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不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく  作者: 桜乃マヒロ
再会

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もう一つ、約束

 ── 12月20日 午前 橘護 ── 


 少し日は過ぎて、僕がようやく点滴ではなく食事で栄養を摂れるように戻ったのと同じ頃。

 午前の検診にて、ようやく一人で自由に移動してよいと許可が出た僕は、姉さんと二人で屋上庭園に出向いていた。

 隣り合ってベンチに座って……今日は二人で、()()()()()の光景を眺める。


「あれだけ全身ボロボロだったのに、わけわかんない速度で回復したね、護」

「うん。なんでか『治るのが早すぎだ』って先生に怒られたよ」

「護と飛鳥さんの体は医療の常識を覆してるから。先生が医大まで通って学んできた全てを冒涜するのはダメだよ」

「……僕と飛鳥さんは『生きててごめんなさい』ってこと?」


 冬にあっても燦々と日が照りつけ、陽気な雰囲気の屋上。それに見合わぬなんとも悲しい話題を交わしながらも、姉さんと二人でなんでもない時間を過ごせるだけで僕は心から幸せだった。


「私も寝たきりで落ちた体力もようやく取り戻せてきたし……二人とも三学期までには退院できそうかな」

「結局二学期には戻れなそうだからね。期末テストを受けられなかったのは痛かったかな」

「ま、私も護も優等生だし。一回テストを休んだくらい、これまでの貯金で十分チャラでしょ」

「軽いなぁ……まぁ実際、スムーズに復帰できるよう便宜は図ってもらえそうだしね」


 この前、わざわざお見舞いに来てくれたムネ先生のことを思い出す。

 『こっちでやれることはやってやるから、今は余計な心配せずに体を治すことだけ考えてろ』だそうだ。本心では遠慮しそうになる気持ちもあったけど……今回ばかりは素直に甘えさせてもらおう。


 僕だって、できる限り早く元通りの日常を取り戻したいと思っている。姉さんが倒れたあの日からずっと、二人一緒にあの家に帰ることが、僕の望みなのだから。


「……本当に二人でまた学校に通えるんだね。」

「そうだよ。それでしばらくは文化祭の打ち上げも、生徒会の仕事も、入院してる間に溜め込んだもの全部、取り返すように忙しい日々を送るの」

「皆と一緒に……だね」


 姉さんと一緒に家に帰って……でも、それで終わりじゃない。そこからまた大切な人たちと過ごす日常が再び始まるんだから。

 前までの僕は姉さんが目を覚ますことだけを望んでいて……けれど、今はそのことも待ち遠しく思う僕がいる。ほんの少し欲張りになったけれど、不思議とそのことが誇らしいように思えた。


「ひとまずは打ち上げの準備で目が回りそうだね。家でやるんだし、迷惑をかけた分しっかりおもてなししないと」

「護の手料理……ずっと食べてないから、今すごく恋しい」


 そんな言葉と共に、姉さんはこてんと僕の肩へともたれかかってきた。まるで甘えるみたいにそっと……そんな可愛らしい接触が久方ぶりだからか、さりげない仕草でも前よりずっと気恥ずかしく、そして嬉しく感じられる。


「帰ったらいくらでも作るから……食べたいもの、また教えてよ」

「それはまた……食べたいものが多すぎて、何がいいか決めるのに迷いそう」


 食いしんぼうのようなことを言って、姉さんはくすくすと笑った。

 僕もつられて笑って、二人の間は静かな笑い声で溢れる。


「……ねえ、護?」


 やがて笑い声が止むと、少しだけ改まった様子の姉さんが僕に問うような声をかけてくる。


「えっとね……打ち上げもそうなんだけど……覚えてる? もう一つ、その……文化祭が終わったらって、皆とじゃなくて、私と二人だけでした約束」

「約束……あっ?」


 姉さんの問いかけに、答えが一つ思い当たって……頬が、少しだけ熱を帯びる。


『──私、もっと欲しいよ……?』


 その時の姉さんの危うくも艶やかに映る姿は後にも先にもその一度しか見たことがなくて……本能から僕を求めている姉さんの衝撃は、今でも克明に僕の脳裏に刻みつけられているから。


「慰労を兼ねて二人で旅行にって……それも、泊まりでって……僕から、言ったから」

「…………」


 恥ずかしかったので横目で姉さんの顔を確認すると、姉さんも僕と同じで顔を赤らめていた。

 二人とも続く言葉を発するのも難しいくらい、意味もわからず緊張してしまう。


「わ、忘れてないなら、いいんだけど……色々あってなかったことになってたら嫌だから」

「嫌なんだ……?」

「当たり前でしょ」

「でも、そんなに恥ずかしそうなのに」

「は、恥ずかしいけどっ! でも……その……言ったでしょ?」


 もにょもにょと口ごもりそうになって……けれどそれを何とか堪えた姉さんは、たった一言、僕にその言葉を伝える。


「私は護が……もっと欲しいの」

「…………」


 その言葉に意識が飛びそうなほど衝撃を受けて……気付いたときには、耳が痛くなるほど心音が体の内で響き渡っていた。


「……いい、よ」

「あ……」

「元から僕は……全部、姉さんだけのモノのつもりだから……」

「っ……」


 ここは病院の公共のスペース。

 今は昼前で、まばらながらも他の利用者がいる。

 だから僕らの動きは常識の範疇で制限されていて……今はその拘束が、この上なく恨めしい。

 この身を縛りつけるのが鎖であれば、どれほどよかっただろう。

 それならきっと、体を壊しながらでも無理矢理に千切って、それで……それ、で……。


「……っ」


 せめてもの抵抗に、姉さんが僕の腕に抱きついてくれた。

 僕も姉さんへと身を寄せて……冬の風が火照った体を冷ましてくれるのを待ち続ける。

 けれど、触れ合った姉さんの体はいつもよりずっと温かくて……体の熱が冷めることは、最後までなかった。

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