約束したアレ 中編
「謝られるような立場じゃないんですよ、本当に。僕は、自分が傷付いたら悲しむ人がいるなんて事実をこれっぽっちも理解してなくて……自分ならどれだけでも傷付いたって構わないって、身勝手にそう考えてたんです。それが今こうして、巴先輩に苦しい思いをさせるなんて少しも思ってなかった」
「護……」
「本当は、巴先輩にバレないように片付けるつもりだったんですけどね。それなのにあんなふうに事態は転んで、結果的に惨いものを見せることになりました……やっぱり僕は姉さんみたいに上手に立ち回れませんね」
そう言って、護君は自嘲するように笑った。けれどそこには以前のような痛々しさはなく、必要以上に自分を貶めることのない、ただの冗談なのだと、傍目から見ても理解できた。
「今の巴先輩の気持ち、僕にもいくらか理解できるところはあると思うんです。自分のせいで身近な人がって……もしそう考えてるなら、痛いほどに」
訥々と語り聞かせる護君の言葉を、巴は返す言葉もないようで静かに聞き入っていた。
そして私たちも、そんな二人をそっと見守り続ける。
「気にしないでと言われても、思い詰めちゃいますよね。それもわかります、僕は今でも開き直ったりできないままだし……先輩はそういうところ、きっと僕と同じだと思うから」
護君はそう苦笑して、巴に対して理解を示す。
巴は否定しようとも思わないらしく、けれど何も言葉を返せないのがもどかしいのか、それとも申し訳ないのか、微妙な表情のまま俯いていた。
「だから、あんまり意味はないかもしれないけど、気休め程度に聞いてください。僕、あの日のことで巴先輩に思うところはほとんどありません。『面倒ごとに巻き込みやがって』とか、そんなふうに恨めしく思ったりなんて一度もありませんでしたし。それどころか怪我をしたのも自業自得で、それとアイツらの身勝手な行いが全部悪いと思ってます」
「アイツらのことはともかく、それでも護は本当は関係なかったはずなのに……!」
「関係ありますよ。先輩をこっちに引っ張り込んだんですから、アイツらに目をつけられるのも仕方ないといえばその通りです」
あっけらかんと言い切られてしまえば、巴も言葉が続かない。
そんな巴に「関係ないなんて寂しいこと言わないでください」と寂しそうな表情で追い打ちする。護君は本当に……一度、自分の言動がどんな誤解を招くのか理解した方がいいと、私はそう思った。
「それに巴先輩からすれば本意ではなかったと思いますけど……でも、あれのおかげで僕は忘れちゃいけないものを思い出すことができました。正直、感謝してるくらいです」
護君が思い出したもの……それはきっと、あの日言っていた『柊和の秘密』の話だろう。
確かにそれは護君にとっては十分に感謝に値する価値のある記憶で……けれど、だとしても巴からすれば感謝される謂れのないものでもあった。
だから、やっぱり巴の表情は晴れることなく、どちらかと言えば困り気味で……だけど、護君の言葉はそれで終わりじゃなかった。
「それになにより、巴先輩の役に立てました」
「……私、の?」
「僕が巴先輩の力になれたなら……先輩を守ることができたなら、それでいいんです。いつも誰かに守られてばかりで、誰かを守れたことは数えるほどしかなかったから……先輩を守れたなら、僕はそれだけでも十分すぎるくらい嬉しいんです」
目を見ればわかる、私にも、そしておそらく巴にも。
護君がそれを心から偽りなく口にしていると。
「姉さんの気持ちがようやくわかったような気がします……傷を負ったことなんか気にならないくらいに、大切な誰かを守れた事実はこんなにも誇らしかったんだって」
助けたのは自分なのに、護君は誰よりも救われたような表情をしていた。
そんな表情を向けられてしまったら……私ならきっと、申し訳ないなんて、もう思えなくなってしまうだろう。
「だから、気にしないでください。僕にとって巴先輩との巡り合わせは決して悪いものなんかじゃありませんでした。先輩にも、後悔してほしくなんてないんです」
護君がそう語りかけた時には、巴ももう、思い詰めたような表情はしていなかった。
ただ、本当にこのまま楽になってもいいのか……自信が持てなくて戸惑っているような、そんな不安を抱えているだけで。
そんな巴に、護君は答えを与えるように、優しい言葉を贈る。
「昔のことはもう水に流しましょう。あの日、あの場所で巴先輩の過去の清算は済んだんです。いつまでも過去のことに囚われていないで……先のことを考えませんか? だって、ほら」
そう口にして、護君はゆっくりと辺りに視線を動かす。
その動きに釣られるようにして、巴も護君しか見えていなかった視界を広げて──気付いた。
「今の先輩は、また一人ぼっちに戻ったわけじゃありませんよね?」
護君と自分を静かに見守り続けていた、私たちの存在に。
私たちが浮かべる、自分を受け入れようとするその表情に。
「ね? だからいつまでも、下を向いてる場合じゃありませんよ」
優しく笑みを浮かべる護君に、巴はとうとうコクリと頷きを返す。
「あぁ……やっぱり」
そして、巴はゆっくりと俯いていた顔を上げる。
その表情は──
「私は護に、もらってばっかりだ」
流れ落ちる涙で頬を濡らしながらも、一切の険も見つからない。
そんな、静かで朗らかな笑顔だった。




