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不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく  作者: 桜乃マヒロ
生徒会はあの日から始まっている

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美咲の選択肢

 ── 10月26日 16時00分 橘柊和  ──


 壮行会の打ち合わせ当日。

 三日間にわたるテストが終わり、早くもその翌日、つまり今日、打ち合わせの予定が定められていた。


 『早くも』とはいったけど、打ち合わせの内容はほとんど事前確認みたいなもので、あらかじめ決められた当日のスケジュールを各代表に伝える程度の内容であり、実に簡単なものだから、こんな余裕のないタイミングでも特に問題はない。

 しかも本番は来週、本番は休日を跨いでからと考えれば多少は余裕もあると言えなくもない。


 そんな打ち合わせの本番、会議場として指定された広めの教室に集まった我々生徒会と各部活の代表者たちだったけど……先日の私の心配は残念なことに的中してしまった。


 打ち合わせ中、問題の女子バスケ部の部長──相沢さんが、なぜか美咲をジィッと睨み続けてきたのだ。


 最初は、勘違いの可能性も考えていた。

 前にいざこざもあったし、美咲を目で追ってしまうくらいは多少あるものかと。

 しかし、いつまでも送られ続ける熱い眼差しに、その可能性はすぐに捨てた。

 私が壮行会の説明をしてる間もずっと美咲の事を目で追っている。


 というかこの人、ちゃんと話聞いてなくて大丈夫なのか?

 本番は来週なんですけど?


 あの視線には確実に何かの意図がある。

 現に、美咲もそれに気付いて実に居心地悪そうにしていた。

 私は少しだけ心の中でため息を吐くと、仕方なく対応することにした。


 ……打ち合わせ中で他に人もいるんだけど、仕方ないか。


「相沢さん? 何か質問でもおありでしたか?」

「……あ、え?」

「すみません、少し視線が気になったものですから。何か聞きたいことがあるのではと思いまして」

「あ、いや……! すみません、なんでもないので……気にしないで、ください……」


 笑顔でそう指摘してみれば、相沢さんはすぐに目を伏せた。

 私はこの人が好きではないけど、だからって人の目に晒された状況で恥をかかせるというのもなかなか気分が悪い。

 本当はあまりこういうことはしたくないんだけど……でもまあ、美咲の気分が悪そうなのに放っておくこともできなかったので仕方なし。


「そうですか、失礼しました。では、打ち合わせを続けます──」


(ありがとう)


 美咲が私にだけ聞こえる小さな声でそう言ったのを耳にして、私は打ち合わせを進めていった。




 ──…………。


 それからは特に問題もなく打ち合わせは終了した。

 明日の壮行会に当たって不安なことは一つも残っていない。


 けど、やっぱり先ほどの相沢さんの視線は少し気に掛かる。

 美咲の顧問とのいざこざの件、相沢さんも当事者の一人だ。しかも加害者側。

 少なからず思うところはあるのかもしれないけど、私に言わせればあの件で美咲が誰かから恨まれるようなことは何もない。

 あるとしたら、それが問題になって顧問が学校を追われたぐらいのものだ。

 私に言わせれば自業自得だけど。


 ……いや、あれはむしろいなくなったことを喜ばれるような人だったし、それはないか……。

 

 けど、ならさっきの視線は一体……。


 まさか、逆恨み……?

 

「さっきはありがとね、柊和」


 私の思考は美咲の一言で中止された。

 打ち合わせも終わり、私たち生徒会は本番に向けた確認をしようと、生徒会室に戻ろうとしていた。

 ちなみに会議場となった教室の戸締りがあったので、護と霧華は先に戻らせている。


「別にいいって、あれぐらいは」

「でも、柊和ってああいう強引な手段は好きじゃないでしょ?」

「必要ならあれぐらい別に……」

「はは、柊和って自分の印象操作とか器用なことしてるのに、変なところで急に不器用になるよね」

「うっさい」


 言われなくても嫌というほど自覚してる。どんな時でも合理的な判断に乗っ取って動ければ、私は何も悩むようなことなかったのにと、何度思ったことか。


「柊和はやさしいからね」

「甘いだけでしょ……他人(ひと)にも、自分にも……」

「自分に甘い人はそんなこと言わないと思うけどなぁ」


 こうやってひたすら肯定され続けるのはむず痒くてしょうがない。

 時々護に自分から私を褒めろというときはあるけど、自分で求めるのと他人ひとから自発的に言われるのでは大きな違いがある。


 その時だった。


「ねえ‼ ちょっといい⁉」


 そうして私が美咲の褒めを受け流していると、背後から声がかかった。

 それも、大きな声。まるで怒っているようにも聞こえたけど、おそらくこれは、なにか覚悟を決めて緊張したせいで声が大きくなっただけだ。


 振り返ると、案の定、相沢さんがいた。

 美咲は、相沢さんを確認しても冷静な態度を崩さずに返事をする。

 冷静、だ。

 そこには怒りも強がりも感じられなかった。


「……何?」

「あの……ちょっとでいいから、加賀と話したいことがあって……」

「この場でいいの?」

「出来れば……二人で」

「分かった」

「美咲……」


 相沢さんにうなずく美咲に私は少し心配になり声を掛けた。

 しかし、美咲は私に大丈夫と視線を返す。


「柊和は先に戻ってて? 話は少しだけらしいし、私もすぐに戻るから」

「……そうですか。分かりました」


 不安は残るものの、確かに私がいては話の邪魔になってしまう。

 でも、相手はかつて美咲を陥れた人間だ、私はそんな人が何をするつもりか身構えてしまう。


(なにかあったら呼んで。すぐに向かうから)

(うん、ありがとう)


 私はすれ違いざま、美咲にだけ聞こえるようにそう伝えてその場を去った。

 少しだけ嫌な予感がしたから、引き返して美咲が相沢さんと話すのを引き留めたい気持ちを抑え、なんとか振り向かないようにして。

 

 嫌な予感……それは——

 もしかしたら美咲が、私たちのもとから離れていってしまうんじゃないかという、何の根拠もない、けど、なぜか無視できない予感だった。

 



 ──…………。


 柊和が離れてから少しだけ場所を変え、美咲と相沢はより人気のない場所を求めて無人の教室に入った。

 普段から使われていないそこは、掃除も甘くて少し埃っぽかったけど、二人はそんなことを気にするような心境ではなかった。


 それまで一言も声を発することがなかった二人だったが、教室に入りお互いに向き合うと、まず美咲から口火を切った。


「それで、話って?」

「……加賀っ」


 それを受け、相沢は素早く動いた。

 美咲に向かって腰を曲げ、深く頭を垂れる。


「頼む……っ!」

「……?」

「アンタに……バスケ部に戻ってきてほしい……!」

「……はぁっ?」


 出し抜けに放たれたその言葉は、美咲に動揺をもたらすにはあまりにも十分で。

 呆気にとられた美咲は、目の前で必死の魂願をする相沢を、ただ見つめることしか出来ないでいた。

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