心の準備ができてない
── 9月25日 19時40分 橘柊和 ──
訳の分からない理屈で美咲に喧嘩を売られ、わちゃわちゃ二人で暴れていると、ふと気づいた。
「待って、護と霧華がいない」
「ええ?」
私の一言で美咲も攻撃をやめる。
「あれ、本当だ。どこ行ったんだろう?」
この家の一階はリビングにダイニングキッチンがついているので、一階にいる人間は洗面所や浴室、廊下かトイレにいる以外は見渡すだけで見つかる。
ところが見渡しみても、先に挙げた部屋を周っても見つからない。
「二階じゃないの?」
「ええ? でも二階は私たちと飛鳥さんの私室しかないよ?」
「私室! そういえば柊和の部屋は何度かお邪魔したけど、護君の部屋は見たことなかったかも」
「……まさか、自分の部屋に連れ込んだ……とか?」
「……なんだって?」
さっき廊下に出たとき、玄関に靴が残っているのは確認してある。つまり、残る選択肢は二階。私と飛鳥さんの部屋に行くとは考えづらいので……。
「柊和、すぐ確認しに行こう」
「うん、こんなところで喧嘩してる場合じゃない」
すぐさま確認せねば、まあ私たちも一緒にいるときに変なことするわけないんだし、心配しすぎだとは思うけども。
「一応、こっそり行こうか。一応、ね」
「わかった。確かに部屋で何してるかは確認しておきたいし……」
聞き耳を立てる悪いお姉ちゃんでごめんね護……。でも私の家でもあるんだからこれくらいは……。
「でも雲ちゃんと護くん、何の用事があったんだろう」
「……逢引きとか」
私はあくまでこの状況で考えられる自然な可能性を挙げたつもりだった。けど、美咲にはその自然な可能性が大きな打撃となったようだ。
一瞬ギョッとして、それから反論しだしたのだ。
「まさか⁉ そんなわけないよ! だって、あの護君とのめちゃんだよ⁉ 特に護君なんてどれだけモテても家事があるからって全然誰にもなびかなかったのに……」
「でも最近は生徒会の中でも特に一緒にいること多かったし……」
「そ、それはただ同学年だからなんじゃ……」
美咲の言うことはもっともだ、さっきも霧華自身私と美咲が二人でじゃれてるせいだと言われたばかりだし。
でも。
「そうかもしれないけど、確認しないことにはなにもわかんないのと一緒でしょ。さっさといくよ」
「わ、わかった……!」
私を先頭に階段をそっと上がっていく。息も殺すように細心の注意を払って進んでいく。
まだ九月なのに、心なしか足元が寒いような気がする。
「…………、…………!」
「…………」
すると、二階の方から声が聞こえてきた。
なにを言ってるかはわからなかったけど、まぎれもない護と霧華の声だ。
美咲も聞こえたのだろう、私の目をみて『聞こえた?』と確認を取っている。
私は声を潜めて美咲に答えた。
(聞こえた……! 本当に護の部屋から……!)
(もうちょっと近づこう! 何言ってるか分かんないから……!)
うなずくと、また声が聞こえてきた。
「………………護君!」
「………………霧華」
え。
まだ正確に聞き取れない距離ではあるけど、名前だけはなんとか聞き取ることができた。
え? 『護君?』 『霧華?』
ええ? さっきまで『橘君』と『東雲さん』だったよね?
なんで二人っきりになった途端下の名前で呼び合ってるのかな……?
……はっ! いやだめだ。護に親しい人ができるのは望むところだっただろうに。ついつい気を荒立ててしまった……。
いや、今のは内緒にされてるんだったら嫌だなってだけで。別に嫉妬とかそういうのでは断じて……。
一人言い訳をしていると、声にならない声が聞こえてきた。
「……~! …………~~‼」
今度は二人の声じゃない。後ろから服をぐいぐいと引っ張られてなんだと振り返れば美咲が軽くパニックになっていた。
(どうしよう! ホントに、本当に付き合ってるのかも! やだやだやだ! 護君奪られちゃったぁっ!)
(なにが……いや、そっか)
つい、何が『奪られちゃった』だ。と、言おうと思ったけど、奪られたのが『弟が』じゃないのなら、確かに美咲がそれを言うのは正当だと思って、口を噤む。
護に美咲と同じ意味で『奪られた』と口にした時、それが許されないのはこの世界で私だけなのだ。
(まだそうと決まったわけじゃないから、確認しないと……!)
(うぅ……! 怖いよぉ……!)
(ぐずぐずしないの! ほら行く!)
そうしてとたんにへっぴり腰になった美咲を強引に連れ、ドアの方へ近づく。
くそ、無駄に防音仕様なせいで張り付かないとしっかり聞き取れない……!
仕方ないので美咲と二人でドアにへばりつく。
すると何とか中の会話が聞き取れた。
「いや? 負けないどころか不通に僕の方が好きだけどね」
「いやいや、確かにまだまだ浅いけど、熱意だけはあたしだって負けないもん!」
「いいや、悪いけどこれだけは譲れないよ。僕の方が好きだ」
「そんなことない! あたしの方が好き!」
「僕の方が好き!」
「あたしの方が好き!」
「僕の方が!」
「あたしの方が!」
……………………ああ。
──ぱたん。
そんな軽い音が聞こえてきた方を向けば美咲が倒れて気を失っていた。
めちゃくちゃ安らかな寝顔。
『死んでるんだぜ。』ってどっかから聞こえてきた気がする。
いや、死んでないが。
むくり。
あれ、起きた?
ガチャリ。
ドアノブ回した。
そっ。
ドア開いて。
すぅぅぅぅう。
息吸って?
「だめえええぇぇぇぇええ‼」
あぁ……。
これは、お隣さんに謝らないとかも。




