一週間 前編
── 12月2日 9時○○分 東雲霧華 ──
柊和先輩が階段で転んだ最悪のあの日から、一週間が経ちました。
今もまだ、柊和先輩は目覚めていません。
あれからずっと、柊和先輩は病院の一室で眠り続けています。
容体は安定していても目が覚めない……それだけの状態が早一週間ほど続いているのです。
あたしも本当なら柊和先輩に四六時中つきっきりで付き添いたいところですが、現状は毎日お見舞いに足を運ぶのが精一杯。
ただ現状、そんな風にお見舞いに行けるだけでも恵まれている方です。
あたしたち生徒会役員や、一部柊和先輩と特別な交友関係にあったご友人の人たちを除いて、柊和先輩の現状は詳しく伝えられていません。
ただ一言、「療養中につきしばらくお休み」とだけ。これについては、柊和先輩が持つ生徒への影響力を恐れての配慮です。
もし今、柊和先輩が入院中と多くの人に知られて、病院の場所までバレてしまったら?
柊和先輩の人気は伊達ではありません。純粋な心配がほとんどなのはわかっていますが、それでも見舞いに生徒が殺到しそうなのは容易に想像がついてしまうのです。
なので、学校側は柊和先輩の休みの原因を公開しないことに決めたらしいです。
そんな中、護君や美咲先輩が伝えるべきと判断したごく僅かな身内だけは柊和先輩の現状を伝えられました。
具体的には当日に伝えられず、且つ例の打ち上げに参加する予定だった面々──家庭科部の剣崎先輩と伊波先輩、それとバスケ部の相沢先輩です。
三人とも翌日の代休に護君の方から連絡が行くと、元々二日目に姿が見えず連絡もつかなかったので心配していたらしく、すぐ見舞いに来てくれました。
昨日の朝から既に昏睡状態だったと聞いて、突然すぎる状況を前に三者とも現実を受け入れきれない様子で、ベッドで眠っている柊和先輩を見たようやく非情な現実から目を逸らせなくなったようでした。
美しい柊和先輩がベッドに横たわって微動だにしないその姿は、これまでにない程に作り物めいた様相をしています。
閉じられていても存在感のある目元、ツンと上を向いたままの美しい鼻梁、他者の視線を吸い寄せる整った形の唇、驚くほどきめ細かな白の中に火傷で浅黒くなった頬が目立つ完璧な肌のコントラスト。
倒れる以前より更に人形めいて映る先輩は、生気が薄くなっていくように見えて──。
だから……見る人に恐れを抱かせるんです。
柊和先輩は、今も本当に生きているのかって。
横で計器に示される鼓動の記録より遥かに、柊和先輩の無欠な美貌には説得力があるから。
毎日、毎日見舞いに行って。
その度に柊和先輩が生きてないように見えてゾッとするんです。
見舞いに来てくれた三人にもそれは同じだったようで、それぞれが非情な現実を突きつけられ、打ちひしがれていました。
しかし、剣崎先輩の声も、伊波先輩の声も、相沢先輩の声も、誰の声であっても柊和先輩は目覚めませんでした。
次第に名前を呼ぶ声が叫びになって、やがて嗚咽に変わっていっても。
それでも柊和先輩は、眠り続けていました。
そのように柊和先輩が目を閉ざしたまま数日が過ぎて……。
そして気付けば、早一週間が経ってしまいました。
お医者さんは言っていました。
この数日が重要な時期だと。
すなわち、あの日から数日が経ってそれでも目が覚めなければ、長期的な昏睡が現実味を帯びてしまうということ。
そうなれば本格的に、これから先何年も眠り続ける未来が、現実的な可能性となって見えてきてしまうのです。それこそ、先輩のお母さんが良い例となるように。
そんな大切な一週間が、あっけなく過ぎ去りました。
どれだけあたしたちが見舞いに通おうと、声をかけようと、手や頬に触れようと……柊和先輩は結局目覚めなかったのです。
とはいえ、です。
もちろん、一週間眠り続けたからといってこれから数年以上眠り続けることが確定したわけではありません。あくまでもその可能性が高まっただけで、もしかすると明日には何事もなくいつも通りの朝を迎えるかのように、何気なく目覚める可能性だって十分ありえるのです。
……それがわかっていても、待つ側であるあたしたちの心にはずっしりと来るものがありました。
これまであった数日という目安がなくなってしまったのです。
それはあくまで『重要な期間』として口にしていただけで、お医者さんも目を覚ます目安として挙げていたわけではなかったでしょうが、それでもあたしの中では数日中には目が覚める可能性が高いんだと希望にはなっていました。
それが過ぎてしまった今、次は数週間程度を目途に様子を見ればいいのでしょうか? それとも数ヵ月? ……年を跨ぐようになったら、来年にはあたしと柊和先輩は同級生になってしまいます。
それでも、目覚めるだけマシなのかもしれないと思えてしまうのが、現状がどれだけ最悪なのかを、物語っているみたいですね。
……そしてそんな状況でも、あたしたちは学校に通わなければなりませんでした。
例え柊和先輩が倒れても文化祭は行われたように、代休を過ぎれば通常授業の日々がやってきました。
そうなるともう柊和先輩の側に日中ずっと張り付くわけにもいきません。
頭に授業内容が入ろうが入るまいが、学生である以上登校は避けられません。
あたしたちの見舞いで柊和先輩が目を覚ましてくれるなら話も別だったでしょうが……効果があまりなさそうというのは、代休の二日間で嫌というほど思い知りましたから。




