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不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく  作者: 桜乃マヒロ
再会

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親子の距離 中編

 母さんは長年の憑き物を洗い落とすかのように涙を流した。そしてようやく最後の一滴まで流し終えると、顔を拭いて僕らへと静かに語りかける。


「そういえば……今日ここまで来たのは、何か用があってのことなのよね?」

「うん。と言っても、特別何かあったわけではなくて、私たちは年が明けた頃には退院できそうだから。お母さんは、もうしばらく掛かりそうだね」


 母さんの様子を窺いながらそう口にする。

 僕の目から見ても、母さんはまだ病み上がりらしく痩身で、退院するには心許ない姿だった。

 とはいえ、数年単位で眠り続けていたのだから、起きて一か月もしない内に自立できるようになっている時点で驚異的な回復速度だと思うけど。


「ええ。一人で歩ける程度には回復したけど、まだまだね。一人で生活するには全然筋力が足りないの」

「生活できるのが目安なの?」

「そうね。そうでないと、退院したら困ってしまうから」


 さらりとそう答える母さんだけど、僕にはいまいち納得がいかなかった。

 万全な回復を待つことに異論はないけれど、退院の基準に関してだけは。


「でもそんなの、家事なら僕一人で十分なんとかなるよ。実際、今はほとんど僕に任されてるし」

「え……」


 家事なんて母さんが増えたところで僕一人で十分に回せるのだ。

 なのに『一人で生活できないと困るから』だなんて納得がいかなかった。

 だというのに、そんな簡単な話をしただけでも母さんは僕の言ってることが理解できないとでも言いたげに固まって何も言葉を発さなくなってしまった。


「ど、どうして今更そんなポカンとしてるの? 飛鳥さんから聞いてなかった? え、まさか飛鳥さんが見栄を張って誤魔化してるとか?」

「……そうじゃないよ護、お母さんが言いたいのは」


 僕が戸惑っているのを見て、姉さんが自分もどこか困ったような表情で説明しようとしてくれる。

 しかし、それより先に母さんが答えを告げる。


「護は……まだ私と、一緒に暮らすつもりでいるの?」

「え……?」


 『当たり前のことを聞かれてしまった』。

 それが、母さんからの問いを聞いて反射的に覚えた感想だった。

 だって母さんには他に帰る家なんてなくて、一度形は限りなく歪んでしまいはしたけれど、今だって僕らは家族のはずで……だから一緒に帰るはずだって。

 たったそれだけの根拠ではあったけど、それだけあればそう納得するのは十分だった。


 けれど、母さんと姉さんはそうではなかったらしい。


「柊和も護も、少し寛大すぎるくらいの心で私を見逃してくれたわ。けれどね……だからと言って、そこまで甘えてしまって良い訳がないと思うの」

「それは……」

「私が二人にしたことはどんな理由であれ本来許されることではないの。実際、二人からも最後まで許せない罪はそれぞれ残ってしまったし……また元通りの暮らしに戻るのは、難しいでしょう」

「どうして……?」

「また一緒に暮らすとおかしくなってしまうとか、そういう問題では決してないの」


 僕の心配を払拭するように断ってから、母さんは静かに思いの丈を語る。


「それでも昔のように接することはできても、また一緒に暮らすのは……少し、甘えすぎだわ」

「甘え、なんて……」

「私は許されたわけじゃない。私はこれから先もそれを忘れてはならないし、柊和と護に対してできる限りの贖罪をし続けるつもりでいるわ」


 その言葉には、反論できなかった。

 僕にも姉さんにも、未だ母さんに対して許せない問題があるのは事実だ。

 だからと言って贖罪を望んでいるわけではないけど……それを母さんから取り上げるような言葉も、口にすることはできなかったから。


「で、でも、だってそんなの……母さん、退院したら一人になっちゃうんだよ?」


 だから、それを言って何にもならないだろうとわかっていながらも……言わずにはいられない言葉だけ、口を衝いて出てしまった。

 それを聞いて、母さんはほんの少し寂しそうな表情で笑みを浮かべた。


「本当に、どこまでも優しい子……けれど、だからこそまだ私はそんな護に、そして柊和にも寄りかかってしまうと思うから」

「母さん……」

「私は自分の罪に向き合わないといけない。だというのに、柊和と護に支えてもらうことが前提の暮らしを受け入れられるはずがない……私は、もう一度私だけの力で立てるようにならないといけない」


 そう語る母さんの言葉からは決して折れることのない信念の強さを感じた。

 それが決して楽な道ではないとわかっていながら、それでも挑む人の強さだった。


「あの人を亡くした喪失感に、今度こそ打ち勝たないと……それも、私自身の力で」


 そんな母さんに対して、僕はこれ以上返す言葉が見つからなかった。

 それを否定して引き留めるなんて、できるはずがなかった。


 姉さんは、そんな母さんをただ静かに眺めていた。

 姉さんには母さんが何を考えてどんな答えを出すのか、最初からわかっていたんだろう。


「だからね、柊和、護」


 母さんは姉さんと僕の名前を呼ぶと……一言、自分の出した答えを口にする。


「私は、退院したら一人で()()()に帰ろうと思うわ──歩さんと皆で暮らした、あの家に」

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