橘姉弟の隠し子 後編
子供──小さな女の子だ。
見た感じ、まだ小学生にも入ってない、背丈やしゃべり方から見て保育園や幼稚園で言うところの『年長さん』ぐらいの歳ごろ。
そんな女の子が私たちを捕まえて、言うに事欠いて──
「おかあさん、おとうさん」
何ていうものだから私たちはてっきり……。
『なんだ、ただの私(僕)たちの子供じゃないか』
なんて納得しかけた。ほっこりしすぎて。
けど、すぐ現実を思い出してそれを否定すれば『この子は一体誰の子だ』なんて当然の疑問がようやく頭に浮かんだ。
「えっと、とりあえず……」
「…………」
女の子は私たちの服をつかみながらも、どこか心細そうに見え、瞳が潤んでいたので話しかけるにも細心の注意を払った。
「お嬢さん……お名前は?」
「あゆみ……」
「そっか、あゆみちゃんだね……えっと……お父さんとお母さんは?」
この子はきっと迷子だ。
ならはぐれた両親がいるはず。
そう思って尋ねてみれば、あゆみちゃんは私と護の服をつかむ手にぎゅっと力を入れ、何かをねだるような視線を向けてくる。
「おかあさん……おとうさん……」
「ええっ……⁉ 僕たちはあゆみちゃんのお父さんとお母さんじゃ……」
「~~っ」
「あ、あぁあぁあ! ごめんね! 私があゆみちゃんのお母さんだったよね! ね!」
「ん~⁉ そう、だった、ね⁉ 僕もお父さんだったかも!」
どうにもあゆみちゃんは私たちが両親に見えているらしい。
否定しようとすれば一気に泣きそうな顔をしてしまったので慌てて認めてしまった。
え、なんだろう、お母さんにも火傷の痕があるとか?
いや、まさかだ。ただ迷子で一人になって心細くて、私たちに甘えてるだけなんだろう。
段々状況を把握できるようになれば、この子を何とかしてあげたいという思いが募り始める。
それは護も同じなようで、アイコンタクトで了解を取って私からあゆみちゃんに話しかけた。
「あゆみちゃん、私達ちょっと忘れちゃったんだけど、きょうはどこにお出かけしにきたんだっけ?」
ひとまず私たちはあゆみちゃんの両親のテイで話を進めることにした。
まずはあゆみちゃんの動向を把握し、両親とどこではぐれたか推測したい。
それと同時に今まで歩いてきた場所を探せば、あゆみちゃんを探して回っているであろう両親も見つかるかもしれない。
とはいえ、迷子センターに行くのが一番だからその道中で寄り道するくらいのつもりでいいだろう。
「きょうはね、おようふく見にきたの……」
「洋服か……そういえばそうだったね……」
ちょうど私達も同じことをしていたところだ。
「あゆみちゃんのお洋服だよね? さっきまで一緒に見てたっけ?」
「うん、そうだよ」
なら子供服の店だ。
そしてその時まで両親と一緒にいたはず。
ここは一階の端のエリア、子供服の店は同じ階の真ん中あたりにある。
幸いなことに、ちょうど迷子センターもその近くだ。
「じゃあ、一旦戻ってもう一回お洋服見に行こうか?」
行先は子供服の店で決定、あゆみちゃんを誘導するためそう提案してみれば――
「やだ……」
やだったかぁ……。
「あ~……でもね、あゆみちゃん。私達子供服のお店見にいかないと……」
「だめ! つぎはけーきやさん行くの!」
「でも……」
「やだ! やだやだ! 行くったら行くの!」
「ん~……どうしよう……」
ぐずりだしてしまった。
無理やり引っ張って連れて行くわけにもいかないし……。
私が困っていると、護がこそっと耳打ちしてきた。
「あゆみちゃん、なんか今朝の姉さんと似てるね」
「は?」
「言ってる台詞も一緒だよ?」
言われてみれば私も全く同じセリフで護相手にぐずった記憶がある。
今日の出来事だからそれはそれは鮮明な記憶だ。
「う、うっさい! 状況考えろ!」
「なんか、本当に姉さんの子供みたいだね?」
いたずらっぽい表情でそう言ってくる護に、私も仕返しせずにはいられなかった。
「そうですか。でも……貴方もこの子の『お父さん』なんですよ? ねえパパ?」
「パパ⁉ その呼び方はさすがに……」
