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不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく  作者: 桜乃マヒロ
生徒会活動の日々

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美咲の好きな人

 ── 9月25日 20時10分 橘柊和 ──


「ねえねえ、やっぱり二人ともイチャついてなかった? イチャついてたよね?」


 眉を顰めた美咲が私にそう問いかける。

 護の部屋で一騒ぎあってから、私たちは二人を置いて先に一階へ降り、そのまま庭に出て一緒に頭を冷やすことにした。

 庭といえば、この前護に恥ずかしいところを見られたことを思い出した。


「二人はいちゃついてるつもりはないんだろうけど……少なくとも相性は思ったよりよさげだったね……自然にいちゃつくくらいには」

「まさかのめちゃんが伏兵だったなんて……完全に油断してた……」


 まだ動揺の影響が抜けきっていないのか、美咲は護に対するスタンスがぶれている。お姉ちゃん志望はどこへやら、その発言は完全に恋する乙女じゃないか。

 ……いや、恋する乙女が『伏兵』なんて少し物騒すぎるか。


「ん~? 伏兵ってなんのことかなー? 護のお姉ちゃんになりたい人はさっきのを見ても霧華の事伏兵扱いしないとおもうけどなぁ~」


 とりあえず、少し釘を刺すつもりで煽ってみる。

 『お前、少し気が緩んでるぞ』と。


「ぐっ……で、でもそういう柊和だってお姉ちゃんの身で護君に彼女出来たと思って動揺してたくせに!」


 忠告のつもりだったのに反撃された。

 この恩知らずめ。


「してません~! 私はずっと冷静だったもんね!」

「嘘だね! 顔には出て無いだけで本当はずっと放心状態だったの知ってるんだから! 勘違いだって分かってホッとしてたのもちゃんと分かるんだぞ!」

「そんなこと……」


『そんなことない!』と否定しようと思った。けど、美咲に改めて指定されてしまうと、なるほど私は確かに放心も安心もしていたのだと気づかされる。


「そんな……」

「……? 柊和?」


 あれだけ違う違うと言っておきながら、これでは本当にブラコンじゃないか。

 気が緩んできている、これは歪みだ、気づいた時には修復不可能になっているかもしれない。やっぱり私はそろそろ……。


「お~い、柊和~?」

「……ごめん、なんでもない」


 ようやく美咲に話しかけられていたことに気付いた私は、生返事を返す。

 そんな私を見て美咲は心配そうな表情をした。


「今日はよく考えごとしてるじゃん? そんなに深刻な悩みでもあるの?」

「いや、別にそういうわけじゃない……ただ決心がつかないだけで」

「なにそれ?」


 全く要領を得ない様子の美咲に、私は再度釘を刺すことにした。

 次の釘は少し深く刺さるやつだ。


「……美咲こそ、私の心配してる場合? 今回の事でいつまでもうだうだしてる場合じゃないってわかったんじゃないの?」

「……なんのこと?」

「もともと護はいつ彼女ができてもおかしくないんだから、本当に()られれるのも時間の問題かもしれないってことよ」


 さっきまであれほど取り乱していたんだ、いままでお姉ちゃんだなんだと全く行動してこなかった美咲も、少しは焦る気持ちが出てきたことだろう。 

 そう思っていた私だったけど、美咲の表情は予想と違っていた。

 予想では、顔を赤くして起こるか、取り乱すか、そのどちらかだった。

 でも、実際に美咲が見せたのは、寂しそうな表情だった。


「その心配はないよ。だって、護君は彼女なんて作らないもん」

「……それは」

「さっき焦ったのだって……その確信が揺らいだからってのが大きいだけで……」

「美咲……?」


 少し前、護が女子からの告白を断っていると詩葉先輩から聞いたことがあった。

 私はその日のうちに護に尋ねた、彼女を作らない理由を。

 でも、護は最後までそれを言葉にすることはなかった。

 あれは……本当に分からなかったからなのか……それとも……。

 

 自覚したのに、あえて言葉にしなかったからなのか。


「美咲は、護が彼女を作らない理由が分かったの?」

「うん。でも護君に聞いたわけじゃないから、あってるかは分かんないよ」


 それでも私には微塵も分からなかった、なのに美咲にはなんとなくでも分かった。

 これでは本当に私より美咲の方が姉に向いているのではないか……姉としてでなくとも、美咲の方が護の側にいるべきということなのでは?

