あの日の続き 後編
「着いた」
「着いたね」
「着いちゃったなぁ……」
平常・緊張・後悔の三段活用で変化するリアクション。
母さんのいる病室を前にして、僕たちは信号機みたいなテンションで並び立っていた。
「じゃあ、飛鳥さんは一旦ここで待ってもらって」
「柊和も護も! 頼むから平和的になぁ!」
「飛鳥さんからそんな風に頼まれる日が来るとは思わなかったなぁ……」
飛鳥さんといえば……
『いいか! 生意気な奴、邪魔な奴……例えどんな奴相手だろうが全員、最悪の場合は殴れば全部なんとかなるからな!』
なんて僕と姉さんに説いた飛鳥さんがこの様だ。
そんな様子を見るに、やはり母さんは真っ当に相手するならそれはもう恐ろしい相手だったのだろう。ただ、僕たち相手だとどうしようもなく下手にしか出れないだけで。
僕も姉さんも親から怒られた経験ってほぼなかったし、母さんのそういう側面はよく知らないのだ。
もっとも、父さんが亡くなってからは泣くか怒るか、ほとんどそのどちらかだったけれど……あれは、正常な母さんではなかったから。
「…………」
「……大丈夫だよ、護。お母さんはもう、私たちが知っているお母さんに戻ったから」
「僕らが知ってる、母さん」
無意識のうちに、僕の表情が強張っていたのだろう。
姉さんはそれに気付くと、すぐに優しい声色で語り掛けてくれた。
「だからね、私たちのためはもちろんだけど……お母さんのためにも、ちゃんと話をしないとでしょ?」
「母さんのためにも……」
実に薄情なことだけど、僕は姉さんに言われるまでその考えには至らなかった。
でも、言われてみればその通りなのかもしれないと納得できる。
僕も一瞬だけ母さんと顔を合わせて話をしたけれど、母さんが元の優しい母親に戻っているのなら……僕が知る限りでは、あれだけのことをした自分を許せるとは思えない。
であるのなら、もしかするとあの日のことで今一番苦しんでいるのは、僕らではなく母さんなのかもしれない。
「……姉さんは優しいね」
「護の方こそ、今何を考えてたか当ててあげようか?」
「どうせあってるし、それはいいよ……うん、それにもう緊張も大丈夫そう」
気持ちを切り替えて背筋を伸ばすと、姉さんは笑って病室のドアに手を伸ばした。
「準備できたなら……せいぜいビックリさせてやりますか!」
「立場を悪用して遊ぼうとしてない……?」
「まぁ、一々策は用意してないし、急にドア開けちゃうくらいで!」
「母さんじゃなくても病院の人が怒るよ……!」
「大丈夫、個室だから!」
僕の制止虚しく、姉さんは「ドーンっ!」と口にしてノックもなしにドアを開いた。
鍵は掛けられておらず、ちゃんと加減した勢いでドアが開かれると──
「失礼しまーす‼」
「ごふッ……⁉」
「「あっ……」」
中で水を飲んでいた母さんが、あまりに急な出来事に驚いて咽てしまった。
水分が気管に入ったのかゴホゴホと咳き込むし、手元が狂って水を顔面に浴びてしまっている。
控えめに言って……大惨事だった。
「「し、失礼しました……」」
「あっちょっと──!」
──ガラララ……。
「……時を改めよっか」
「そうだね……そうした方がいいかもね……」
「おい⁉ いきなり戻ってきて、なにやらかした⁉」
飛鳥さんが大慌てで訊ねてくるけど、どうもこうもない。
「姉さんがイタズラするから」
「護が止めなかったせいだもん……」
「今回ばかりは絶対にNOを貫かせてもらうよ」
「男を見せてよ卑怯者ぉ……‼」
「えぇ……どの口が──」
「──二人とも?」
「「!!??」」
姉さんと二人で爆弾を押し付けあっていると、不意に背後から懐かしいような、恐ろしいような声が聞こえる。
振り返るのが怖い……と、今になって気づいたけれど、飛鳥さんの姿がない。
相も変わらず獅子のような強さを誇る割に危険察知と逃げ足の速さだけは小動物並みだった。
「急にやってきて何かと思えば、もしかしてお見舞いかしら……? 自分たちも入院中の身なのに、ありがたいやら申し訳ないやら……ねぇ?」
「あ、あはは……」
「えーっと……」
「あら……二人していつまでも向こうを向いて、どうして振り向いてくれないの? それとも何か後ろめたいことでも……あったのかしら?」
背後からの圧が毎秒ごとに強くなっていく。
これはマズいと思っていると、姉さんからごく小さな声で耳打ちされる。
「護……! これはもう腹を括って振り返るしかない……!」
「怒られないって話だったのに、一体どうしてこんなことに」
「間が悪かった! 今はそれで納得して、せーのでふりかえるよ!」
「わかったよ……」
「それじゃ」
「「せーのっ」」
──バンっ!
……っと勢いよく振り返ると、そこにあったのはまだ濡れたままの長い前髪が頬に張り付き、ホラー映画の怨霊さながらの形相でこちらを見つめる恐怖の顔面。
「きゃああぁあああぁあああああああぁあああ⁉」
「わああぁぁああああぁぁぁあぁああぁあああ⁉」
僕と姉さんが悲鳴を上げると、そのことに更に腹を立てた母さんに病室まで引っ張り込まれてしまう。
後に遠くからそれを眺めていた飛鳥さんから話を聞けば、『死体の運搬かと思った』とのこと。
その話をそのまま母さんに垂れ込んで、同じように飛鳥さんが引き摺られていく様を見て、僕も確かに死体の運搬みたいだと納得するのも、また後の話だ。