「おとうさん、パパじゃないの?」
「~~っあ、パパ、だった、かも……なぁ」
あゆみちゃんの不安げな瞳の前に護はあっけなく折れてしまった。
ふっ、いい気味だ。
「こんな子供にいいようにされるとは……」
「あはは、パパはまだまだだね~?」
「ね~?」
あゆみちゃんと初めて意思を通わせた瞬間だった。
まあ、多分私の言ってる意味は分かってないけど。
私に合わせてくれたんだろう。可愛いなぁ……。
少し機嫌が戻ったみたいで何より。
ただ、護もそれで終わる男じゃなかった。
「……そっか、なら……僕の方もママって呼んだ方が良いのかな?」
「なぅっ」
「そうだよ! おとうさんはおかあさんのことママって言うの!」
「そっかぁ~、じゃあ、よろしくね? ママ?」
ママを強調する護。
ちょうどあゆみちゃんのご両親もパパママと呼び合っているらしく、あゆみちゃんからの肯定が入る。
あゆみちゃんの前では私の抵抗など風に晒された塵も同然、なすすべなく受け入れた。
それにしてもおかあさんだのママだの、家庭内で呼び方は統一しないものなんだろうか。
姉弟でパパママと呼び合うという倒錯的な状況にはなったけど、ひとまずこれ以上話が拗れては何も進まなくなってしまうので、一旦休戦する。
「さて、どうしようか姉さん? ケーキ屋は二階だから、迷子センターもあゆみちゃんの両親も遠ざかると思うんだけど……」
「そうだね……」
しかし、あゆみちゃんの意思は固い。
少しでも迷子センターまで連れていく意思を感じ取ればサイレンのように泣き叫びだすことだろう。
ひとまずはケーキ屋に連れて行って機嫌をとるべきか……。
そう思った私はスマホを取り出した。
「……? スマホでどうするの?」
「迷子センターには飛鳥さんに向かってもらおう、事情を説明すればあゆみちゃんがいなくても放送をかけてくれるかもしれない」
「そっか、両親が見つかれば飛鳥さんを経由して合流すればいいんだ」
「そーゆーことですよ、パパ」
「流石ママだね」
事情をメッセージで伝えれば飛鳥さんから了解のスタンプが。
あとで放送が掛けられそうだったらまた連絡すると言って会話は途切れた。
「じゃあ、行こうか。ケーキ屋さん」
「~っ! うん! いく!」
仕方なしとため息をついてみれば、あゆみちゃんは一気に満面の笑みを浮かべた。
私と護は目を見合わせて、あゆみちゃんのずるすぎる可愛さにに笑ってしまうのだった。
──…………。
「ケーキ美味しい?」
「うん! ありがとう! おかあさん! おとうさん!」
「……ふふ」
イートインコーナーであゆみちゃんにショートケーキとジュースを買ってあげて、私と護もそれぞれ好きなものを見繕い、三人でおやつの時間をむかえる。
護とセットでお母さんお父さんと呼ばれると落ち着けない気持ちが湧いてくる。
それでも、そんな笑顔で言われれば問答無用で嬉しくもなってしまう。
少なくともケーキとジュースに掛かった千円ちょっとよりは間違いなく価値のある笑顔だ。
「あゆみちゃんは人たらしだね」
「ひとたらし?」
「可愛くて愛される人ってことだよ」
あゆみちゃんが私の言う『人たらし』を気にすると、護が子供向けの表現で上手く説明した。
「なら、おかあさんもひとたらしだね!」
「私も?」
あゆみちゃんが気になることを言う。
聞きながら、ケーキで甘くなった口を紅茶で口直しした。
「うん! あゆみのおかあさんね、いつもはかっこいいのに、おとうさんのまえでだけかわいくなるんだよ?」
「ごふっ!」
「あっはは!」
「おとうさんもかわいいおかあさんがだいすきなんだよ! あいしてるってよくいってるもん!」
むせた、紅茶で。
少し吹き出したけど、ケーキや護に掛からないよう咄嗟に顔を避けたのは英断だった。
「あ~あ~ママってば……大丈夫……?」
「おかあさん、よごしちゃめっだよ?」
「ごめんなさい……」
でもね、今のはあゆみちゃんも良くないと思うんだ?
今この場にあゆみちゃんのお母さんが居たら私以上にびっくりしちゃってんじゃないかなぁ?
