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不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく  作者: 桜乃マヒロ
生徒会はあの日から始まっている

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綺麗な花だが棘がない 中編

「橘さん?」

「──っっ⁉」


 階段を降り、その声の主……橘さんを呼び掛けてみれば、よほど驚いたのかビクッと体を震わせてこちらを振り向いた。


「貴方は──え? ああ、うん! 別に大したことじゃ……! ない……です! わよ!」

「わよ……?」


 お嬢様かな?


 橘さんは急に慌てたのを通話相手から心配されたのだろう、問題ないと電話に向かって話している。


「うん、ちょっと人が……とりあえず電話切る……ますね……!」

「えっと……?」


 なぜかカタコトの敬語で相手に断りを入れて、通話を切ってしまう橘さん。

 そんな様子にただ『ぽかぁ~ん』と疑問を浮かべるだけだった私も、少しづつ状況を把握できて来た。


「もしかして私……」


 間違いない、私は話の邪魔をしちゃったんだ!

 あんなに楽しそうに話してたし、相手は友達……いや恋人かな?

 何の話をしてたのかは知らないけど、焦ってるみたいだし、聞かれたらまずい話だったのかも……?


 それとももしかして、皆の前ではしっかりしてるけど、恋人にだけは甘えるタイプだった……とか……それなら聞かれたと思って焦っているのも……。


 ……いやまさかね。それに、今は答えの出ない推測よりもとにかく謝るべきだ。


「ご、ごめんね橘さん! 私、話の邪魔をするつもりはなかったんだけど……!」

「い、いえ! 別に私は気にしてませんので!」


 私が謝ると、橘さんは問題ないという。

 橘さん、やっぱり慌てていて落ち着かない様子だ。


「でも……」

「そ、そんなことより……聞こえて、ました?」 

「え?」

「……電話の……というか、私が何を話してた、とか……」

「橘さんが? う~ん……話の内容まではわかんなかったけど、随分と楽しそうにしてるな、とは。あ! ご、ごめんね? 盗み聞きするつもりはなかったんだけど、他に何の音もしなくて静かだったから……」


 そう言い訳をしてみたけれど、橘さんは話を聞いているのかいないのか、口元に手をやったまま固まり、何もない一点をじっと見つめ続けて、何か考え事をしているようにも見える。


 橘さんは私が話を聞いていたのか気にしてるみたいだけど、私には本当に何の話をしていたかは全く分からなかった。


「楽しそう……どっちだ……?」

「え?」

「あ……! い、いえ! こんなところで話していた私が悪いんです。加賀さんは何も悪くありませんよ」


 何事か呟いたようにも聞こえたけど、橘さんはすぐにハッとしていつもの丁寧な調子に戻ると、あっさりそう言ってのけた。

 そう、本当にあっさり……『加賀さん』と、そう呼んでくれた。


「……私の名前!」

「えっ?」

「橘さん、私の事憶えててくれたの⁉」

「え? ええ……隣の席の加賀美咲さん、ですよね?」

「わぁぁ! 嬉しいよ! 感激だよぉ!」

「……ええ?」


 昼間は気になっていたのに上手く話しかけられなくて失敗したと思っていたけど、なんと橘さんは私の事を憶えてくれていた。

 嬉しくなって、つい飛び込むようにして距離を縮めてしまう。

 

「でも、加賀さんだって私の事憶えてたじゃないですか」


 急に興奮しだした私に若干戸惑っている橘さんは、私をなだめるようにして話を続けてくれた。


「あ、それは……うん。私、自己紹介の時から橘さんの事ずっと気になってて……仲良くなれたらいいなって思ってたから……それで今も嬉しくなっちゃって……」


 少し恥ずかしくはあったけど、全部正直に打ち明けてみる。

 すると橘さんも戸惑いが表情から消え、少しの安堵に変わった。

 大人びていて、どこか余裕を感じる橘さんの笑みは、同性の私でも少し見惚れてしまうほどだった。


「ああ……なるほど……ふふっ。そうだったんですか? それなら、私の方からお願いしたいくらいでしたのに」

「本当⁉ うれしいなぁ! さっきまで迷子してた甲斐があったよぉ!」

「迷子? ですか?」


 勢い余ってつい言わなくてもいい事実まで話してしまった。友達からも美咲には思慮ってものが足りてないとよく言われてしまうけど、こういうことが起きるたびにその言葉を思い出す。


 この年になって迷子なんて、と自分でも思ってしまい、段々顔に熱が……。


「うん……お恥ずかしながらトイレを探してたら迷っちゃって。でも橘さんの携帯の着信音のおかげでここまでたどり着けたよ! ありがとう!」

「別にお礼を言われるようなことじゃありませんけど……お役に立てたなら嬉しいです」

「橘さん……!」


 『こいつトイレ探して迷子とか正気か?』くらいの感想は覚悟してたのに、優しい笑顔でそんな謙虚なことを言われたので感動してしまった、咽び泣きそうになってしまう。


「そういえば、橘さんはどうしてまだここに残ってたの?」

「ああ……私は、少し先生に用があって」

「そうなんだ! こんな時間まで大変だね……って……」


 そう言って、橘さんと一緒に私の視線は窓の外を向く。

 すっかり日も落ちて、辺りは段々と暗くなり始めていた。


 今日家で予定があったの、すっかり忘れてた……。


「橘さん、今日はもう帰り?」

「あ、はい」

「……話は帰りながらしよっか」

「そうですね」

 

 ただ、今から帰ればまだ遅すぎるという事もない。

 念のため方向音痴の疑いがある私に代わって橘さんに先導してもらい、私は無事校舎脱出を果たすこととなった。

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