桜の降る日に、はじめまして
── ?月?日 8時40分 ??? ──
桜の降る季節、校門までの桜並木は、私達の門出を鮮やかに彩る。
白と桃色の間……をさらに白に偏らせたような、まるで白桃を思わせる色合いの花弁は、私たちの心模様をそのまま表したようで段々と親近感が湧いてきて。
そんな花弁が一枚、肩に乗った。
初めて……正確には調子に乗って、すでにお試しで何度か着てしまったから初めてではないけど、今日ようやく正式に着ることができた制服のブレザーの肩のところにひとひらだけ。
水仙高校は制服が可愛いことで有名だ。
志望校にここを選んだ時から、実はずっとこの制服を着て学校に通うのを夢に見ていた。
夢に見た制服、夢に見た校舎、夢に見た新生活。
あらゆる希望を前に、私の胸は溢れんばかりのわくわくで満ち満ちている。
今日、私はここ私立水仙高校で、新たな一歩を踏み出すことになるのだ……!
──…………。
入学式が終わった。
中学の卒業式ぶりに歌った国家も、全く知らない来賓した人の祝辞も、これから嫌というほど聞くことになるだろう校長の長話も、普段はため息を吐きたくなるところだったけど、今日だけはなぜか特別に感じられた。
ただ、私の家族が静かに大はしゃぎしていたのはかなり恥ずかしかった。
事情があって、入学式を見に来てくれる家族は私には一人しかいなかった。
でも、珍しく仕事を休んでまで私の門出を祝いに来る気持ちは嬉しいけど、迷惑にならない程度でもはしゃいで小さく手を振ったりしてアピールするのはやめてほしい、お願いだから。
入学式のことはもういい、だってやっぱり今日一番楽しみにしていたのは、たった今この瞬間で。
私は、いや私たちは、これから一年を共にするクラスメイトと一緒に、担任となる先生から話を聞いていた。
担任はスーツ姿の男性教師で、今は明日から始まる通常授業や、それに伴い必要となる教材の話をしていた。
ただ……話の内容は別にいいんだけど……。
「はい……では話は以上……今から新しいクラスの皆に向かって、一言づつ自己紹介してってくれ……うぷっ」
「先生~! 体調悪そうですけど大丈夫ですか~?」
「はい……ただの二日酔いです……気にしないように……」
「それはそれで気になりまーす」
どうしようもなくないか……この先生。
本当に一年間この人の世話になるの、私たち?
……いや、ここで駄々をこねてもどうしようもない。
多少初日の特別感に水を差されたような気もするけど、まあ、いい。
それよりも、大事なのはいよいよだ……!
今、私と同じ教室にいるこれから一年を共にするクラスメイト!
私たちはこの人たちに会いにやってきたと言っても過言ではないから!
自己紹介は大事だ。
相手を知ると同時に、自分を知ってもらう大切なファーストインパクト。
人との関係は第一印象がその後大きく影響を及ぼすとかなんとか聞いたことがある! ここは外せない!
私が意気込んでいると、件の酒飲み教師にクラスメイトの男子から指摘が入った。
「先生、自己紹介って言われても、どう進めればいいのかわかりません」
「あ……それはそうだな……適当でいいんだけど……」
「せめて順番は決めてください」
「なら……番号順で……つまり名前のあいうえお順だが……席も番号順だからちょうどいいだろ……」
「分かりました」
二日酔いにしてはまともな指示が出て幸いだった。
順当に番号順を最初からスタートするなら、つまり番号が若めの私は必然早めに順番がやってくることになった。
「そうだな……折角だし番号順後ろから行くか……」
「ええ⁉ なんでですか先生⁉」
と思ったのに、何を思ったのか先生が突然そんなことを言い出した。
最後尾で安堵していた生徒達から悲鳴交じりに苦情が飛び出す。
「なんか……順番が最後のほうで余裕があるからか知らんが、ほっとしてるのが恨めしくて……俺はこんなに気持ち悪いのを我慢してるのに、って……うぉえ……」
「先生はとっととトイレに行ってそのまま二度と戻ってこないでください」
私の隣の席の、髪の長い女の子から容赦のない言葉が飛び出した。
めちゃくちゃ辛辣だな、この子……。
多少苦情は出たけど、別に順番はどっちから始まっても大して変わらないということで、先生の言う通り最後尾からのスタートになった。
まあ、私としてはラッキーだ。
これで色々と心の準備ができるし、後でやる方が自己紹介もテンプレが固まりつつあるのでやりやすい。
そんな感じで、クラスメイトが自己紹介をしているのを聞いて、物覚えの悪い私はせめてクラスメイトの名前だけでも覚えようと集中して聞いていた。
──…………。
一人一人終えていくと、私の隣の席まで順番が回ってきた。
さっき先生に言葉の暴力を働いていた子だ。
とはいえあれは先生が悪いと私でも思うし、なんならすっきりしたまである。
そろそろ私の番も近いな、なんて思いながら、席を立って自己紹介をするその女の子を見上げた、その時だ。
──その女子生徒を見て、私は……いや、クラスの皆が息を呑んだのが分かった。
これまでは長い髪でそれとなく、無理のない範囲で隠されていたから気づかなかったけど、注目してようやく気付いた。
いろんな意味で、息を呑んだのは仕方がない。
だってその女の子は──
『驚くほど端正な容姿』と同時に、『左頬大きな火傷』が目立つ女の子だったから。
「──因幡中学校出身、橘柊和です」
「…………」
「部活は入ったこともありませんし、新しく始める予定もありません。読書が趣味でなんでも読みますが、特に好きなのは漫画で、スポーツを始め体を動かすことも好きです。好物は甘いものとまも……家族の作る料理です。少々目立つ顔をしていますが、皆さん、仲良くしていただけると幸いです。一年間、どうかよろしくお願いします」
よく通る声で、さっきの先生への冷たい態度はどこへやら、別人のようににこやかな態度でクラスメイトへ笑いかける橘さん。
私だけでなく、クラスの全員、にこりと笑う彼女から目を離せないでいた。
今は火傷よりも……その華やかさに目を奪われて。
── 4月5日 11時20分 加賀美咲(生徒会始動から約一年と半年前)──




