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不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく  作者: 桜乃マヒロ
生徒会はあの日から始まっている

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学園一の美少女(二人目)

 —— 五月六日 十五時五十分 ??? ——


 帰り際、移動していると同級生の女子にあるものを押し付けられた。

 最初、話しかけてきた彼女は少し緊張していた、理由は大体分かる。

 私と接触する人の大半は、何も知らないにもかかわらず勝手に私を高く見積もって、私と話すことに妙な価値観を錯覚するのだ。


「あの……すみません」

「ん? どうしたのかな?」

「さっき廊下にこんなものが落ちてたんですが……」

「ん……? なにかな、これは?」


 やはりこの人も私を高嶺の花のように捉えているのだろう。

 その証拠に同級生にもかかわらず敬語だった。 


 まあいいやと、ため息を一つついて切り替える。

 渡されたものをつまみ上げて観察してみる。

 ん……? おそらく何かしらの人形……? なんだろうけど……。

 凄く歪な形をしている。

 何かしらの呪術的な意味合いを持った代物だと説明されても、思わず納得してしまいそうだ。


「本当に、なんなんだろう……?」

「分かりませんが、指導室の前のところに落ちていて……」

「…………」


 しかし、この人形よく見てみれば……。


「あの……?」

「落とし物なら職員室に届けるべきだと思うんだけど……?」

「ご、ごめんなさい。でも、貴方なら適任かなと思って……」

「……どうしてかな?」

「だってあなたは――」


 まったく、本来こういうのは私達の仕事ではないんだけど……。

 たまにこういう勘違いあるんだよね、私たちの事便利屋か何かだと思われてるんだろうか。

 はあ、私がトップになったらもっと活躍して、そんな認識すぐにでも払拭して見せるのに……。

 まあ、いい。

 ちょうど職員室に向かうところだったのだ。

 ついでにこの人形も持って行ってあげよう。

 扱いには困ったけど、よくよく見てみればこの人形、括り付けられた紐はちぎれているが、人形本体の方はかなり丁寧に手入れされている。

 持ち主に大切に扱われていた証拠だ。

 そんなものをポイと捨ててしまう訳にはいかないだろう。


 ポケットの中に件の人形をそっとしまって私は、職員室に向かうのだった。




 ——…………。


 職員室に向かう途中、奇怪なものを目にした。

 遠くで誰もいない、そして何もない場所に向かって土下座している女子生徒を見かけたのだ。

 大概の事には動じない私もさすがに困惑した。

 一体あの子はどんな経緯で、そしてどんな理由で誰もいない廊下で土下座をすることになったのか。

 興味を引かれるのに比例してどんどん近づく足は加速する。

 どうしても気になって気になって、声を掛けずにはいられなかった。


「君、いったい何してるの? 大丈夫……?」


 私の声にピクリと反応した後、おずおずと顔を上げる女の子。

 私ともあろうものが、少し呆気にとられた。


 火傷……? 

 頬から首にかけて肌の色が変色して……。

 いや、だというのに、なんと綺麗な顔だ。

 小さな顔に整った輪郭、乳白色で一切荒れのない肌の中には、顔に反して吸い込まれそうなほどに大きな目、まっすぐな鼻筋、色艶も形も見事な健康的な唇、それらが一切の無駄がない実に見事なバランスで配置されている。

 印象の話をするなら、可愛いじゃなく、綺麗だ。

 浮かべている笑顔は人好きのする可愛らしいものだが、まさに『美人』という言葉が似合うように思った。


 まるで作り物じゃないか。

 頭の中でそんな感想が浮かぶと、女の子は声を挙げた。

 本当に隙が見当たらない。

 一切の濁りを感じない透き通った声だった。

 

「すみません、私は問題ないのでお気になさらず」

「いや、問題しか……って、あれ?」


 火傷の美少女……タイの色からして一年だ。

 周りへの関心が多少薄い私でさえ、その二つの情報で頭の中に検索をかけた時、思い当たる人物が一人だけいた。相当な有名人だ。今年の一年にそんな新入生がいるらしいと、同じ話をいろんな人がするものだから、聞いてもいないのに覚えてしまった。


 彼女の名はおそらく……。

 

