能ある鷹のはやとちり 後編
──…………。
話の流れで、加賀さんと一緒に帰ることになった。
どうやら加賀さんは私と仲良くしたいと思っていてくれたらしい。
素直に嬉しいと思った。
加賀さんから気に入ってもらえたのは、私がそう印象を持ってもらえるように努力した成果だ。
そう考えると少しの充実感とともに、やっぱり寂しさも感じてしまったけど。
日常会話の中で探りを入れてみたけど、いまだ加賀さんに秘密がバレているのかどうかは分かっていない。でも、聞かれた相手が加賀さんだったのは不幸中の幸いだったかもしれない。
話してみた限り、人に言いふらしたりする性格ではなさそうだから。
そんなふうに思ってしまったので、油断もあって会話に少しミスが出てしまった。
つい会話の流れで相手の知らない人間の名前を出してしまったのだ。
まあ、護という名前の弟がいると加賀さんに知られるのは痛くもかゆくもないので、何らダメージが発生したわけではないけど。
そう思っていたら、思わぬ収穫があった。
どうやら加賀さんは私が思っていたよりも私と護の通話を聞いていたらしい。
──やはり危険だ。
加賀さんは頼めば言いふらして回るような人ではないと判断した私は、思い切って加賀さんに一つ頼みごとをすることにした。
その結果……。
『──わ、分かったよ……! 私何も聞いてないから! 今日の事は全部忘れるから!』
『──ごめんね? 嘘ついてたわけじゃないんだけど……もしかしてそうなのかなって思ってたから。今のでやっぱりそうなんだって』
加賀さんは黙っていただけで私の秘密を察していたらしい。
頼みごとをした結果核心に至ってしまったのは迂闊だったけど、疑念を持たれたまま放置するよりはマシだろう。
私は観念して、もはや意味のない敬語も態度も切り替え、家で家族を相手にするときのような素の自分を曝け出すことにした──
──の、だけど……。
「…………」
「……? 加賀さん? どうしたの?」
「…………」
「お〜い! 加賀さ〜ん?」
加賀さんは状況が全くつかめていないように、ただ茫然とした様子で、石のように固まってしまった。
視線は宙をさまよってどこも見ていないようだし、頭の中で何事か膨大な情報量の処理でも行っているのか口がぽかんと開いたままだった。
無防備極まりない姿だ。
何がこの人をここまで困惑させているんだろう。
だって、自分から『わかってるけど言いません』的な提案してたよね?
それでなんで正直に素を晒したらここまで困惑してるの?
……どういうこと?
「加賀さ~ん? お~い? ホントにどうしちゃったの~?」
「…………」
目の前で手をぶんぶん振っても、肩をつかんで軽く揺らしてみても動かない。
なんだこれ、壊れたのかな?
ブラウン管のテレビよろしく殴ってみようか?
接続がちょうどいい感じに噛み合うかも……。
私が拳を握りしめたその時だった。
「……はっ!」
「おっ、直った」
「ご、ごめ……えっ、直ったって何⁉ ていうかなんで橘さん拳を振りかざしてるの⁉」
「いや、急に壊れたから……」
「私はテレビじゃないよ! ブラウン管の世代でもないし!」
「こんな古い話よく知ってたね」
ふむ……どうやら調子を取り戻したみたいだ。
「ちょ、ちょっとまって! まだ混乱はしてるから! 色々と確認させてほしいの!」
「そうだね、ごめんなさい。思ったより反応が良かったからつい」
「ついじゃない!」
何が分からないでいるのか私も気になっていたところだし、ちょうどいい。
加賀さんの疑問に答えてみよう。
「まず……」
「まず?」
「橘さんは、何の話をしているの?」
「…………」
……………………?
「何の話って……ごめん、何を聞かれてるのかいまいちわかんないな、もう少し質問を絞ってくれる?」
「ん~、だから……いまいち話がかみ合ってないというか……。そもそも、なんで橘さんは急に素の自分の話を始めたの?」
「…………」
……………………?
「いや、そんな何度も同じリアクションされても……」
「えっと、急にって……私はずっとその話をしてるつもりだったんだけど……」
「ん……? ずっとって……でも、橘さんは自分の秘密の話をしていたんだよね?」
「そうだよ? だから、私はそれがバレたならもう隠す必要はないかと……」
「橘さんの秘密って……そういうことだったの?」
「……なんですって?」
どういうことだ?
