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不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく  作者: 桜乃マヒロ
最終章

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お礼参り

「どうしようかな……」


 印刷室で解散した後、思い直してすぐに巴先輩の後を追ったけれど時すでに遅し。

 印刷室の周囲にはすっかり影もなく、部室へと向かうと既に鍵は閉められており、どこを探そうと巴先輩は見つからなかった。 

 それ以上巴先輩を探すことを諦めた僕は、意味がないだろう事を自覚しつつも巴先輩に話をしたい旨のメッセージを送り、一度帰宅することにした。


 ……まさか先輩にああも強引な手段に出られるとは。

 僕にしては珍しく強固な意志を持って離れようとしたのに、まさか反発するように僕より強引な手を返されるとは思っていなかった。自分の意見を強行してみせるだけのパワフルさがあれば不器用というのは弱点になり得ないらしい。


 僕が約束を守るまで……あくまでも巴先輩自身のためと言われたら、僕が口で説き伏せるのは難しい。かといって巴先輩に納得してもらう以外に解決する手段もない。実力行使というのは……巴先輩相手には、できる限りしたくない。

 あちらの言い分に非がない以上、色々な判断を天秤に掛けたとしてもその選択を採る可能性は限りなく低い。


 巴先輩の厚意を無碍にするなんて本来なら論外だけど……それでも。

 笑うのも、安らぐのも、楽しむのも、胸を打たれるのも、絆されそうになるのも、何一つとして僕は自分に許せない。

 必要なら繕って、誤魔化して、どうにか間に合わせて。

 そうして段々と自分を殺して、少しずつ何も感じないままに行動できるようになって……。

 そうなれないと、姉さんが目覚めるより前に僕が壊れてしまうだろうから。

 多少の無茶は問題ない。体の頑丈さには自信がある。体の丈夫じゃない母さんだって数ヶ月持ったのだから、姉さんが目を覚ますまでの間くらい……。


 ――頭の中で浮つきそうになる思考を黒く塗り潰していく。


 考え事をしながらでも周囲の様子はしっかり見えている。

 それは僕が姉さんと違って冷静だからと言うわけではなく、姉さんほどの集中力を発揮できていないから。

 下駄箱で靴を履き替え、校門へと向かう。

 道中すれ違う生徒から帰りの挨拶を受ければ、『より自然になるように』心懸けたにこやかな笑顔を浮かべて挨拶を返して……今日はそれがいつもより少しだけ胸が苦しくなるような心地がして。


 学校の敷地を出れば生徒とすれ違うこともなくなって、少しだけ息がしやすくなった。

 ただ、それでもまだ気は緩められなかったので、もっともっとと人が少ない路地を選んで家までのルートを進んでいく。


 不意に、暗く沈んでいた感情に一欠片の懐かしさが浮かんできた。

 緩慢な動きで辺りを見回すと、すぐにとある記憶が思い浮かぶ。


 ――ああ、そうだ。そういえばこの道、一年前に美咲さんが元バスケ部の顧問と……。


「おい」


 不意に背後より、若干苛立ちを孕んだ剣呑な男の声が聞こえてきた。


 ……冗談だよね? 

 まさか一年越しに復讐でも……いや、それならわざわざ声はかけてこないだろう。

 というかあの人もう外に出てたんだっけ……出てなかったとして、また繰り返した時は再犯でさらに重い判決だと思う。まぁ、不意打ちを狙われた所で事前に察知するのは訳ないし、襲ってくるだけなら問題はないんだけど。


「耳聞こえてんのか? それともビビって振り向けねえか?」


 考え事をして振り向くのが遅れると、男の声はさらに苛立ちを加速させていた。

 というか……なんだか声が若い。

 例の顧問ではないようだ。

 そう思って振り返ると、想定の斜め上を行く光景が広がっていた。


「わ、改めてみるとがちイケメン~」

「チッ……ノロノロしやがって、聞こえてんならとっとと振り向けや……」

「イケ、イライラかよ。笑うわ~」

「な~」


 ……見覚えのない柄の悪い四人組がそこに立っていた。

 特別苛ついている『イケ』と呼ばれたリーダー格の男が一人、僕の顔をマジマジと眺めている女子が一人、軽薄な態度でリーダー格の男子に控えている男が二人。

 顧問でないならないで、とんでもない偶然には違いないな。この道は歩くだけで何かしら面倒な人物に絡まれる呪いでもかかっているのだろうか?

 ……まぁ人通りが滅多になくて、誰かを襲うには都合がいいというだけの理由だろうが。


「何か御用ですか?」

「あるから声かけてんだろうが」

「ですから、何の御用で?」


 あるかどうかは聞いてない。

 笑顔を張り付けるのはここ数週間ですっかり慣れてしまっていた。こんな手合いに馬鹿馬鹿しいと思いながらも、笑って強気に出ると、向こうはわかりやすくピリピリし始めた。


「テメェ、いい度胸だな……?」

「ありがとうございます」

「「「「…………」」」」


 にこりと笑ってお礼を言うと四人とも違った反応を見せる。

 紅一点の女子は愉快そうに笑みに顔を歪め、取り巻きの男二人は怯えない僕にようやくイラつきを覚え始め、リーダー格の男は何かが切れたような目つきでこちらを見つめていた。


「用事か、そんなに気になるなら教えてやるよ」


 正直、言われなくても状況を鑑みれば用件なんてわかり切ったようなものだけど……。

 あちら様はそんな状況でものんびりした僕にははっきり言わないと伝わらないと思われてしまったらしい。

 僕の顔が驚きに歪むのを楽しみにしているのがありありとわかる下卑た表情を浮かべて、イケと呼ばれた男は脅すように口を開いた。


「お前に、お礼参りしに来てやったんだよ」


 堂々とキメ台詞を誤用してにやにや笑うその面が、マヌケっぽくて少し面白かった。

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