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不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく  作者: 桜乃マヒロ
生徒会活動の日々

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おもいでめぐり 後編

 あたしが少し固まっていると、その間に橘君が説明を始めてくれた。 


「……その頃父さんが事故にあったんだ。それで、それまで住んでいた家に住みつづける余裕が無くなってね。母さんと姉さんと三人で引っ越したんだ」

「……そんな」


 橘君はそう淡々と告げた。なんて事のない日常の写真を説明するときと変わらない口調なのが、少し痛々しい。

 辛さや寂しさに慣れてしまっているように聞こえたから。

 

 あたしは橘君たちが二人暮らしなのは知っていたけど、その経緯は詳しく聞いていなかった。

 二人の両親が何らかの理由で不在になったところを『飛鳥さん』に救われたという話を聞いたことはあったけど、両親に関する話は避けていたのか、あまり教えてもらっていなかった。

 

 そっか……お父さんは亡くなってたんだ……。


「そんなことがあったんだね……」

「東雲さん、今日、姉さんが同級生の人と話してる時に違和感があるって言ってたでしょ? 随分と丁寧だって」

「え? うん、言ったけど」


 唐突な話に戸惑ったけど、橘君の指摘を受けて思い出す。

 バレー部の部長と話している柊和先輩は、あたしたちと話すときの柊和先輩と違って見えた。


「転校する前まではそんなこともなかったんだよね。誰相手でも今の僕たち相手の気安い感じの姉さんだった」

「転校してなにかあったの?」

「……うん。まあ、色々ね。そしてその一つが……ここにある」


 色々……学校で何かあったとか? でも柊和先輩が? 全然想像できないんだけどな……。

 橘君は新しいアルバムを開く。


『柊和 アルバム 中学生ver』


 六年生のアルバムと、同じ雰囲気の装丁やタイトルだった。

 おそらくだけど、六年生から先のアルバムは、両親ではなく、橘君か『飛鳥さん』が作ったものなのかもしれないなとふと思い至った。


 橘君はアルバムの中にある写真を一枚指で示す。

 あたしはすぐに目で追った。


『柊和退院! 実家で退院のお祝い! これからよろしく!』


 そう明るい一文とともに、写真が一枚。


「真ん中の人が飛鳥さん。前にちょっと話した僕たちの叔母さん」


 満面の笑みを浮かべた女の人が、橘君と柊和先輩の肩を抱いて肩越しに両手でピースをしている。この人が飛鳥さん……。二人とはあんまり似て……いや、笑った感じは橘君に似てるかも?

 

 対して橘君と柊和先輩は少し困惑気味に苦笑いだ。

 けど、なによりあたしの目に留まったのは今挙げたどれでもなくて。


『柊和退院』


 その一文を読んだ時から、予感はあって、だから、まずあたしは柊和先輩の顔に注目して、そこから目を離せなくなって……。


 写真に写る柊和先輩には、それまでの柊和先輩との明確な違いがあった。

 他の部位と同じように、絹の様に美しい白い肌だった左の頬から首筋まで。


 ──そこに、くっきりと赤黒く変色した火傷の痕が残っていた。


 退院ということは、少なくとも火傷は生活に支障が出ない程度に落ち着いているんだろう。確かに、今の柊和先輩の比較的馴染んだイメージの火傷痕と比べるとまだかなり痛々しい見た目ではあったものの、その程度の違いしかない。