加賀さんは何を言っているんだ?
まさか秘密を誤解していたとでも?
ならいったいどんな誤解をしたっていうの?
そんな要素私たちの会話にあったかな?
なかったとおもうけど?
私の頭の中で疑問が瞬時にいくつも湧き上がってくる。
いや、なんにせよ……これはつまり、私は早とちりをして自分の秘密を打ち明けたってこと?
……嘘でしょ?
そんなヘマをやらかしたっていうの? この私が?
いや……そこまで自分を高く見積もってるわけではないんだけど。でもまさかそんなマヌケなミスをするだなんて……。
「聞かせてほしいんだけど……加賀さんは一体何だと思って私の話を聞いてたの?」
「え……何って……恋人がいるのを隠したいのかなって……」
「恋人ぉ⁉」
いったい私のどこにそんな要素があったっていうんだ⁉
男の影なんて微塵もなかったでしょ⁉
「いや、そもそも私には恋人なんていないんだけど……!」
「えぇ⁉ そうだったの⁉ 楽しそうに電話してたから、つい……」
嘘でしょ?
それだけのことでそこまで飛躍したの?
なんだこいつ‼
本当にそれだけの事で勘違いしたっていうの⁉
妄想力が豊かにもほどがあるでしょ!
おかげで私の調子まで狂わされてしまった。
おかげで言わなくてもいいことを私はぺらぺらと……うああああああああ!
「恋人じゃなくても家族なんだから仲良さげに話しますけど!」
恨めし気に加賀さんをみてそう訴えるけど、加賀さんはまだ言いたいことが残っている様子だった。
「いや、それもあるんだけど……高校生でもないのに、好物だからってスイーツ用意してくれるっていうのも変だなって……」
「どういうこと?」
「だって……両親だったら、私の家族も仕事の帰り道や買い物のついででケーキ買ってきてくれることはあるから分かるんだけど……弟が、それも高校生の橘さん以下の年齢で『良く買ってきてくれる』なんて、違和感のある話でしょ? だから、恋人の話をうっかりしちゃって、それを咄嗟に弟って誤魔化したのかなって……」
ふむ……うわあ、なるほど?
加賀さん目線で一連の流れを聞いてみれば、確かに理解できなくもない考えだ。まあ妄想力豊かだな、という感想は変わらなかったけど。
でも、なるほどなるほど。
確かにいくら姉弟仲が良くても、大して財力もない、ただのイチ中学生に過ぎない弟が姉のためにスイーツを買ってくるなんて出来すぎた話だ。
けど、それは一般家庭においてはの話だ。
「それは……事情があるからだよ」
「事情って?」
「私達、両親がいないの。だから、今は護と私で二人暮らししてて……それで、護は家事とか良くしてくれるから買い物も担当なんだけど、そのついでで買って帰ってくるの、加賀さんの家の両親みたいに。食費に関しては任せてあるしね」
やっぱり『妄想力豊かすぎるだろ』とは思うけど、私達の事情を知らない加賀さんがそんな誤解をした理由は納得したし、理解もした。
「え……そうだったんだ……」
割と重たい話に聞こえてしまったのか、加賀さんは顔を曇らせる。
別にそこまで重い話をしたつもりはないんだけど、両親がいないとか顔に火傷痕のある女が言ってたら色々と邪推してしまうか。
両親が居なくなったのと火傷は……あんまり関係ないんだけど。うん、あんまり。
「まあ、二人暮らしといっても、本当はもう一人家族がいるんだけどね。今は仕事で海外に飛んでっちゃったけど。だから、別にそんな深刻な話でもないよ?」
「たくましいにもほどがあるよ……橘さん……」
「別に……」
私の場合は、環境がそうなりやすいようにできていただけだ。
なんどか耐えられそうにない苦境に陥ることもあったけど、守るべき存在がいたから、私はくじけることなく今日までやってこれたのだ。
だというのに、こんなくだらないミスで躓くなんて……。
中学では一度も勘づかれることなく完璧に三年間を過ごしたというのに、初日からこんな……。
というか、なんで私は、落ち込んでたからって加賀さんを慰めてるんだ。
私もはやとちりしたとはいえ、加賀さんの誤解で必要のない秘密の告白までする羽目になったというのに……。
「ごめんね、橘さん……私の誤解でいろいろとかき乱しちゃって……」
