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不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく  作者: 桜乃マヒロ
生徒会はあの日から始まっている

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相沢ちゃん=M

 ── 4月22日 16時50分 相沢果南 ──


「ねえ聞いた? B組の橘さんの話」

「なになに?」

「なんか彼氏と一緒に子供連れて歩いてたって」

「いや、隠し子かよ」


 放課後、バスケ部の練習での事。

 練習中にCチームの一年生が、どうでもいい話に浮かれているのを聞き流し……。

 ……ん、ちょっと待って、なに隠し子って?

 

「それがさ! ショッピングモールで実際に見かけた子がいるらしいんだけど、家族みたいに手をつないで歩いてたとか、相手の男をパパ呼びしてたとか……!」

「ええ⁉ 私冗談のつもりで言ってたんだけど⁉」


 勘弁してほしい、練習中の無駄話は嫌いだけど、その話は流石に気になってしまう。


 まったく、橘さんか……あの人は相変わらず高校でも注目の的らしい。

 というのも、私は彼女と同じ因幡中の出身なのだ。

 中学でも彼女は今と変わらず、いつだって誰かの話題になっているような人だった。

 でも、私は一度だって同じクラスになったことは無いし、直接関わることはあまりなかったけど。


 それでも、同じ学校なら誰だって彼女の噂は耳にすることとなる。

 橘柊和は完璧で非の打ち所がない存在だと。

 成績優秀で文武両道、スポーツ優秀。

 容姿は端麗で比肩するものはおらず、善良な性格で人望も厚い。


 ただ、いつでも礼儀正しく、誰にでも親しく接する代わり、誰とも深く関わり合いになることはないし、顔の火傷も、家庭環境が複雑という噂も、彼女について詳しく知る人は誰一人としていないという謎の多い人物でもあった。

 話だけ聞けば、まるで漫画の世界の人間だ。

 

 でも、私は彼女の事がかなり苦手だ。

 といっても、好きな男が橘さんに惚れたとか、まわりからちやほやされて気にくわないとか、そんな逆恨みや僻みで恨んだり陰口を叩いたりするような奴らと同じような下らない理由ではない。


 そうなるには仕方ないだけの理由があった。


 さっきも言った通り、私は橘さんと同じクラスになったことは無い。でも、中学の頃一度だけ、男女に分かれて二クラス合同で行う形の体育でだけ、私は彼女と一年間一緒に授業を受ける機会があった。


 バスケの、それも試合形式で行う授業の際、私は彼女と対戦することになったのだが、その時の事は今でも覚えている。

 あの時まで私は、本当に完璧な人間なんてこの世にいないと思っていたから。


 ある意味、この前の加賀と同じ衝撃だった。

 バスケ未経験で、その日初めてバスケットボールに触れたような初心者が、見よう見まねで私と遜色のないドリブルを披露し、教えてもいないフェイントやテクニックを一人でに編み出して、試合中に応用して見せたのだから、私はそれからしばらく上手に笑えないようになった。


 おまけに、チームメイトを完璧に使いこなすプレースタイル。

 セオリーも知らない初心者のくせに、パス回しも試合中の指揮も、どれをとっても無駄がなく、加賀のようなスタートから全速力で駆け抜ける圧倒的な勢いはなくても、勘ではなく考えて動いてる分、スロースタートでも最終的には恐るべき精度で仲間の事も相手の事も把握してみせ、最終的な試合の支配度は今の加賀ですら遠く及ばないかもしれない。

 そんな怪物じみた才能を目の当たりにして、私はどうしたら彼女に嫉妬を憶えずにいられたというのだろうか。


 けど、それだけ圧倒的だったからこそ私は橘さんに……。


 そして橘さんを苦手という決定的な理由がもう一つある。


 積み重ねた来たものを一瞬で否定されたような経験を前に、ただ茫然とするしかなかった私だったが、その時一瞬だけ橘さんと目が合った。

 するとなんと、目が合って以降彼女は、本来の実力を一切発揮しなくなったのだ。

 それなりに上手い程度のプレイしかしなくなり、私が目にした圧倒的な才能は完璧に隠れてしまった。

 どうしたのと聞かれても、『まぐれだったんです』なんて言って、それ以降は何度試合をしても私のチームが勝つようになった。あれだけ圧倒的な試合をして、まぐれなんていい加減な言い訳にも程がある。


 気を遣われたわけじゃないのは最初からわかっていた。

 多分彼女は私ではない、もっと他の何かを恐れていたんだと思う。

 だって、私と目が合った時、彼女の目は私に対して何の感情も持っていなかったから。ただ、私がどんな気持ちなのかを見透かしただけで、私のことを不憫とも哀れとも思っていなかった。

