橘姉弟の隠し子 前編
── 4月20日 9時10分 橘柊和 ──
由々しき事態だ。
早急に対処すべき問題が発生している……!
……高校生になってから三回目の休日。
初日から色々とあったものの、それ以外は概ね順調な日々を送れている。
クラスの皆とも打ち解けられたし、それなりに信頼されるようになってきた。
まあ、中学の時と一緒だ。
加賀さんというイレギュラーが発生したこと以外は。
ただ、それすら取るに足らない問題と思えるほど、重大な問題に私は直面していた。
そう、今すぐにでも解決するべき問題に、だ。
──最近、学校の事ばっかりで全然護との時間を過ごせていない‼
このままじゃ駄目だ! 駄目になる! 私が! 護も!(多分)
学校の事が順調なのは何よりだ。
けど! 私にとって一番大事なのは家庭なのだ!
そもそも、学校でああやって周りからいい人だと印象付けて回っているのも、人とある程度の距離感を保ち、学校で面倒な問題に巻き込まれることなく平和に過ごし、出来る限り家族の時間に支障を来さない様にするためだというのに、学校の事にかまけて護との時間が減ってしまっていては本末転倒にすぎる!
それが今はどうだ?
新しく出会った人の名前、趣味嗜好、さっそく築かれづつある人間関係の把握まで、覚えることの多さもさることながら、それを利用して自分の環境をより良いものにしていく必要まである。
あらゆる面で、最初は普段の何倍も気を遣う時期なので、帰ったころにはベッドの上で脱力する毎日だ。
朝ベッドにへばりつくせいで、起こすのが大変になったと護が文句を言うくらいには疲れている。
ただ、それもようやく落ち着きつつある。
周りの人間関係はしっかりとした輪郭を形成し始め、気を遣うのも楽になってきたし、覚えることも特になくなりつつある。最低限クラスメイトは趣味嗜好まで、合同授業などの関係で必要のある他クラスの生徒は名前まで把握できた。
これだけ覚えていればあとは随分と楽なものだ。
で、そんな落ち着きを取り戻しつつある今日この頃。
すでに私は護との触れ合いが欠乏しきっていたので、なんとか護と触れ合う事でしか得られない養分を補おうと、とある計画を実行することにした。
護に顔を埋めて吸ってみたら短時間で効果的に補給できるのかもしれないけど、それでは情緒がない。
……私は今よほど疲れているのかもしれない。なんだ吸うって。ネコか。
とにかく、私は健全な姉弟関係を崩すことなく、それでいてこの休日で十全に護を感じるために一緒の時間を過ごすことにした。
それも、普段はあまりしない方法で。
そう、つまり……。
「今日一日っ、私とデートしてもらいますっ!」
「はい……?」
唐突に切り出した私に呆気に取られている護。
私はそれを意に介すことなく自分のペースで主張を続行する。
「護、デート、行こうっ!」
「え……今日は溜まった家事を片付けようと思ってたんだけど……」
マジかよ、断りやがったよこいつ。
「え、お願い! 行こうよ! なんでもするからさぁ!」
「えぇ、困ったな……どうしよう……」
「やだぁ~! やぁだやぁだ~! デートする! 護とデートするもん~!」
「ああ……幼児退行するほど疲れてたんだね姉さん……」
「行くったら行くのぉ~!」
私は床にあおむけになって断末魔を挙げる蝉のように藻掻いてみせた。
「あぁ……困ったなぁ……」
はいと言え! 根負けしろ!
今日は何が何でも護と一緒に出掛けるんだ!
じゃないと死んじゃう!
精神的に!
