あの日の続き 中編
僕と姉さんは屋上庭園を出た後、二人で病室の廊下を移動していた。
「あーあ。今からのことを思うと真面目にならないとダメなのに……護のせいで変な感じになっちゃった」
「いや、最初にそういう話題を持ち出してきたのは姉さんのほうだよ? それを僕のせいにするのは乱暴じゃないかな?」
姉さんから理不尽気味に責任を擦り付けられそうになるけれど、僕だって無抵抗でいいようにされているわけではない。普通に言い返すと、ムッとした顔で姉さんは僕に指をさしてきた。
「いいや、護のせいです~! あれは一から十から百まで護がいけませんでした~!」
「ううん、百から千から万まで姉さんが悪い」
「万から億まで護が悪い」
「億から兆まで姉さんが悪い」
「なに護、私と張り合う気? いいよ、私、無量大数までの桁全部暗記してるけど、それでも勝てる自信があるならかかって来なよ!」
「……億から無量大数まで姉さんが悪い」
「ずるううううう‼」
ルール無用で勝利を収めた僕を姉さんがポカポカと殴ってくる。
軽くて音も可愛いのにやけに鋭くてダメージが回数分確実に蓄積されていく。
普通に痛い。不良たちの全力パンチより全然効く。
「なーにイチャついてんだ馬鹿姉弟め」
「あ、馬鹿叔母さん……」
「あぁん⁉」
廊下で急に声を掛けられてそちらに視線をやると、呆れた顔でこちらを見ている飛鳥さんがいた。
出会い頭に『馬鹿』と言われて、好戦的な姉さんは言い返してしまった。
「反射でカウンター決めるのやめようよ姉さん。稽古中だったら暴力で返って来てたよ」
「返さんわ!」
「バカね護。その稽古で『カウンターは反射を活かせ』って教わったでしょ」
「そっか……なら少なくとも飛鳥さんにする分には問題ないね」
「……二人とも退院後は体がなまってるでしょ? アタシがビッチリ鍛えなおしてやるし、覚悟しとけなぁー?」
「……姉さんのせいでしごかれることになった」
「わ、わたし悪くないもん……」
目を泳がせる姉さんのその言葉に、説得力は一切存在していなかった。
「……で、二人してわざわざこっちの病棟までやってきてどしたん? この先は自分たちの病室とは反対方向だけど」
「飛鳥さんこそ、私たちの見舞いじゃこっちに用はないはずだけど?」
飛鳥さんと姉さんが正面から視線をぶつけあう。
決してにらみ合ってはいないけれど、一見してにこやかな二人の表情の裏にはただならぬ雰囲気が秘められているのを僕は知っている。
そんな化かし合いじみたやりとりだったけれど、飛鳥さんはすぐ「やめだやめ」と緊張を解いてしまう。いくら飛鳥さんでも、姉さん相手にまともな腹の探り合いは分が悪いと理解していた。
「……ったく、柊和と護が揃って来るなんて、アタシは聞いてないぞ?」
「それはだって、アポなしで行くし」
「バーカ! アタシと二人じゃワケが違うっつーの!」
「ワケなんて知らないよ。私たちとお母さんは親子なんだから、見舞いに行くのに許可なんて必要ないでしょ?」
……そう。僕と姉さんが向かう先はあの母さんのいる病室だった。
それもアポなしで、というか、僕だってさっき姉さんに提案されて首を縦に振ったばかりだ。
そしておそらく、飛鳥さんの方も母さんの見舞いが終わったところだったのだろう。
飛鳥さんは以前から僕らの顔を見に来る度に、母さんの見舞いにも向かっていた。
その帰りで、僕らと鉢合わせたわけだ。
「そりゃこないだ顔合わせて幾らか確執もなくなっただろうけどさぁ。そう簡単に顔を合わせてお話しできるほど元通りってわけじゃないっしょ? それどころか護なんて、目を覚ましてからまだ一度もあってないだろうに」
「だから会いに行くんだよ。いつまでも躊躇してたら、私も護もすぐ退院しちゃうから」
「だからってアポなしで二人が現われたら義姉さんの心臓が止まるわ! こないだアタシと柊和が入れ替わってたのだって、義姉さんからめちゃキレられたんだからな! 柊和はお咎めなしなのに‼」
「今のお母さんが私に怒れるわけないからね」
「わかってて擦り付けたんだなぁ⁉」
あぁ、話の内容はよくわからないけど、稽古のメニューがより酷くなったのだけは理解できる。
一体姉さんは何をして飛鳥さんを怒らせたというのか。
「……姉さん、飛鳥さんと何かあったの?」
「飛鳥さんにお願いして、色々ね。ちゃんと納得してもらってたから、今更文句を言われる筋合いはないの」
「あんなん詐欺だ詐欺ぃ! 主犯且つ首謀者がお咎めなしで共犯が重罪っておかしいだろっ!」
「……なんとなく、わかったかも」
飛鳥さん、また姉さんに良いように利用されたんだなぁ。
この二人、飛鳥さんのペースが自分のペースに持っていければ姉さんも敵わないけど、逆もまた然りなのだ。繊細な計算が重要な勝負になると、流石に姉さんに軍配は上がる。
「……で、今度もまたアタシに冤罪を被せるつもりかぁ?」
「そんなことする必要はないってば。ただ母親の顔を見に行くだけだからね」
「ショック死させて始末する気かっつーの……」
「そんなわけないでしょ。ちょびっと驚かせて仕返しにするつもりなの」
嫌がらせのつもりではあったんだ……。
僕が寝てる間に和解したらしいけど、完全に許したわけではないのかな?
「それより、飛鳥さんも来る? クッションとして」
「アタシ今顔見せてきたとこだし……それに、アタシでも三人の間にいると邪魔になるだろ」
「えっと、そんなことないんじゃないかな? だって、飛鳥さんも家族だよ?」
「護……。ん~……じゃあ、アタシだけ廊下で待ってるから、必要があれば呼びな? 三人じゃないとできない話もあるだろうし」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えてそうした方がいいのかな……どう、姉さん?」
「気まずくさせるのは本意じゃないし、それがちょうど良いかも」
「あーあ……これでまた怒られたら納得いかないなぁ……」
「飛鳥さんは私たちの保護者なんだから、責任を取るのは普通のことでしょ」
「なんで実の親に保護責任を問われにゃならねんだよ……」
そうして、仲間を増やした僕と姉さんは、飛鳥さんを加えて三人で母さんの病室を目指し再び歩き始めた。