全く……プライベートの人に知られたら恥ずかしい一面でも臆面なく言いふらすのだから、子供というやつは末恐ろしい。
というか、あゆみちゃんやっぱり私達と両親の分別はついてるみたいだ。
それで私達を振り回しているのは天然なのか、もしくはとんだ食わせ物なのか。
「あのね、あゆみちゃん。私は別に可愛くなんか……」
「かわいいもん! おとうさんといっしょにいるとうれしいんだよね?」
子供の観察眼は時としてなによりも真実を見抜くというけれど、なるほどなかなか侮れない。
護もあゆみちゃんの熱弁を聞いて満更でもなさそうににやけているのが憎い。
「おとうさんもおなじだもんね!」
そう言って今度は護にも牙を向けるあゆみちゃん。
あ~あ~可哀想に……これはきっと恥ずかしいだろうな……。
「……うん、その通りだよ、ママと一緒に居られて嬉しい」
しかし、護はあろうことかそれを認めてあゆみちゃんの頭をなで始めた。
「ま、護っ⁉ 何言って……⁉」
「ん~? どうしたのかな、ママ? 一緒にいられて僕は嬉しかったけど、ママは違ったのかな?」
挑発的な含んだ笑みをこちらに向ける護。
こちらもこのまま負けてはいられなかった。
「……ち、違いませんけど⁉」
「おや」
私がここで引くと思ったら大間違いだ。
一歩踏み込んでいっそ認めてしまえば、護は私がそう出ると思っていなかったのかそう来るかとでも言いたそうな表情。
だけど、私の攻勢はまだ終わっていない。
「私だってパパと一緒にいられて嬉しいし、パパの事大好きって言ってるんですけど!」
「っ⁉」
「あれぇ? どうしたのかな、パパ? なんでびっくりしてるの?」
「びっくりなんか……別に、それくらい知ってたよ……?」
「なら、パパにもちゃんと『好き』って言葉に伝えてほしいなぁ?」
追撃の手を緩めない私に護が顔を強張らせた。
「なんでそんな……!」
「言ってくれないの? 私は今言ったのに……ねえあゆみちゃん?」
「うん……」
あゆみちゃんにそう振ってみれば、あゆみちゃんは護の方をじっと見つめ始めた。
『おとうさんはおかあさんすきじゃないの?』
と心配そうな瞳で見上げている。
いい加減学んだ、私も護もあゆみちゃんには弱いのだ。
そして同時に、あゆみちゃんが強すぎる。
「あゆみちゃんを仕向けるなんて……っ」
ヤケクソの反撃を繰り出す私に流石の護もたじろいだ。
少々周りの視線を集め出しているような気もするけど、こうなればもう後は野となれ山となれだ。護も巻き込んで自爆覚悟の特攻をかます。
私は覚悟が決まっていたが、周囲の視線は護には堪えたらしい、微笑ましい家族を見守るような優しい視線ではあったけど、それでも見られていることには変わらない。
「…………」
「ほら、言ってみなよ? 『好き』って私の目を見ていうんだよ?」
「ぼ、僕も……」
「ぼくも……?」
護は言葉を振り絞る、私も固唾を呑んで見守った。
お互い、緊張からか少しだけ息が荒い。
たった一言だ。
『僕もママが好きだよ』と、その一言で十分だから。
けど、ようやく放たれたその言葉は、思いもよらない一言で。
一つ息を吸うと、護は私の方をまっすぐ見つめてこう言った。
「──姉さんの事が好きだ」
は————————。
「……よ?」
「あっ……ねっ……ねね、ねえ⁉ あっ……なっ……はぁあ⁉」
なっ、今……『姉さん』って……。
そんな、顔赤らめて好き……と、か……。
「な、なんでそうなるの⁉ 今はフリで言えばいいだけなのに、なんっ、わざわざ姉さんとか言っちゃうわけ⁉ わけわかんないし⁉」
「いやっ今のは……! ~っ、僕だって訳分かんなくなっちゃって素直になるしかなかったんだよ⁉」
「素直とか⁉ ど、どういう意味よ!」
「素直なんだからそのままの意味に決まってるじゃないか‼」
す、素直にそのままの意味とか……それで好きとか……っ。
分かってる、家族愛だ。
本来そこまで取り乱すような言葉じゃない。
でも、今のは……ダメだ……!
私には……平気な顔して聞いてられないよ……!
「姉さんは? 好きなのはフリだったんだ?」
「はぁっ……⁉」
勢いに乗っているのは私だけじゃない。
さっきの意趣返しといわんばかりに護は徹底的に詰めてきた。
「僕は正直に言ったけど……姉さんはあくまで『ママの振り』で言っただけだもんね?」
「そ、それは……」
「不公平だよね? 僕にもちゃんと言ってもらわなきゃ……」
つまり、なんだろう。
護はつまり、私に柊和として護が好きと言えと?