「…………」
本当だ……と。
言ってやりたい気持ちもあったけど、言葉が喉で詰まった。
「いや……そもそも私が油断してたのが全てのはじまりなんだから、加賀さんが謝ることじゃないよ」
「…………」
それどころか、さらに加賀さんを庇うようなセリフまで出てきた。
「口調が変わりすぎて、別人と話してるみたいって思ってたけど……」
「……まあ、そうだよね。口調も態度も人当たり良く丁寧にするよう意識してたから。嘘をついてたつもりはないけど……」
そう言われてしまうと、やはり居心地は悪い。
私がどう思おうと、加賀さんから見れば嘘をつかれたと思ってもしょうがないことだ。少しだけ、寂しい。
「でも、橘さんが優しいのは素でも変わらないんだね」
「……は?」
今日だけで私は加賀さんにどれだけ驚かされているのか。
「だって、相変わらず私に気を使ってくれてるでしょ? 急に人が変わったときはどうしようかと思ったけど、良いところまで変わらなくて良かった」
「それくらいの事で優しいとか……」
「優しいよ。橘さん、もう良い子ぶる必要はないって言っておきながら、まだ私の事庇ってくれてるんだもん」
さっきまで暗い顔してたくせに、こういう時に限って私の言葉を否定する。
「橘さんに嘘つかれたなんて思ってないよ。だって、事情があるんでしょ? 私にその理由は見当もつかないけど、橘さんが悪意を持ってそういうことする人じゃないってことだけは、話してて分かったもん」
「貴女は……」
「私、橘さんと仲良くなりたいって気持ちは変わってないよ。橘さんには悪いけど、それなら今のうちから素を晒してもらったのは丁度良かったって思う。だって、その分もっと距離も近くなれたし」
そう言って加賀さんは私の目を覗き込み、まっすぐもう一度お願いをした。
「橘さん。やっぱり私と仲良くしてほしい。ダメかな?」
そのお願いに私は……。
「──考えておく」
「ええ! そこは即答でイエスって言ってほしい!」
「……まだどうするべきか図りかねてるの。様子見させてもらう」
「臆病者!」
「うるさい」
「ぐえっ」
こっちにグイグイと距離を寄せて非難してくるので、軽く頭にチョップをくれてやった。
この距離感の友人なんて、火傷を負って以来一人もいなかった。もし気軽に許せば、人前でボロが出る可能性も飛躍的に上がる。
軽い決断は出来ない。
「それに、どのみち今日はもうここでお別れでしょ?」
「あ……そうだった……」
これまで立ち止まっていた場所から少し先の方を見る。
そこには分かれ道が。
私の家はあの道を右、加賀さんの家は左だ。
「とにかく、今日の事は誰にも言わないで。それは約束してもらう」
「も、もちろんだよ!」
「それと、クラスメイトの前で急に近寄るのも駄目」
「え! 折角仲良くなったのに!」
「まだなってない……。急に仲良くなったと思われたら、気にかける人が出るかもしれないの、これ以上迂闊な行動は避けたい」
「臆病者……あっウソウソっ! ごめんなさい! 許して!」
手刀を構えると加賀さんは分かりやすく怯え始めた。
「むう……でも、私は仲良くなれそうな機会があったら諦めないからね!」
「……約束を守ってくれるなら、好きにすればいい」
「分かった! じゃあ明日から覚悟しててね! 首洗って待ってて~!」
分かれ道での別れ際、そんな言葉を残して手を振る加賀さん。
『──首洗って待ってて〜!』
「……その言葉遣いは友達相手に適切じゃない……」
話の前後を知らない人がここだけ聞いたら、笑顔で『ぶっ潰してやるからね~!』なんて宣言していると勘違いしかねない言い方だ。物騒。
「加賀美咲……か」
やっぱり秘密を言いふらすような人ではないと思う。
けど、口をうっかり滑らす可能性がある。
むしろそういうミスは積極的にやらかしそうにも見えた。偏見だけど。
今回はとりあえずのところ大事には至らなかったけど、周囲にこのことが広まるのは困る……これからは彼女の事も気にかけなければ……。
そんな心配事をしながらも、なぜか胸の内はすっきりとしていて、気分も悪くなかったのが少し不思議だった。




