてカッチリした呼ばれ方にも飽き飽きしてたんだよね」

「詩葉先輩……ですか?」

「流石私の名前だね、心地が良い響きだ」

「ナルシスト……」

「自分の名前が好きなのは別にいいだろう、そもそも考えたのは私じゃなくて親なんだし」


 私は自分の事を実際の数値以上に高く見積もっているつもりはない。

 驕っているなどいないのだ。


「私の方は呼んでもらえないんですか?」

「可愛い聞き方をするね?」


 甘えられているみたいだ。


「どうしても私をおちょくりたいんですか?」

「そんなつもりはないよ……柊和ちゃん」

「ちゃん……」

「子供っぽくて気に入らないとか? でも、私からはピッタリのイメージなんだけどね、柊和ちゃん」

「まあ、幼稚なままですしね」

「そういうつもりはなかったけど……」


 邪推して皮肉っぽい笑みを浮かべた柊和ちゃん。

 私はただ、コロコロと表情を変える柊和ちゃんが可愛くてちゃん付けなだけで、別のところを揶揄したつもりはない。


「まあいいや……とりあえず、無事友達にもなれたことだし……柊和ちゃん」


 抱えていた頭を話してやると、押さえつけていた胸の反発でそうなったかのように彼女は離れていった。


「私はこれからもっと君と仲良くなって、いつか君が素直になれるように頑張るから、期待しててね」

「何の話か知りませんが、期待なんかしません。私はブレるつもりはありませんから、よろしくおねがいします」

「ああ、よろしく」


 握手を交わし、お互いに笑顔だが、その実私たちは非常にバチバチと火花を散らし合う。


 そんな状況でも、私は内心柊和ちゃんに対してこんな妄想をしていた。


 彼女があらゆるものを天秤にかけ最終的にどんな選択をしようと、少なくとも自分の気持ちに素直になることだけは諦めたくないのではないかと。

 もし、夢を見ることが許されるのなら、素直な気持ちに従い、また子供の頃のように護君に好きだと伝えたいのではないかと。

 

 柊和ちゃんの本心がそうであることを勝手に期待して、いつか完全に素直になった彼女の笑顔を見てみたいという自分の欲に従い、可愛い後輩に愛ある鞭を振るうことをここに誓った。

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