 そんな考えが頭をよぎる。


 美咲は何も言えないでいる私を見ると、すっくと立ち上がった。

 そして私に背を向けたまま話し始める。


「分かってると思うけど、私の口からは教えられないからね。護君に嫌われたくないし。気になるなら何とか自分で気づいて」

「うん……。わかってるよ」


 私だって護の秘密を、護以外から聞き出すような真似はあまりしたくない。

 立ち上がった美咲はそれで部屋へ戻るのかと思ったけど、その場でまだ動こうとしなかった。


「……でも、やっぱり気になるんだね?」

「当たり前でしょ?」

「恋人を作らない理由が? 弟なのに?」

「弟だからこそだよ。護が悩んでるなら、なんだって力になりたいから」

「それはどうしても? なにがあっても?」

「どうしても、なにがあっても」

「そっか……なら……、あのさ、柊和」


 私の方に振り返った美咲は、一つ息を吐くとまるで天気の話でもするかのような調子で話し始めた。


「……私さ、護君のこと好きだよ」

「──は?」


 そんなこと──言われずとももちろん知っていた。


 けど、今までずっと頑なに認めなかったものを、何の前触れもなく急に認めた。どういうつもりか図りかねて、何の言葉も浮かばない。

 美咲はなんでそんな話をこんな気軽に始めたんだ?

 第一、話の脈絡はどこに行った。


「『今更急になんだ』って思ってるでしょ。わかってる、けど認めるよ」

「認めるって……」

「私は護君が好き。優しいし、料理は上手だし、笑った顔とか見てるだけでドキドキするし、それに私の事を守ってくれたし……本当に大好き。だから、もっと護君と仲良くなる努力も、私の事意識してもらえるような努力も、本当はやってみたいって思ってる」


 呆気にとられていたけど、美咲の話は耳に入ってくる。

 少し間はあったものの、特に難なく言っている意味理解もできた。

 

 でも、意外だと思った。そこまで強く想っているなんて。

 それになにより、美咲がその気持ちに前向きだなんて。

 美咲は護に対して『お姉ちゃん』としてのアプローチは積極的だったけど、今美咲の言ったような『恋人』になるためのアプローチは私の知る限り一切なかったのに。


「だったらなんで……」

「そうしないのかって? そうしたくない理由もあるからだよ」


 当然の質問を投げかける私に、やっぱり予想出来ていた美咲は先んじてそう答える。でも、私にはその理由が見当もつかなかった。


「なに……それ?」

「私さ、柊和の事も好きだよ」

「……はぁっ⁉」


 ただでさえ、今日は霧華も含めて散々爆弾発言の多い一日だった。

 だというのに、それらを軽く飛び越えてしまうような、ぶっちぎりで今日一番の爆弾発言に流石の私も大きな声を出してしまった。


 そんな……私も好きって……どういうつもりで……!

 それから、自分が庭で大きな声を出してしまったことに気付いてまた慌ててしまう。


「びっくりした?」

「えっと……、ええっ⁉ それは……どういう……!」

「……ふふっ。ふふふふふ、あっはははは!」

「……はぁ?」


 美咲がその場にしゃがみこんで、堪えきれないというように笑いだした。

 取り乱す私を見て笑い出す美咲に、段々落ち着きを取り戻すとともに、憤慨する気持ちが湧き上がってきた。


「だ……騙したの⁉」

「いや……! あっははは! 嘘をついたつもりじゃないんだけど……まさかここまで驚くなんて思ってなかったから……!」

「え? 嘘じゃないってこと……⁉ もう! なにがなんだか全然わかんないんだけど!」

「ふふふふ……いや、ごめんごめん。誤解しないようにちゃんと言うなら、柊和への好きは護君への好きと別物だよ? 恋愛感情とかそういうのじゃないから」

「なっ……紛らわしい……! っていうか、勘違いするって分かってて、敢えてあんな言い方したでしょ」

「うん」

「『うん』じゃない!」


 冗談のつもりでも、なんとタチの悪いことか。

 私は本当にびっくりしたっていうのに……!


