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不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく  作者: 桜乃マヒロ
再会

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あの日の続き 前編

「姉さん……僕の方はもう、落ち着いたから大丈夫だよ」

「……そう? 私はもうとっくに平気だったし、もう全然大丈夫だけど」

「いや、まだ頬が赤いけど」

「寒いからですぅー!」


 つんとそっぽを向いて強がる姿を見て、ならばと追い討ちに甘い言葉をかけてみたくなる。けど、少し考えてやはりやめることにした。

 すごく惜しくはあるけれど……そうすると、また歯止めのきかない展開になるのは目に見えていたから。

 本当に……せめてここが病室であればよかったのに。


「あぁ、早く退院したい」

「……なんか、これまでと違って邪な気配がする」


 姉さんの鋭さはこれっぽっちも鈍ってはいなかった。けど、図星だからとバレバレの反応を返すわけもない。


「誤解だよ。退院後の日々を思ったら、いてもたってもいられない気分になっただけ」

「本当に〜?」

「本当だよ」

「私と満足にイチャイチャできなくて不満に思ってるだけでは〜?」

「違うよ……姉さんをからかって赤面させたいだけ」

「余計性質(タチ)悪いんですけど!? ホント、少しずつ悪い子に染まってくなぁ!」


 敢えてぶっちゃけると、姉さんは憤慨してみせる。

 それからじとっとした目つきでこちらを睨んできた。可愛い。


「まったく……まぁ、それならとにかく、退院した後のためにも、それまでにやり残しがないようにしないとね」

「……やり残しって?」

「まだ病院にいるうちに片付けておくべきことが、私たちにはあるでしょ?」

「……それ、本気で?」


 何とは言われていないけれど、姉さんの言わんとすることはまず間違いなく理解できている。

 しかし、だからこそ僕にはそれを軽く頷いて返すのが難しかった。


「それはもちろん……もう、目をつむったまま何も見ないふりはできないと思うから」

「それは……そうだけど」

「今まで護が目にしないように誘導してきたのは私だったのに、目を逸らすななんて言う権利はないかもしれないけど……それでも、向き合わないと」


 少しだけ申し訳なさそうな顔で、それでも姉さんは僕の目を真っ直ぐに見つめていた。


「私はもう、護に何も知らないままでいて欲しいとは思わない。知ったうえで、私と一緒に向き合って欲しい」

「あぁ」


 そんな力強い言葉が、一切裏を感じない正直な言葉が僕の耳朶で甘く響く。


「僕は、ずっと……」

「え?」

「ずっと、姉さんに……そう言ってほしかったんだ」


 姉さんに守られるばかりじゃなく、隣で一緒に歩けるようになりたいって、ずっと思ってた。

 守られることそのものが嫌な訳じゃなくて、守ってもらわないといけない弱い自分が嫌いだった。

 だから今、そうして僕の力を姉さんに求めてもらえたことが……心が震えるほど、嬉しい。


「権利なんていらないよ。姉さんから頼ってもらえるのなら、何だってかまわない。僕はどんな時でも、どんな願いでも、姉さんの力になれる存在でありたい」

「……!」

「ありがとう、頼ってくれて」


 心からの笑みを浮かべて、姉さんに感謝を告げる。

 頼られてお礼というのも、我ながら変な話だとは思うけれど……それでも、僕が今一番伝えたいのは感謝だったから。


 ただ、そんな僕を見て姉さんの顔には影が差した。

 後悔が渦巻く様な……そんな、凄く難しい表情。


「姉さん?」

「私が最初から……私が護を信じて、頼ってあげられていたら……」

「あっ……」

「護はこんなにも強い子だって知ってたんだから……意味なく怯える必要、なかったのにね」

「……それは、ちょっと違うかな」


 せっかく姉さんが僕を買いかぶってくれているところだけど……僕は、自分からそれを否定した。

 あの頃から姉さんに頼って欲しかったのは間違いじゃない……けど、だからと言って姉さんの判断が絶対に間違いだったとは、到底言い切ることはできないんだ。


「あの頃の僕が弱くて、姉さんに守ってもらわないといけない情けない奴だったのは、その通りだよ。というか、今だってそういうところがなくなったわけじゃないし」

「そんなこと……」

「姉さんに守ってもらって、飛鳥さんに鍛えてもらって、他の皆からも色んなものをもらって……それでやっと、今の僕くらいになれたんだから。僕が最初から持っていたのは、分不相応な庇護欲だけだ」


 もしあの時、姉さんに真実を全て打ち明けてもらったとして……それで全て上手くいったかと言われると、僕には『わからない』としか答えることはできない。

 少なくとも、必ず上手くいったなんて楽観的に見ることは、まずありえない。 


「姉さんに守ってもらっていた自分は嫌いだったけど……守ってくれる姉さんは、大好きだった」


 生意気に反発したくなる気持ちがなかったわけではないけど……それでも、心の底にあるのはいつだって感謝だった。


「姉さんが僕を庇ってくれたことには、感謝しかないんだよ。強いて言うなら、もっと自分のことも大切にしてほしいとは思うけど……だからこそ、それで気に病むようなことはしないで?」


 そう伝えると……姉さんはほっと優しく微笑んで、それからふわりと柔らかく僕に抱きついた。 


「相手の心に寄り添って、一番欲しい言葉を心から伝えてくれる」


 その抱擁には、ただひたすらに愛情だけが詰まっていた。

 姉さんが僕に向ける、純然たる愛情が。


「私は、護のそういうところが好きだよ」

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