 それでも、この写真に映る柊和先輩は、火傷に対する意識があまりになさすぎるように思えた。

 強引な飛鳥さんに苦笑いをするその表情が自然に映ってみえて、それが却って違和感を感じさせる。


 だって、顔に火傷なんて人によっては死にたくなるほどの重篤な問題のはず。ましてや年頃の少女がまったく気にしてない訳が……。


「姉さんの表情、見てみてよ。入院する前の写真と全然雰囲気変わんないでしょ? 当時は火傷が顔に残ったことは特に気にしてないって、すぐに分かるよね」


 言われてみて、火傷する前の写真と見比べる。

 入院するひとつ前の写真は、制服を着て、その時住んでいた家だろうか? 室内でピースサインをしている一枚だった。


 比べてみても、確かに制服の一枚と退院後の一枚で違っているのは、服装と火傷の有無だけだった。

 退院後すぐの一枚でも、悲壮感などまるで感じられなかった。

 まるでもうすでに、火傷に慣れてしまっているかのように。


「退院して、またすぐに引っ越したんだ、今僕たちのいるこの家にね。元々の持ち主の祖父母はもう亡くなってて、父さんも亡くなったから飛鳥さんが相続することになってて、リフォームも一度してあって結構綺麗だったし、三人で済むにはちょうどいいからって」


 橘君の部屋を見回す。物が少ないけど、落ち着いていていい部屋だ。少なくとも古臭いとは微塵も思わなかった。


「それでまた転校して、けど今度は前と同じとはいかなかった……どうしたってあの火傷痕は目立ってしまうから」


 本人は気に病んでなかったらしいし、あたしみたいに悪いように思わない人もちゃんといる、それでも、火傷は立派なハンデになったらしい。


 初対面の人には、やはりその存在感は到底無視できるものではないだろう。そこに関してはあたしも同じだからよくわかる。

 嫌悪や疑問、いろんな感情が当時の柊和先輩に向けられてしまうのも、嫌な気分だけどあたしにも簡単に想像することができた。


 ……あたしだって、思いがけず柊和先輩の火傷を褒めるようなことになったけど、もし出会ったのが文化祭という特殊な日じゃなかったら、同じように事が進んでいたとは思えない。


「それでも姉さんってさ、恐ろしいほど頭が回るから、そういう環境でもどうすれば周りと上手くやっていけるか分かるみたいでさ。実際姉さんは、中学でも今と変わらず周りから好かれる人になっていったよ。……今と同じで、周りと少し距離のある優等生の姉さんにね」


 橘君の表情は、それまで淡々とした話し方に合うような無表情だったけど、柊和先輩の変化を話している間だけは、どこかつらそうな顔をしていた。

 なんだか、やるせないものを見ているような表情。

 当時、苦労している柊和先輩を見ているだけの状況が辛かったのかもしれない。


「そういう立ち回りに慣れていくうちに、今みたいな完璧超人な姉さんの側面が出来上がったんだと思う。多分だけどね」

「…………」


 なんだか言葉が出てこなかった。

 火傷が出来てからの柊和先輩は、可哀そうとも憐れむのも、流石だと憧れるのも、どんなリアクションをしても無神経な気がしたから。


「でも、それが悪いことばかりって訳でもないよ。少なくともそういう選択の果てに、今があるからね。僕たちが生徒会役員として知り合えた今や、姉さんが美咲さんや東雲さんと親しくなれた今が」

「橘君……」


 橘君は、何も言えないでいるあたしにそう優しく声をかけてくれる。

 その目線はまっすぐにあたしを見据えている。


「さっき、姉さんは火傷の事気にした様子はなかったって言ったよね。でもあれって、あの時は悲しんでる暇がなかっただけなんだよね。飛鳥さん以外に頼れる人もいなかった僕たちは、離れ離れになる可能性もあったぐらいで、色々なことに追い詰められた状況だったから」


 叔母の飛鳥さんに拾ってもらってからも、柊和先輩は悲しんでいる暇がなかった。時には火傷の事で辛い仕打ちを受けても、張りつめた心の糸には何も響くことがなかったほどに。


「だから、高校生になって生活にも余裕ができて、そんな状況になってから文化祭で初めて会った東雲さんに火傷の事を認めてもらえた。あの時泣いてる姉さんを見て、僕は後悔したよ。その時初めて姉さんが本当は傷ついてたって気づいたから」