 変な同情がないのは好感が持てたけど、それだけだ。


 きっと、彼女が本気を出さなくなったのはどこまでも彼女の都合だ。

 私は最初から最後まで彼女の眼中になかった。

 私が何度も彼女の本気を引き出そうと必死になったのに、それは最後まで叶わなかった。


 だから、それ以降私は橘さんににリベンジする気もなくなったし、彼女について考えないようにすることにした。

 橘さんは私とバスケで関わり合いになることは今後二度とない。

 それなら気にするだけ無駄じゃないか。

 例え私の努力よりも遥に価値のある才能を持つ初心者がいたとしても、それを気にしたって、私は前に進めない。

 そう割り切って私は前と同じようにバスケに全力を注ぐ毎日に戻った。


 ただ、どれだけ忘れようとしても、あの時の事は未だに夢に見てしまう。

 あの時の橘さんの圧倒的な、それでいて完璧な──。


 そして、あれから時間も経ち、ようやく一人の天才を忘れかけたところに、また新しい天才が現れた。 


 本当に天才は苦手だ。

 私が努力して辿り着いた領域をあっという間に飛び越える奴もいれば、初めからそれより遥か高みでスタートする奴もいる。


 もう一人の天才が練習に励むAチームを眺めながら、私はただ歯を食いしばるしか出来ないでいた。


 この前の紅白戦で、加賀美咲は圧倒的な才能を誇示して見せた。


 それからの練習では当たり前のように一人だけ私が焦がれたレギュラーチームと一緒に練習を始め、それ以外の私を含めた一年生はBチームCチーム……と能力ごとに練習するチームを割り当てられ、私は実質二軍のBチーム入りを果たした。


 別に、私がAチームに入れなかったのは加賀がいたからという訳じゃないのは分かっている。

 彼女が居なくても、きっと私がBチームという結果は変わらなかった。


 井の中の蛙だったのだ。

 私が目指していたレギュラーチームは私の想定よりも遥にレベルが高く、私の眼中に無かったBチームの上級生たちにでさえ私が敵うことは無かった。

 

 本当に、私がここにいるのは加賀以前の問題だ。

 分かっている、それでも、私は加賀に嫉妬せずにはいられなかった。

 ただただ、悔しかった。

 私が必死に追いつこうと練習している横で、楽しそうにバスケをしているアイツを見ていると悔しくてたまらない。


 バスケの才能だけじゃなく、加賀は人から愛される才能も持っていた。

 執念で練習に練習を重ね、気づいたときには周囲を置いてけぼりにするような、不器用の塊みたいな私が持っているわけもない才能。

 新しい環境でも段々周りから敬遠され始めた私と対照的に、加賀はレギュラーチームの誰からも愛され、認められ、毎日和気藹々と練習に挑んでいた。

 そんなキラキラと汗を流している姿を見たら、どうして加賀ばかりと思わずにはいられなかった。


 大会に負けた時ですらここまで悔しい思いをしたことは無かったかもしれない。

 それほどまでに加賀に嫉妬していた。


 でも……。

 そんなに悔しくてたまらないというのに……。


 先輩たちすら華麗に、そして過激に抜き去り、理想的なフォームで放った加賀のシュートがゴールに吸い込まれる。


 しかし、それで加賀は終わらない。

 先ほどまで攻めていたのが一転してディフェンスになったが、それも隙が無い。

 先輩の苦手や弱点を的確に読み、突き、弱らせてからボールを奪う。

 そして攻撃に転じれば電光石火でゴールにツッこみ、対策を取られれば味方のパフォーマンスを十二分に引き出して利用する。


 ──ああ、なんて美しいプレイだろう。


 私は、それほどまでに悔しいと思いながらも、それと同じくらい加賀のプレーに強く惹かれしまって仕方がなかった。 


 橘さんの時だってそうだった。

 あっという間に周りから得られるすべてを吸収し、成長し、自分で0から1を産み出し、更にそれを一人で何倍にも膨らませる。

 そんな無限大の可能性に憧れて、大きな嫉妬に隠れるようにひっそりと、あれをもう一度だけでもと心のどこかで求めていたのに、私には結局それも叶わなくて。


 でも、今度は違う。

 嫌というほど近くで、これでもかというほどに沢山、加賀は私に理想的なプレイを魅せつけてくれる。


 私もあんなプレーをしてみたい、私もあいつと一緒に、今度は同じチームメイトとして試合をしてみたい。

 そんな思いを抱いてしまう事すらまた悔しくて……。


 私はAチームへの視界を未練とともに振り切り、練習に集中することにした。




 ──…………。


 それから、私はいつか必ず追いつくと心に決め、これまで以上に練習に励んだ。


 朝は誰よりも早く来てボールに触れ、帰りはいつだって私が最後だった。 

 そんな姿が認められて、始めは私を敬遠していた先輩たちも徐々に私を認めてくれた。それが純粋に嬉しくて、少しずつそれも心の支えになって、日々の練習に打ち込む姿勢もより力が入った。


 劣等感と憧れ、悔しさと充実感。

 これまでにないほど強烈な感情に揉まれながらも、私の腕は今まででは考えられないほどのスピードでめきめきと上達していった。

 日々が少しづつ好転し始めた。


 でも、そんな流れの中でも、やはり悪い感情に傾倒する一日はあって。

 そんな時だった。


 私の前に、抗う事のできない魅惑的なエサを用意し、下卑た笑みを浮かべた悪魔が現れたのだ。 

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