美咲とバスケ部
── 10月17日 15時45分(勉強会の翌日) 橘柊和 ──
「部活動……壮行会?」
私が告げたその企画にただ一人、美咲だけが惜しげもなく嫌そうな顔をしてみせた。
──…………。
放課後の生徒会室。
集まった役員に向けて、私はある企画について説明することになった。
『部活動壮行会』
部活動にもそれなりに力を入れている我が水仙高校では、それなりの数の部活が毎年それなりの結果を出している。
なので、私たち生徒会主導のもと、活躍している部活動を全生徒で応援し、各大会に送り出そう! ——と、言うのが本企画の趣旨である。
毎年恒例のこの行事は授業時間を使って行われるので、私も去年は参加した覚えがある。とは言っても、知り合いのほとんどいない私にとってあまり感慨もないイベントだったので、用意されたタイミングで周りに合わせて拍手をしたくらいしか記憶には残ってないんだけど。
しかし、そんな私も今年は生徒会長だ。
夏に活躍した部活動の表彰をしつつ、冬に大会を控える部活動を応援する壮行会を、私たちの手で行わなければいけなくなった。
といっても、毎年恒例のものなので表彰や応援する部活が入れ替わることはあっても、やること自体はもともと決まっていて、新しく何か決める必要はない。
言ってしまえば、やるべき仕事が最初から決まっているので、一から企画を考える必要も許可取りに走る必要もない、そこまで難しい企画ではなかった。
──なので、本来は名前を挙げただけでそこまで美咲が嫌な顔をする理由もないはずなんだけど、勉強会を企画したときよりも遥かに嫌そうな顔をする美咲がそこにいた。
まあ、そこまで嫌そうな顔をするのは企画ではなく、美咲自身に問題があるということも、何ならそれがどういう問題なのかまで知っていた私は、『部活動』という名前を出しただけで美咲がそんな顔をするだろうな、ということまで予想出来ていた。
「部活動壮行会では、最初に表彰や激励を受ける各部活の部長、副部長たちと打ち合わせがあるから、会長副会長の私と護はもちろん、議事録作りで書記の霧華に、会計の美咲にも細かな仕事があるから参加してもらう必要があるんだけど……」
「だけど……ですか?」
この場で唯一事情を知らない霧華だけが、私が言葉を濁した意味を分からないでいる。なぜ、私が美咲に遠慮しているのかを。
「美咲は……今回は無理して参加しなくてもいい」
「うん、それは僕も賛成かな」
「え?」
「…………」
私がそう言うと、護は自然にその言葉を受け止め、反対に霧華は不思議そうに、そして当の美咲は少しだけ目を伏せた。
「細かな仕事って言っても大変なものではないし、私が会長の仕事と並行して打ち合わせの段階で片づけるから……」
「いや、やるよ柊和、護君も。私はもう、大丈夫だから」
「……そっか」
「…………」
「それに私にも一応、応援したい気持ちはあるしね」
「美咲……」
「そうですか……」
けど、目を伏せていた美咲はすぐに顔をあげ、私達の目を見てそう言った。
……うん、どうやら私たちの方が少し神経質になってたみたいだ。
「ありがとね、心配してくれて」
「ううん、むしろ余計な心配だったかなって」
「そんなことないよ? 選択肢があるだけでも結構違うものだから」
「そっか、ならよかった」
私達だけで遠慮なく進められていく会話についていけない霧華が、一人どうしていいものかと悩ましげな顔をしていた。
──…………。
「バスケ部……ですか?」
「そ。私、前によくない形で辞めちゃってるから、顔会わせると結構気まずいんだよね」
壮行会の件で必要な話が終わると、今日はもう残った仕事もなかったのでその日は適当に解散となった。
護だけは、買い物と溜まった家事を片付けたいとのことで一人先に帰ったけど、私と美咲は残って霧華の疑問に答えてあげることにした。
「そういえば前にもそんなこと言ってましたね……」
「前っていうと、あれかな? 生徒会で初顔合わせの時」
「はい、美咲先輩は高校に行ってもバスケ続けてると思ってたので、帰宅部だったのが意外で、よく覚えてました」
「続けてはいたんだけどね……」
「……やっぱり、何かあったんですか?」
その霧華の質問は当然のものだった。良くない形で部活をやめるには、それ相応の理由が必要だから。
「うん、私、当時の顧問と折り合い悪くて。それで、色々」
「そうだったんですね……」
「もう顧問もいなくなったし、戻ろうと思えば戻れるんだけど……部員の中にもその時の色々で顔合わせづらい人がいてさ……憎んでるわけじゃないんだけど」
「だから、柊和先輩は無理しなくていいって……」
ここでようやく霧華も先ほどまでの会話に合点がいったようだ。
「そーゆーこと、しかも一番顔合わせたくない子が今となっては女バスの部長だからさ。柊和が心配しちゃうのも当然だよね」
「美咲先輩、本当に大丈夫なんですか?」
「ん……大丈夫。ただ気まずいってだけで、もう今となっては、それ以上の問題はないし。それに今の私には、もう生徒会っていう新しい居場所があるから」
「そうですか……うん、確かにここは良い居場所ですね」
そういって優しい顔を浮かべて納得する霧華だったけど、どこか寂しそうな顔にも見えた。
なんとなくその理由もわかる。
美咲がどれだけバスケが好きだったかは、部に関係のなかった私でもそれなりにわかっているつもりだ。中学で一緒にバスケに励んだ霧華には、それがもっとわかっているのだろう。
だから、そんな美咲がバスケからよくない形で離れたと聞いて、それがもう片付いた問題だったとしても、言葉にならないやるせなさがあるんだろう。
でも、優しい顔を浮かべたのも真実だ。
今美咲が立っているこの場所は、私たちにとっても大切な居場所になりつつある。
美咲のこの場所への想いが嘘も無理もない純粋なものだと、心からそう信じられる。
「ま! あっちにとっても終わったことだし、面倒なことはもう何も起こんないでしょ!」
……そう明るく笑う美咲だったけど、私の方はまだ少しだけ心配だった。
だって、美咲はもう気にしていない風ではあるけど、あの時美咲を陥れたのはなにも顧問だけという訳じゃない、部員の中にもそういう人間は複数いた。
そしてそんな人たちの何人かは、まだバスケ部で現役の部員として残っている。
その最たる一人が、女子バスケ部の部長、相沢果南。
件の問題において、今現在この学校に残っている加害者の一人だ。
私はまだ、あの人への不信感を拭えていない。
悪辣な顧問と一緒に美咲を傷つけた、張本人なのだから。