 橘君は目を伏せてそう言った。


「だから前にも言ったけど、東雲さんには感謝してるんだ。東雲さんのおかげで、文化祭のあの日から、姉さんは心から火傷を誇らしそうにするようになった。それに、今となっては役員として直接支えてくれまでして」


 再びあたしの方を見る橘君は笑っていた。

 それから、アルバムを一つ手にとる橘君。


「今日アルバムを用意したのは、これまでのお礼と、これからもよろしくって想いからなんだ」

「そんなこと、お願いされるまでもないのに」


 柊和先輩の事をこれから支えたいのは言われるまでもないし、橘君と仲良くしたいのは今日話していて、もっと強く思うようになったくらいだ。


「そっか、余計なお世話だったかな」

「そんなこともないかな。このアルバムも、聞かせてくれた話も、今までのお礼っていうには逆に少し貰いすぎたってだけで」

「話っていっても、ただの昔話だよ?」

「それでも大事なお話だもん。わざわざ教えてくれたことが、あたしはうれしいの」


 そう言うと、橘君はまた目を伏せた。


「でも……全部はまだ話せてないんだ」

「うん、分かってる」


 なんで火傷を負う様な事になったのかとか、そのタイミングでお母さんがいなくなったのかとか、気になってることはまだ残っていた。


「でも、それはまたいつかでいい。またいつか話してくれるまで待つよ。今は貰い過ぎてるくらいだから」

「東雲さん……」


 申し訳なさそうな顔をする橘君にそう告げると、すこしだけ安堵したように表情を緩めた。

 そしてあたしは、そんな橘君に一つ提案をすることにした。


「で、貰い過ぎちゃった分のお返し……って訳でもないんだけど……」

「……?」

「せっかくこれからもよろしくって言ってくれたことだし……。柊和先輩とだけじゃなく、あの、橘君ともこれからもっと仲良くしたいなって……」

「…………」


 唐突な話にきょとんとする橘君を前に、なんだか先走ったんじゃないかと焦る気持ちが全身に駆け巡りだす。

 あたしは早口で訂正を入れる。


「あ、いや! 変な意図はないんだよ⁉ 前から柊和先輩の話をもっと聞かせてほしいなって思ってたし! 柊和先輩はもちろん美咲先輩とも仲良しで、生徒会の中であたしだけまだちょっと距離あるなとか、ほんの少し気になってたりしてたからちょうどいいかなってだけで……!」

「うん、僕からもよろしく」

「だから本当に……え?」


 怒涛の勢いで話しているなか、あまりにあっさりとした様子で言われたので、返事されたことに気付くまで少しのラグがあった。

 ようやく『よろしく』と言われたことに気付いたあたしは、思わずマヌケな声をあげてしまう。


「僕からもよろしくって言ったんだけど……やっぱり駄目だった?」

「そんなわけないよ!」

「そっか、よかった。実は僕も、東雲さんとはどこか仲良くなれるんじゃないかって思ってたんだよね。……なんというか、シンパシーみたいなの感じてて」


 橘君にとってあたしは意外にも好印象だったようで。

 でもシンパシーか。なるほど。


「それ分かるよ! 私も橘君が言いたい事が時々伝わってくるもん」

「そうなの? どんな?」

「なんていうかね……『姉さんは本当にしょうがないな……』とか、『やっぱり仕事してる姉さんは絵になるな……』とか」


 ちょっと声をかっこよくして橘君の真似をしてみる。

 橘君は少しだけ焦ったよう反応を見せた。


「ええ⁉ そんな姉さんの事しか考えてない人みたいな……!」

「あれ? 違ってた?」

「いや……心当たりはあるけど……」

「あっははっ、あるんじゃん!」


 あたしがけらけらと笑うと、橘君はムッとして反撃に出る。


「それを言ったら僕の方もあるよ! 東雲さん、姉さんと話してる時は好き好きってオーラが本当に目に見えそうなぐらいだし!」

「え! 嘘⁉ そんなバレバレだった⁉」

「うん。ただ、姉さんは慕ってくれてるなあぐらいにしか認識してないと思うけど」

「そっかよかった……良かったかな?」


 まあ、あたしもこの好きがどんな色をした好きなのか測りかねている今は、そっちの方が都合がいいとは言える、かな?