 ぷんすか怒る私に美咲はへらへらと謝る。

 けど、一瞬だけそのへらへととした表情に曇りが見えた。


「ごめんって。……でもさ、せめてこのくらいは許してよ」

「……? 何か言った?」

「ううん? なにも」


 ごめんと言った後になにかまた言われたような気がしたんだけど……。

 まあ、今はそれはいいや。

 それより、話が大きくズレてるから、いい加減軌道修正しないと。


「で? 私が好きだったらなんだっていうの?」


 美咲は護と恋人になろうとしない、したくない理由に私を挙げた。

 そこまで言われても、まだ私は見当すらつかない状況から進んでいない。

 むしろより分からなくなってきた。


「そうだったね、笑いすぎてうっかり話しそびれるところだった」


 美咲はうなずくと、軽く深呼吸して調子を取り戻す。


「私は柊和の事も好き。……それはもちろん恋愛感情じゃない、友達とかそういう人に向ける親愛の好き。でもね、私の中で、柊和への好きは護君への好きよりちょっとだけ気持ちが大きいの」

「……な、なんで」


 さっきの誤解がまだ響いているのか、なぜか美咲に好きと言われると照れる気持ちが我慢できない。それに、護より好きときたもんだ。

 顔の赤くなった私には説明を求めるのが精いっぱいだった。


「柊和はさ、私が追い詰められたときに助けてくれたでしょ? 私たち、その時はまだ全然仲良くなかったし、私の部活の問題なんて柊和には何の関係もなかったのに、それでも私が困ってるからって手を差し伸べてくれた」

「そんなこと……あったけど……」

「護君ばっか優しいとこが目立つけど、柊和だって優しいのを私は知ってるもん。人と距離をとったりとか、優等生の皮をかぶってるとか、そういう話を聞いちゃうとどこか性格悪そうには聞こえちゃうけど、全然そんなことないもんね」


 しゃがみこんだまま私にそっと寄ってきた美咲は、私の両の手を取った。

 一年以上前のことを思い出しながら、その時の感謝を私に伝えるように私の手を自分の両手で包む。


「最初は私とだって距離をとろうとしてたくせに、私が困ってるって知ったら迷わず手を差し伸べてくれる人だって知ってたもん。柊和は助けてくれて、護君には守ってもらった。でも、最初に私に差し伸べられたこの手の方が、私はちょっとだけ好きなんだ……」


 私の方が少しだけ好きと聞いて、私は『なんで?』と尋ねた。

 その答えは今与えられた。

 けど、大事なのはそれでなぜ美咲が『護と恋人になろうとしないのか』だ。

 その答えは分からずじまい……。

 

 でも、その疑問にもすぐに答えがもたらされる。


「だからね。私は柊和に幸せになってほしいの。私が護君に好きになってもらって、私が護君を幸せにしたいって気持ちもあるけど。でも、その気持ちより少しだけ、柊和に幸せになってほしい気持ちの方が大きいから……今度は私が柊和に何かしたいって思うから」