心の奥でもう止まれと私の中の何かが全力で警鐘を鳴らしている。
なにか、これ以上言ったら後戻りできなくなってしまう。
そんな予感がする。
でも、私もここまで来て急には止まれなかった。
何度も言うけど、分かってる。
家族愛だ。姉の私が弟の護を好きだという事は何らおかしなことじゃない。
でも、今の私が口にしようとしているそれは……本当に……?
「わ、私……は……」
「…………」
お互いありえないくらい赤い顔して向かい合っている。
私は机に手を突いて半分身を乗り出していた。
近くで見つめる護の瞳に、今だけ吸い込まれそうな力を感じる。
呑み込まれる……?
状況が分かっているのかいないのか、あゆみちゃんが私たちの横でじっと静かにたたずんでいる。
「私……っ」
少し息が荒い、言葉を振り絞るのにここまで勇気が必要になっている。
でもそんなの、それじゃまるで……まるで……。
「護の、事が……」
——告白みたいじゃないか。
「好——」
——ピンポンパンポン。
鉄琴の間の抜けた音階がスピーカーから流れ出た。
『本日もご来店いただきまして誠にありがとうございます。ご来店中のお客様に、迷子のお知らせを致します。白のワンピースお召しになった、美作あゆみちゃん、美作あゆみちゃんが、サービスカウンターでお連れ様をお待ちです。お心当たりのお客様は、一階サービスカウンターまでお越し下さいませ』
迷子の両親に向けた店内放送が、繰り返しもう一度アナウンスされる。
実際にはあゆみちゃんはここにいるので、テンプレ通りの店内放送は間違いなのだけど、ご両親に余計な情報を与えるよりも、実際に迷子センターを併設したサービスカウンターに来てから事情を説明した方が早い。
客観的で冷静な判断を頭が勝手に処理しているけど、私の心は何も考える余裕はなく、息も絶え絶えで机に突っ伏した。
──危なかった。
今、私は自分でも何を言おうとしてるのか分からない危険な状態だった。
そんなはずはないのに、私は姉なのに、ありえない言葉を口にするところだった。
それは本心じゃないと必死に心に言い聞かせるのと、高ぶった心に冷静さを取り戻すので必死な私は、あゆみちゃんを呼び出す放送が入ったのに何も口にできないでいた。
胸が痛いほどに鼓動している。
全身に巡った血は未だ熱を持って走り続けている。
口にし損ねた言葉は行き場を失い、頭の中で何度もリフレインする。
『私は、護の事が──』
窮地は脱した、もう護もあゆみちゃんも私のその言葉を求めはしない、なのに。
それなのに、私の心臓は今なお高鳴り続けている。
私が机に突っ伏しているせいで顔は見えないけど、護も、言葉を発さないまま。
……でもよかった、護が今話し始めたら、私も机から顔を上げないといけなくなる。
今、護の顔を見たら、私は、私は……っ。
「おとうさん! おかあさん! あゆみ今よばれたよ!」
「そう、だね……」
初めての経験に興奮して見せるあゆみちゃん、私達の状況なんてお構いなしに嬉しそうな声音でそう言った。
護の顔を見ないように突っ伏したまま首をあゆみちゃんの方に向けて返事をする。
視界が横側だけ開けた。
瞳に護は映らない。
でも、護の声はまだ耳に残っている。
『──姉さんの事が好きだ』
あれは、本当に私の予想通り、家族愛の意味で言ったんだよね?
あの時、私を見つめるあの瞳は、ちゃんと大切な姉を映してたんだよね?