「もしかして、君が『橘柊和』さん?」

「え、そう、ですが……?」


 少し戸惑いの色を浮かべながらも、彼女、橘柊和さんはそれを認める。


「やっぱり! 人伝に話を聞いて、前々から君の事が気になってたんだ」

「……はあ」


 困惑は少しの警戒に変わった。

 それでも最初に浮かべていたにこやかな笑顔が崩れ切らないのは少し気になった。

 まるで固定されているみたいな笑顔だ。


 まあ、構わない。

 私はあえて自分の話したいことを続けた。


「ああ、ごめんね。別に変な意図はないんだ。ただ、綺麗だの天才だのならある程度聞きなれていたけど、そのうえ隠し子がどうのと聞いたら流石に笑っちゃうでしょ?」

「…………」

「まあ、それ以外にも興味深い話は聞けてたから、私が君の事を気にしてたのはそれだけが原因じゃないんだけどね?」

「あの……」


 少し呆気にとられた様子の橘さんを見て、そういえば私がまだ名乗っていないことに気が付いた。

 この学校にいるとかなり多くの人に名乗る前から名前を知られているので感覚がマヒしてしまう。

 それに目の前の彼女は一年生だ。

 今年はまだ取り立てて目立つことはしていないので、名前を知られていない可能性の方が高いのだ。


「ああ、ごめんね。誰とも知らない相手に急に話しかけられても困っちゃうよね」

「そういうことじゃ……」

「私、そこそこ名前は知られてるからつい君も知ってるものだと驕ってしまったけど、一年生じゃ知らなくてもしょうがないよね。よし、それなら一度自己紹介しようかな」


 何か言いたげな橘さんには申し訳ないが、先に名乗りを上げさせてもらう。

 そちらの方が話も早い


「私の名前は八重樫詩葉。二年で生徒会役員をしている。だから……」

「…………」

「困ったことがあるなら私も力になるけど、どうかな?」

「あっ……!」


 そう言ってようやく橘さんの綺麗な顔から警戒の色が消え、私に興味を持ってもらえたようだ、先ほどとは異なる視線を向けてくる。

 しかし、気になるな。話ではいつだって笑みを崩さない柔和な人と聞いていたのに。もしかして私は今相当レアなシチュエーションに遭遇しているのかもしれない。


「私、困ってるなんて言いましたか……?」

「あはは! そんなとこで這い蹲ってるのに困ってないって言われたら相当な変人なんだなって認識しちゃうけど、本当に変人さんだったかな?」

「……変人じゃありません」

「なら変態さん?」

「なんでそうなるんですか!」


 ふむ、やっぱり予想よりも感情の発露が素直だ。

 彼女の表面的な様子を一見しただけではそこまでとは思えないものの、内心では結構取り乱しているのかもしれない。


 話を通じて橘柊和という人間の性格と状況を把握していく。

 うわさから聞いて作り上げた私の中の『橘柊和像』が間違っていないなら、彼女はなかなかの女優なのかもしれない。

 判別のために煽るような真似をするのは申し訳ないけど、もう少し探ってみたい。 


「冗談だよ。ならやっぱり困ってるみたいだね。聞かせてくれたら力になれるかもしれないけど」

「…………」

「言いたくなかった?」


 私の提案にためらう橘さん。

 当然だ、無礼な態度を取り続ける私に不信感を抱くのは仕方ない。


「無くしものを……探してるんです」

 

 観察していなければ気づかないようなわずかな震えをたたえて橘さんはそう告白する。

 ビンゴだ。

 彼女はこんな私を頼ろうとするくらいには切羽詰まっている。


「無くしもの?」


 観察は一旦止めだ。 

 それほど困っていて、尚且つ直接助けを求められたのにもかかわらず、私情を挟むのは私的に駄目だ。無礼すぎる。

 素直に協力するため、私は彼女に無くしものの詳細を聞く。


「何をなくしたの?」

「猫のぬいぐるみというか、人形です。キーホルダーくらいのサイズの」

「猫のぬいぐるみ……?」


 先ほど渡された落とし物がそうだったら話は早かったんだけど、残念ながらそう上手くはいかないものだ。

 猫のぬいぐるみとなると、心当たりは私にもない。


「職員室に落とし物はとどいてなかったの?」

「一応確認したのですが、少なくともその時は届いてなかったです」

「多分だけど、どこで落としたのかは分からないんだよね……?」

「はい、校舎で落としたのなら、玄関、職員室、教室、指導室の近辺だと思います、リュックにつけてたものですから、背負って移動していたのがその辺りだけなので」

「ふむ……でも、外で落とした可能性もあると――」


『分かりませんが、指導室の前のところに落ちていて……』


 もう一度私の持っている落とし物を見た。

 まさか……いやでも、いくらなんでも猫は……。

 キーホルダーくらいの大きさ、ではある、けど……。


「もう一度確認させてもらうけど、猫のぬいぐるみ……なんだよね?」

「はい、可愛い猫のぬいぐるみです」

「可愛い……?」


 本気で困惑した。


 状況的に考えて、一日に二つも指導室の前にキーホルダーサイズのぬいぐるみ……ぬいぐるみ? が落とされるなんて考えづらい。

 橘さんが他のところで落とした可能性もなくはないものの、十中八九今私の手にあるこれが橘さんの落とし物という事で間違いないだろう。


 けど、どう見ても猫ではない。

 最初見たときも呪詛的な何かを感じ取ってしまうような、そんなフォルムだった。

 辛うじて両手両足は確認できるが、頭部と思しき部位にはニタリとした笑顔のようにも見える奇妙奇天烈な顔のパーツが縫い付けられ、手足も四足動物のそれではない。なんというか、全体的にひょろ長く、地球外生命体をイメージしたといっても納得してしまいそうな手足だった。


 とりあえず、とんでもなく下手な手作り人形と思えばあり得ない話ではない。

 一応猫の可能性もあるので、手元のそれを彼女に見せて確認を取った。


「もしかして……これのことかな?」

「ああっ‼ そ、そうです! これです……っ‼」

「えぇ……」

 

 まさかの正解だった。

 彼女は私の手からその人形を受け取り、大事そうに胸に抱える。


「あ~……見つかって、良かった、よ」


 衝撃が大き過ぎて、橘さんに向けられていた私の関心が全てぬいぐるみにもっていってしまったが、どうやら困りごとは解決したらしい。なら何よりだ。

 とはいえ、いったいそれが可愛いというのはどういうセンスなんだいと問い詰めようと思ったら、その言葉もすぐに引っ込んだ。

 なぜなら、目の前の橘さんの、ただでさえ大きな瞳から、大粒の涙がとめどなくあふれ出しているのを見てしまったからだ。


「ありっ……ありが、とう……ござい、ます……っ」

「橘、さん?」

「私……っ、これがもしみつからなくて……すてられたり、したらぁ……きっと、たえられ、なくて……っ」

「……そっか」

「うぅ……ほんとうに、あり、がとう……ございますっ」

「ううん、私は特になにもしてないから……でも、見つかってよかったよ」

「はいっ……はい……っ!」


 対応に困った私は、努めて優しい声を掛けるようにしてあげる。

 とりあえず、人に見られたら困るだろうと思ったので、まだ泣き止みそうにない橘さんを連れて本来は今日休みの予定の誰もいない生徒会室まで案内することにした。

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