「──ん~? 柊和はなに床でじたばたしてんの? なんかウケる」
「あ、飛鳥さん」
「…………は」
私が騒ぎ出したのが気になったのか、キッチンの方から飛鳥さんがひょこりと顔を出した。
とりあえず、藻掻くのをやめる。
……すっと起き上がった。
そういえば今は家に飛鳥さんがいるのを忘れてた……つい二人っきりだと……。
恥っっっず……。
ここ最近、自分が抜けてるんじゃないかと思うことが多すぎるんだけど、中でも今のは飛び抜けて恥ずかしかった。顔が最大レベルで真っ赤っかだ。
「姉さん……見られて恥ずかしいなら最初からしなきゃいいのに……」
「うっさい! 飛鳥さんがいるの忘れてたのっ! 私だってうっかりするときがあるのぉ‼」
「あはっ! 柊和恥ずかしがってんの⁉ よくわかんないけど可愛いじゃ~ん!」
「ヤメテ……ホント勘弁シテェ……!」
飛鳥さんにべたべたされて、顔を覆う以外為す術のない私は好き放題体を許した。
くっ……殺せっ……!
「で、何の話してたん?」
「なんか今日デートしようって」
「デート? え……いつの間に二人とも……」
怪訝な顔を私たちに向けてくる飛鳥さん。
護ももう少し言い方あっただろ、いや、私が最初に言ったんだけどさ。
「出かけようってことだよ! それ以上の意味はないよ!」
「なぁんだ……二人とももう貫通しちゃったのかと――」
「生々しい表現止めろ!」
家族内でこういうやり取りって発生しちゃダメなやつだろ。
な、なんだ、貫通って……あれ?
『かんつう』って貫通か? 姦通か?
いや私と護なら姦通が……。
「何考えてんだよ‼」
自分で自分の思考に叱咤した。
脳内ドピンクか、と。
「うわびっくりした、時間差でツッコまないでよ」
「飛鳥さんが変なこと言うからでしょ⁉」
「少なくとも柊和が暴走してるせいもあると思うけど……?」
まあ、姦通なんて言葉飛鳥さんが知ってるわけないか。
沢山の外国が話せる以外、基本頭ちょっとアレだし。
「柊和、今アタシの事バカにしたでしょ」
「そんなことないですよ~?」
みさらせ、優等生スマイル……!
「そんな顔したって悪意がにじみ出てんだからね」
「流石に飛鳥さんは騙せないか……流石飛鳥さんは私の事よく見てくれてるよね、いつもありがとう」
「え? ああ、まあ……それほどでもあるっつうか……」
うん、やっぱり単純だわ。
「バカにした?」
「そんなこと、ないですよぉ~?」
くらえ、優等生スマ(以下略
──…………。
「で? 出かけるんだっけ?」
「うん、最近学校の事で忙しかったから、少しリフレッシュしようと」
色々あって話が元に戻ってきた。
駄目だ、性的な話は護が絡むとどうにも弱い。
普通ならニコニコ笑ってやり過ごせるのに。
「いいじゃん! アタシも皆でご飯とか行きたいし!」
「でしょ? 行きたいよね?」
「あれ……?」
「なに、飛鳥さん?」
なにかがピンとこない様子の飛鳥さんだけど、話の流れは至極自然なものだったので何が納得できてないのか分からなかった。
「いや……『護と二人きりがいい』って邪魔者扱いされる流れかと思ってたから」
「私の事なんだと思ってるわけ?」
飛鳥さんが邪魔だなんて思うわけないでしょうに。
「重度のブラコン?」
「違う」
「違くはないんじゃ……」
「違う」
「はい……」
違うものは違うと分かってもらわなければ、困ってしまうじゃないか。
「飛鳥さんを除け者にするわけないでしょ?」
「……急にデレんのやめれ」
「……? よくわかんないけど、お金出してくれるしね」
「おい! そうだけどそれは言っちゃだめじゃん! 今折角感動してたのに!」
まあ、今のは冗談のつもりだったんだけど。
そんな私達の二人を見て、話が進まないと思ったのか、護がしょうがないといった感じに話を切り出した。
「……家事はいつでもできるから、僕のほうも絶対無理なわけではないよ? というか、僕だって行きたいって思うし」
「お、マジ⁉ じゃあもう今日出かけんの決定じゃん! 柊和! ハイタッチ!」
「「いぇーい‼」」
両手同士を打ち合わせる。
気持ちのいい音が鳴った。
護は微笑まし気に私たちを眺めていた。
「仲いいね……」
そんなこんなで私たちは無事三人で出かけることが決まった。
──…………。
「で!」
「やってきました! ショッピングモール!」
「…………え」
「おぉ…………?」
「あぁ…………?」
一人テンションについてこれていない護を二人でじっと見る。
──次は乗れよ?