……自分の事も、護の事も、今は何一つ確かなことが分からない。
時間がたって、胸の鼓動も収まって、そうすれば確かな答えは出るんだろうか。
いや、きっと出ない……本当はどうであれ、私が出す答えは一つしかない。
姉が弟を家族愛以外で好きになることは、『変で』『幼稚で』『許されない』。
かつては無知で愚かだった私に、しかと刻まれたその戒めは、今なお私の心の一番深いところに根付いているのだから。
ケーキもほぼ食べ終わり、これからどうするべきなのか何も分からないでいた私たちに、蜘蛛の糸は垂らされた。
スマホがバイブとともにメッセージの受信を通知したのだ。
『あゆみちゃんのお父さんとお母さん確保しました~! こっちがサービスカウンターで待てばいい? それともアタシたちがそっち行けばいい~? どうする~?』
飛鳥さんからだった。
どうやら無事に両親が見つかったようで、これで私たちのお役目も果たされることとなる。
「あゆみちゃん」
やるべきことが見つかったなら、不完全な心のままでも動き出すことができる。
私はなんとか体を起こし、あゆみちゃんに淡々と話しかけた。
「あゆみちゃんのおとうさんとおかあさん、見つかったって」
「あっ……」
「どうしよっか? 迎えに来てもらう? それとも、私達から会いに行く?」
もう分かっている、あゆみちゃんはただ、寂しくて、怖くて、私達に甘えていただけだ。
お父さんとお母さんが見つかったのなら、これ以上私達がその役目を背負う必要はないだろう。
けど、両親が見つかってホッとするかと思えば、あゆみちゃんは寂しそうな顔になってしまった。
「……あいにいくっ! ……でも、あゆみ、みんなでもうちょっといっしょにいたい……」
「あゆみちゃん……」
「だから……さいごにいっしょにあるくの……」
「うん、いいよ。私達も一緒にいるから」
「ホントはダメだけど、少しだけ遠回りして会いに行っちゃおうか」
護も『あゆみちゃんのため』と切り替えたのだろう、少し顔に赤みが残ったままではあったけど、いつもの優しい笑顔を取り戻していた。
そんな笑顔と誠実な性格に似合わない悪だくみを提案すれば、あゆみちゃんはニコッと笑って私達に飛びついてきた。
「うん……! ありがとう……おねえちゃん……おにいちゃん……!」
優しくあゆみちゃんをうけとめて、それでようやく護の顔を見ることが出来た。
やっぱり護も私の方をみていて、どちらからともなくくすっと笑みをこぼしたら、それをきっかけにあゆみちゃんを含め三人で笑いあうのだった。
まるで本当の家族になったかのように。
──…………。
「またね! おにいちゃん! おねえちゃん!」
「またね~!」
「また」
手をぶんぶん振るあゆみちゃんにこちらも手を振って返せば、あゆみちゃんは本当の両親と手をつないで去っていった。
私と護とあゆみちゃんの三人で歩く時間が心地よかったから、こんな時間はもう二度と訪れないんだろうなと思うと、やっぱり寂しいなと感じてしまった。
あれからケーキ屋を出た私たちは、少しだけ遠回りをして飛鳥さんたちのもとへ向かい、その後無事ご両親のもとへとあゆみちゃんを送り届けることができた。
両親には痛く感謝されて、ケーキ代も含めて何か謝礼をと言い出した時は少し焦った。別に見返りを期待していたわけではなかったし、あゆみちゃんからのもらった笑顔とお礼の言葉だけで十分におつりがくるほどだったから。
それでもと言って聞かないので、仕方なくケーキ屋で支払った代金を私たちの分まで頂戴してしまい、それからあゆみちゃんとお別れした。
その後、食料も買いに再度食品売り場に向かった私たちは、三人で買い物をした。
その際、そういえばと、思い出したように私は一つ気になっていたことを二人に聞いてみた。
──私たちがあゆみちゃんのお父さんとお母さんに選ばれた理由についてだ。
初めから『どうして私たちが?』と気になっていたし、もしかしたらあゆみちゃんの両親は私達と似てるのかもと気になっていたけど、全然そんなこともなかった。
至って普通の、あゆみちゃんに向ける顔に愛情が滲んで見えるような仲睦まじい夫婦で、お父さんの方が護と顔が瓜二つだったり、ましてやお母さんの顔に火傷があるなんてこともなかった。
なぜ共通点が一つもないような私たちがあゆみちゃんに選ばれたんだろうと不思議に思っていたら、飛鳥さんだけは納得がいった様子だった。
「多分、あゆみちゃんには、それこそ夫婦みたいに仲良さげな柊和たちが両親と重なって見えたんでしょ」
「僕たちが? よりによって夫婦って……」
「いやぁ? 少なくともアタシにはそう見えるけどね」
私と同じで護も懐疑的な表情だったけど、飛鳥さんは言い切って見せた。
「からかってるつもり?」