「私に……幸せになってほしいから?」

「うん……それに、護君にもね……」

「護にも……」

「…………」


 美咲はフッと意味ありげにこちらを見て笑った。


『私に幸せになってほしいから、美咲は護に手を出さない』


 その答えは、『だから手を出さないんだね』と素直に納得できるものじゃなかった。

 私に幸せになってほしいことと、美咲が護に手を出さないことを結びつける理由がまだ明らかになっていないから。説明不足だ。


 でも……さっきと違って、いくつか見当はつくようになった。

 おそらく、美咲には私にとって護が、『誰かに取られては困るような必要不可欠な存在』に見えているんだろう。


 確かに一見『その通りだ』と認めたくなるような発想だけど。

 私たちは姉弟で、今の私には必要不可欠だとしても、いずれは離れてしまうのが自然なことで、ましてや恋人を作られて困るなんてことあってはならない。


 そんなまるで、私が護のことを──。


 ……いずれはそうやって離れるのが普通の事なんだ。

 常識から考えれば、美咲がそれで私に遠慮するのは普通じゃない。


 そしてさっきの意味ありげな美咲の笑み、あれが最初の疑問への答えを連想させた。


『もしかして護が彼女を作らない理由も私に関係が……?』


 その可能性は低くない。

 美咲は『護君にも幸せになってほしい』と言った。

 ならそれはもう……。


 でも、そんな連想もすぐに頭の中で否定される。

 確定もしていないただの予想で、都合のいい事実を作り上げるべきじゃない。


「私、柊和の事を全部知ってるわけじゃないから、私がしてることが正しいのかわかってないの。だから、今は様子見の段階」

「様子見……?」


 美咲はやっぱり私の目を見て話している。

 けど、その顔はどこか真剣な表情で、ヘラヘラした様子はもうどこにもない。


「もし、全部私の見当違いで、護君が柊和から離れて誰かと結ばれても、柊和の幸せとは本当に関係ないって言うなら、私はもう遠慮しないから」

「そんなことしなくても私は……」

「わかってるよ。柊和はこういう時いつも否定するの。『私はブラコンじゃないんだから』とか言って。……でも、私には、柊和は護君といる時が何よりも幸せそうに見えるの。それがどんな感情からなのかまでは分からないけど、それだけは間違いないって胸を張って言えるよ」


 美咲の目は、例えなにをしても揺らがないだろう確信を感じさせた。

 私は真っ直ぐなその目を見つめ返すことができない。


「私の目には柊和の幸せに護君は欠かせないように見えるの……。柊和こそ、一回護君のこと見直すべきだと思うよ。少なくとも、今日(のめ)ちゃんと護君がそういう関係じゃないって知って、柊和は安心したの。それがどういう意味なのか、目を逸らさずに言葉にしてみるべきだよ」


 なんとも痛いところをついてくる。

 今日初めて知った。美咲は私の予想よりもずっと、私の事を見ていたのだと。


 美咲はもう一度私に背を向けると、今度こそ家の中へ歩き出した。


「それじゃあ、私は戻るから……柊和も色々考えてね」

「…………」

 



 ──…………。


 美咲が家の中へ戻れば、私は庭にただ一人、ぽつんと残されてしまう。

 この時間の住宅地はそれはそれは静かなもので、街頭や家の灯りに照らされているから視界はそう暗くないというのに、私はそれなりに心細さを感じていた。


「はぁ……」


 九月ももう終わりだというのになかなか終わらない残暑のせいで、庭の空気は生温い。それなのに風一つ吹かないものだから、生温い気温も相まって、まるで私の吐いた息がその場でずっと淀んでいるようにすら思えてくる。


『──柊和も色々考えてね』


 美咲の言葉を思い出す。

 確かに今日の美咲の指摘にはいくつか頷かざるを得ない事実があった。

 護と一緒にいると幸せなことも、護に大切な人が出来てもいいなんて言っていたくせに、護に彼女がいなかったと知って安心したことも。

 どれも否定できない事実だ。


「それでも……私は……」


 私は姉だ。お姉ちゃんだ。

 ──姉は弟に依存してはいけない。

 ──邪な想いを抱いてはいけない。


 いい加減、看過できないほどに歪みが大きくなってきている。

 でも、私はちゃんとそれを自覚できている。


 少しずつ、少しずつ、なかなか決まらない決心が、決まりつつあるのを私は感じていた。

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