「それにしても……ふふ、やっぱり東雲さんとは仲良くできそうだね」

「そうだね……あ! じゃあ、一つ提案!」

「提案?」


 思いついて手を挙げたけど、なぜか改めて口にしようと思えば少し恥ずかしくなりはじめた。


「あのね……? 出来たらでいいんだけど……あの……皆そう呼んでるし……会長ですらその……そうだから……」

「……?」


 ぐ……男子の部屋で二人きりなんてシチュエーションも相まって変な雰囲気を感じてしまう……。別にそういう感じのお願いじゃないのに! なにくそ! 勢いでいってまえ!


「私も『護君』って……呼んでいい?」

「…………えっと、うん……」


 あれ? 橘君もすこし……。

 そう気づいたらなぜか途端に恥ずかしさが加速した。


「あぁ~! なんで護君も照れてるの⁉」

「いや! なんかいま変な雰囲気だったし……ていうか、()()()ってことは東雲さんも照れてたんでしょ⁉」

「それは……」


 むう、当然だけど痛いところをついてくる。


「っていうか! 私だけ名字で呼ぶのおかしいから護君も変えようよ!」


 都合が悪くなったら話を変えちゃおう! 最近そう習ったもんね。


「えぇ……? えっと、霧華……ちゃん……さん?」

「『キリカチャンサン』って誰?」

「だって、いつも下の名前で呼ぶ女の人は先輩とか目上の人ばっかだったから! 同級生だと慣れてないんだよ……」


 なるほど、確かに美咲さん……詩葉先輩……飛鳥さんも……。

 言われてみれば同級生の女子でも護君が下の名前で呼んでいる人はいなかったような気がする。


 Q:じゃあ柊和先輩と一緒で呼び捨ては?

 A:霧華……うーん、なんか偉そう……。

 Q:なら、『ちゃん』は?

 A:霧華ちゃん……うわっ、なんかはずかしい……!


「護君、思ったよりめんどくさ~い‼」


 あたしが爆発すると、護君は『心外だ』と言わんばかりの表情で反論する。


「霧華『さん』がまだあるじゃん!」

「ええ~? ちょっと他人行儀過ぎないかな?」

「霧華さん?」

「やっぱなんか違う! 全然偉そうじゃないから呼び捨てでいいよ! あたしが許すから!」

「本当に面倒くさいのはそっちなんじゃ……」


 あれこれと文句をつけるあたしを見て、護君はボソッとつぶやいた。


「何か言った?」

「いいえなんでも」


 聞こえてたけど、一度は聞かなかったことにしてあげよう。でも二度はない。

 という感じで、いい感じに話が落ち着いたところで、あたしは右手を差し出した。


「よし! じゃあ改めて。これからはもっとよろしく! 護君!」


 護君もそっと私の手を掴む。


「……うん、もっとよろしく。霧華」

「おっけ~! これからは『橘柊和マニア』の同士だね!」

「なにその認めたくないマニアは」

「だって橘君もあたしに負けないくらい好きでしょ?」

「いや? 負けないどころか不通に僕の方が好きだけどね」


 急に意地を貼り出す護君。


「いやいや、確かにまだまだ浅いけど、熱意だけはあたしだって負けないもん!」

「いいや、悪いけどこれだけは譲れないよ。僕の方が好きだ」

「そんなことない! あたしの方が好き!」

「僕の方が好き!」

「あたしの方が好き!」

「僕の方が!」

「あたしの方が!」

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