私が少し責めるような目を向けてみれば、しかし飛鳥さんは全く動じなかった。
「そんなことないよ……これ、二人と初めて会った時から思ってたことなんだけどさ」
「……? 何の話?」
少しためらう様子を見せてから、飛鳥さんは急に過去の話を始める。
私と護も何が言いたいのかわからなくて怪訝な表情を浮かべてしまう。
「護と柊和ってさ、兄さんと義姉さんにそっくりなんだよね」
「…………」
その指摘に、私たちは息を呑んだ。
「あの二人、あゆみちゃんの両親に負けないくらい仲の良い夫婦だったでしょ?」
「それはそうだけど……」
「二人とも顔とかは義姉さんに似たけど……なんていうか、二人でいる時の雰囲気はまさに生き写しっつうか……」
「なんか、柊和たち見てるとさ、昔の兄さんたちが重なって見える時あるから、あゆみちゃんが両親役として選んだっていうのは、納得かな」
「…………」
「…………」
私と護は言い返せなかった。
『私たちが両親に似ている』
どっちも、その指摘には覚えがあったから。
傷として残るぐらい、文字通り痛いほど思い知らされた指摘だった。
そんな、出来るだけ思い出したくない記憶。
それでも、この距離感が私たち姉弟の自然な在り方だから、夫婦に見えるなんて、誰かに言われるまで自分達では気づけなかった。
「夫婦みたい……ね。子供っていうのは意外にも人の深いところまで見通すもんだよね?」
「何が言いたいの?」
ムスっとして聞いてやれば、飛鳥さんはわざとらしいリアクションで怯えて見せる。
「おーこわ! 柊和が怒っちゃった! 逃ーげよ!」
「あ、こら!」
そう言って飛鳥さんは一人でアイスのコーナーがある方まで進んでいってしまい、また私と護の二人になった。
仕方なく、護と二人で買い物を続ける。
飛鳥さんめ、嫌いな野菜たっぷりの献立にしてやろう。
……護に頼んで!
横並びに歩く護は私の右側に並んでいて、右手で商品カゴを持っている。
だから、私のすぐそばにフリーの護の手が。
…………。
すこしだけ葛藤して、迷っていること自体がおかしいんだと考えた私は、思い切って護と手をつないでみることにした。
勿論、指を絡めるようないわゆる恋人繋ぎではなく、子供の頃によくしたような、握手みたいな繋ぎ方だけど。
少しだけ、とくりと胸が音を立てたような気がする。
でも気がするだけだ、そんなわけない。
「……え? 姉、さん?」
護は当然呆気にとられる。
でも、私は自分の行動を恥じてはいけない。
堂々とした態度でいなければ。
「……大丈夫、家族だから。姉弟なら、手をつなぐのは変じゃないでしょ?」
やっぱり無理だった、どうしてもなよなよした声になってしまう。
「姉弟でも、この歳になってつなぐのは変だと思うけど……」
「……ふんっ」
「あ、痛い痛いっ! ごめんって! まだ僕達子供だったよね! なら、普通は普通……かなあ?」
空気を読まない護の手をごりゅっと音が鳴りそうなほどに強く握ってやった。
最初からそう言っていればいいものを。
「…………」
「…………」
しばらくお互い手をつないだまま買い物を続ける。
けど、どちらも無言で、また目すら合わせられないような緊張状態になってしまった。
なんとか、私は手をつないだ目的を果たすために、確認に移ることにした。
「私たちは、確かにお父さんたちに似てるかもしれないけど……」
「……うん」
「ちゃんと姉弟……だよね?」
「…………」
「……護?」
「うん……きっと、そうだろうね」
「……そっか……そうだよね……」
「……うん……」
なら、大丈夫だろう。
手をつないで、また少しだけ嬉しくなってるのも、胸が甘く疼いてしまうのも、別に変なことじゃない……。そういう事にしておこう……。
いつかは、きっとこんな幼稚な思い込みも、終わりにしなければいけない時が来るんだろう。
例えば、護に大切な人が出来たりすれば、全部終わりだ。
私は大人になって、護を笑顔で送り出してあげなければいけない。
でも……。
その時が来たら、必ず笑って送り出すって約束するから。
どうかその時までは、『仲の良い姉弟だから』なんて言い訳に甘んじることは、許してほしい。
この時間がずっと続くよう願ってしまうのは、見逃してほしい……。
誰にもバラさず隠し通すから、自分でも最後まで目を逸らし続けるから、だから……自分の胸の内でくらい、我慢できない想いが溢れてしまっても……。
護の背が私より高くなってくれて良かった。
顔が赤いことくらいはバレてしまうと思う。
上からでも耳の色は見えるから。
それでも……。
うつむいた私の顔が、我慢できずに泣きそうになっていることだけは、最後まで見られることは無いのだから。
護の背が私より高くて、本当に良かった。