と、護に向けて言外に訴え続ける。
「で!」
「やってきました! ショッピングモール!」
「わ~……」
「何だよ護、もっとアゲてけ~?」
「わ~……!」
「いいね護! やれば出来るじゃん!」
私たちに抗うことは出来ないと護はすでに諦めていた。
もはや為すがままにされていた。
「二人は楽しみすぎだと思う」
「それはそう」
飛鳥さんは久しぶりの帰国で私達とこうして過ごすのも久しぶりだし、私は護が底をついた状態での過剰摂取によって一時的にハイになってる。
多分だけど、明日には反動で恥ずかしくてしょうがなくなってると思うけど、まあ! いっか! いま楽しければ! それで!
「早速だけど昼飯いこ! その後適当に回る感じで!」
「うん、あ、私書店寄りたい!」
「僕は帰りに夕飯の材料を……」
──…………。
で、昼食をとった後三人でぶらぶらしていたら、いつの間にか飛鳥さんの姿が無くなっていた。
──はぐれたか?
と思えばスマホにメッセージが。
『アタシはお酒見てるから、しばらくの間は二人っきりにシ・テ・ア・ゲ・ル♡』
少し鼻についたし、いらん気を回したなと思わなくもなかったけど、まあ護と二人で外出というのも実はなかなか久しぶりだったので、ここはお言葉に甘えて遊んでみることにした。
「護、どこ行きたい?」
「う~ん……姉さんの好きなところでいいよ? どこでも付き合うから」
「下着屋?」
「ごめんなさい、どこでもは勘弁してください」
割と本気で提案してたんだけど、まあ、今日のところは勘弁してあげよう。
「じゃあ服見に行きたい!」
「いいけど……春物はこの前誕生日で買ったばかりじゃなかった?」
私の誕生日は四月二日だ。
飛鳥さんが入学祝も兼ねて何でも好きなものを買ってやると言って聞かず、海外から送金してきたので、服を上下で買って、残ったお金はこの前返した。
ちなみに、なんと私の誕生日の前日、四月一日が護の誕生日。
護は包丁を買っていた。
なんでも少し憧れていた逸品があったとか。
なんだろう、将来は料理人でも目指すつもりなんだろうか。
「私の服じゃなくって、護の!」
「え……僕?」
護はきょとんとしている。
けど、私には一つの目論見があった。
「うん。護ってば最近また背伸びたでしょ?」
そう言って少しだけ護の事を見上げる。
私が女子にしては少し高めで165㎝と少しくらいのところ、護は私より5㎝は高い。早生まれの中学三年生にしてはなかなかだ。
まだそこまで差はないけど、護の成長期はまだ終わりそうにない。
来年にはあと5㎝は差をつけられるかも。
「でも、まだ着れないって程じゃないけど……折角の機会なのに、本当に僕の服なんかでいいの?」
「い~の! ただ、良ければなんだけど……」
「うん、何?」
「私が選んでみても……いい、かな?」
「いいよ」
即答だった。
護を私の好みに塗り変えてやろうと思っていたら、やっぱりというべきか、護は好きにしてくれと言い出した。
「護は私の頼みを聞きすぎじゃないかな?」
「え? 駄目なの?」
「いや、全然ありがたいくらいだけど、時々心配になるよ」
もしかして気づいてないだけで私は無理を言ってしまってるんじゃないか、とか。
「あはは、嫌だったら少しはリアクションしてるよ」
「断りはしないんだ……」
まあ、これまでに気になるリアクションは無かったし、私の気にしすぎなんだろう。
「じゃ、さっそくどこの店を見に行こうか?」
「あ、じゃあね……さっき見かけた大人っぽい感じの……」
着せてみたい服は無数にあった。
横並びにピッタリ寄り添って、私たちはしばらくショッピングを楽しむのだった。




