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不良先輩と善良後輩 前編

 ── 12月9日 放課後 阿久津巴 ──


 あれからまた数日、休みを挟んで新聞部の記事作りは続いていた。

 その間、あいつの疲労は日が経つにつれて深刻になっていく。

 土日を挟んで今日再び顔を合わせた時には、休んで良くなっているどころか更にやつれたように見えるほどで、もはや心配してるしてないとか論じるのもバカらしくなって思わず『大丈夫か』と心からの声を投げかけてしまったほどだった。


 まぁ、心配を露わにしたところで反応は苦笑いが返ってくるばかりだったが。

 あれだけ色々言われて多少自分が心配していた気持ちを認められるようになってきたというのに……。

 私が心配していたのだとしても、それが何の役にも立っていないことは火を見るよりも明らかだった。


「──何をそんなに根を詰めてんのか知らないけど、今の君相当顔に疲労が出てるよ?」


 相も変わらずデータ取りに二人で駆り出された私たちは、横並びで歩きながら話をしていた。


「面目ないです」

「お、ちょっと上手い……じゃなくて、そんなに酷いなら、もう作り笑いで隠し切れるほどじゃないでしょ?」

「いえ……体力が自慢なので、これくらいじゃバテるにはまだまだです。今はちょっと……阿久津先輩だけだし、少しは大丈夫かなって甘えただけで……」


 ふぅん……まぁ、後輩にそう信頼してもらってんのは……別に、嫌でもないというか……。

 まぁ多少無茶しても、こうやって誰かが近くで様子見てれば何とかなる……いや、待てよ?


「って、あぶな……そうやって本当に甘えたこと言って誤魔化す気?」

「そういうつもりはなかったですよ。本心です」

「故意は重要じゃないから。君がそういうこと言えば大抵は気を良くして誤魔化されるでしょって話」

「あぁ……えっと、狙ってはいませんでしたよ?」


 だろうな。狙ってというよりは、天然でそういうこと連発してくる性質なのはもう十分わかってる。

 ああやって相手にクリティカルで刺さる言葉を口にして、自分への心配や不安といった追及をするりと躱すのが橘護流だ。


「あぁ、あと……」

「はい?」

「巴でいい。今更だけど……私、苗字好きじゃないし」

「あ、わかりました。僕も護と呼んでもらって大丈夫ですよ」


 特に深い意味はなく私が提案すると、橘弟……護の方も、特に特別な感じはなく頷いて見せた。

 護に倣って言えば私はもう、先週の話でコイツのことは懐に入れているようなものだし。いつまでも『橘弟』と特徴で呼ぶのはなんだか違和感を覚え始めていたのだ。

 それにしても、やっぱ護は女子に一切臆さないな。

 それこそ本当に今更な話ではあるか。


「なんだか不思議な感じですね」


 と、思ったら何やら意味ありげな話をし出した護。


「不思議って、名前で呼ぶのが? 慣れてると思ったけど、加賀とかもそうだったし」

「いえ……巴先輩はまだ姉さんの友達って訳じゃありませんし、僕と友達かと言うと……その枠組みとはまた別な気がして。だから悪いって話をしてるんじゃないですけど……」

「わかってる、悪いようには受け取ってない」


 遠慮がちに誤解のないよう恐る恐る伝えてくる護に苦笑する。私も護を友達と言うと少し違和感がある。友達というよりはもう少し異質で、だからと言って距離が遠いとか近いとかでもなくて……。

 などと色々考えはしても、結局名前などにこだわりはないんだから、安直にそのままでいいのだ。


「……まぁ、橘柊和は関係なくても、私は君の先輩で、君が私の後輩で。それだけで十分でしょ」

「姉さんの関係しない先輩……うん、やっぱり新鮮です。でも、そうですね。巴先輩は僕も、友人よりそっちの方が凄くしっくりきます」

「しっくりね……」

「はい、面倒見が良いので、キャラ的にもあってますし」

「私に不良より似合う名前があるとは知らなかったよ」

「不良が似合うとは、僕は一度も思ったときないですけどね」

「不器用で不愛想、でしょ? なんか、そっちの方が遠慮ない気もするけど」


 以前より気安く軽口を叩き合いながら仕事を進める。

 この時間が多少なりとも護にとって気の休まる時間になっていればいいがと思いながらも、自分も普通に楽しんでしまっている。


 そんな時間を心地よく感じていると──ふと、その中に異音が混じり込む。


 ──〜♪


「……はぁ」

「あ、この着信音……?」


 以前も耳にしたことのあるメロディに、護が反応する。

 最近は一層多くなってきたそれを煩わしく思いながらも、私はスマホの電源を切って誤魔化した。


「また出ないんですね……今度は電源まで切って、大丈夫なんですか?」

「大丈夫……とは言い切れないかも」

「?」


 私の煮え切らない態度を前に首を傾げる護。

 私は少し考えて、事情を話しておくことに決めた。


「相手、前は良く外でつるんでた不良連中でさ」

「……あぁ」

「ほら、ここ最近は私も新聞の手伝いで忙しかったし、あっちに顔出せてなくて……まぁ、それがなくても最近少し私を見る目が気になってたから、遠ざけてたけど」

「見る目ですか?」

「私、美人でしょ?」

「異論はありませんが、言い切りますね……ただ、言わんとすることはわかりました」


 それは話が早くて助かる。

 話がしっかりと伝わったことに安堵しながら、私は一つ新たな悩み事を零した。


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