綺麗な花だが棘がない 後編
──…………。
あれだけ迷っていた校舎だったけど、流石に一年の教室からなら玄関まで迷うことはなかったし、橘さんの先導もあったので私は無事脱出することが出来た。
本当に災難だったけど、思わぬ幸運にも恵まれたのでプラマイで言えば結構プラスになった。迷ってた時は本当に怖かったけど。
「橘さんは因幡中の出身なんだよね、だったら私の家と同じ方向だ」
「ええ、加賀さんは確か逍遥でしたから、途中まで一緒ですね」
「惜しいなぁ、もう少し家が近かったら中学も同じだったかもしれないのに」
「ふふ、そうですね」
私も橘さんも下校は徒歩で、帰り道も途中まで一緒だったのでそこまで一緒することになった。
本当に幸運だ。気長にいこうと思っていたのにまさかこんなすぐにチャンスがやってくるとは。運命的なものすら感じてきた。
これはいよいよ諦められなくなってきた、絶対このチャンスはモノにして見せる!
「それにしても、本当に私のこと覚えててくれて感激だよ」
「それくらい当然の事ですよ、自己紹介してもらったんですから。ちゃんと全部覚えてます」
「本当に~? 完璧って一つの漏れなくってことだよ?」
橘さんが自信満々で言ってのけるので、つい挑発的なことを言ってしまうけど、それでも橘さんの笑みは揺らがなかった。
「本当ですよ? ——加賀美咲さん。逍遥中学出身の元バスケ部で、高校でもバスケ部に入部予定。好きなものは犬で、犬を一匹飼っており、趣味はバスケと愛犬の散歩。最後に、好きな食べ物は中華と甘味……でしたよね」
「っ……すごい!」
完璧な回答だった。
まさか本当にそこまで覚えてもらっていたとは。
「クラスメイトの事はちゃんと覚えるようにしてるんです」
「クラスメイトって……え……⁉ ってことは、私だけじゃなくてクラスメイトの自己紹介、全員分おぼえてるってこと⁉」
「……? そうですよ?」
愕然、なんてリアクションはもしかしたら生まれて初めてとったかもしれない。
もし本当なら、とんでもない記憶力だ。
「私も頑張って聞いてたけど、とても全員分なんて覚えられないよ……」
「そうなんですか? でも、私の名前と中学校くらいは憶えててくれてましたよね、十分だと思いますよ」
「それは……橘さんの事が気になってたって言ったでしょ? 特別だよ」
正直、全員分ともなるとクラスと出身校すら自信がない。
ちゃんと覚えてるのは橘さんと今日できた友達くらいのものだ。
「あ……ふふ、特別なんですか、私が?」
「……橘さんって意外といじわるだ……」
からかうような口調で私に囁く橘さん。
「それに、橘さんなら名前と出身校以外にもちゃんと覚えてるよ?」
「へえ……? それなら、試してみますか?」
さっきの私と同じように、確認をとる橘さん。
けど、私の挑発的な態度と違って、なにかを確かめようとしている、そんなまっすぐな視線に違和感があった。
多分、私が本当に橘さんの事を憶えているのかではなく、もっと別のなにかを……。
「加賀さん?」
「あ、うん! もちろんだよ!」
私がボーっとしていると橘さんの顔がさっきよりも近くて驚いた。
少し慌てたものの、私が橘さんの自己紹介で知った情報を漏れなく伝えて見せると、橘さんはふむと頷いてみせる。
「ちゃんと全部覚えてましたね」
「でしょ?」
「嬉しいです。特別というのもお世辞ではなかったみたいですね?」
「あ……」
別に変な意図はないし、素直に話したつもりだったんだけど、すこし時間をおいてから自分の発言を思い返すとなかなか恥ずかしい。
「疑ってた……?」
「いえ、そういう訳ではありませんが、そう思って頂けたのなら、昼のうちから話しかけてくれればよかったのにと思いまして」
「あ……あ~それは……」
どうしよう……、そういえばすっかり今まで自然に話せてたけど、橘さんの火傷の事気にしてたんだった……。
さっきまではいろいろと余裕が無くて忘れてたけど、今になって思い出してしまった。
「う~ん……」
「加賀さん?」
私は結構嘘が苦手なタイプだ。
おそらく火傷を意識したことも隠せないだろう。
それに私の問題以前に、なんだか橘さんの前では嘘も全部見通されてるような気分になる。特に今は、じっと観察してるような視線を私が油断している時に向けてきているような気が……。
いっそ、正直に打ち明けてしまった方がいいかもしれない。
うん、下手を打つ前にそうしてみよう。
「あの! あんまり気を悪くしないでほしいんだけど……その、ちょっと気になってて……橘さんの……」
「……ん、気に……ああ。これですか?」
そう言って、橘さんは自分の頬にある火傷に手を当てた。
私の目がもう火傷にいってしまったのを橘さんは気づいたみたいだ。
「別に悪く思ってるんじゃないよ? ただ私、慣れないうちはつい目で追ったりしちゃうかもしれないから。橘さん、気を悪くするんじゃないかって……」
「別に気にしませんよ?」
あっけらかんとした様子のままノータイムでそう答える橘さん。
「あ……そうなの?」
「ええ、そういう反応も慣れてますし。そもそも私自身は火傷のことそんなに気にしてませんので」
あまりに自然な態度だから、却って私の方が怯んでしまうくらいだ。
「たくましいんだね……」
「一応、誇りですしね」
「ほこりって?」
「いえ、肩に埃が……」
そう言って私の肩をぱんぱんと払ってくれる橘さん。
私制服の肩に埃なんてつけてたの?
初日から? 軽くショック……。
え? それって校舎を迷ってる間についたんだよね?
もっと前から埃ついて無かったよね?
どうでもいいことがどうしようもなく心配になってしまった私だったけど、橘さんに置いていかれてしまうのですぐに切り替えて、また横並びに歩き出した。




