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姉弟の登校+1

 ── 9月5日 8時10分 橘柊和 ──


 お茶の時間も十分に堪能し(護の買ってきた栗羊羹は幸せを象徴するような味わいだった)、もう制服にも着替えたので朝の準備は終わり。

 鞄の用意は昨夜用意してあったので余裕を持ったまま家を出た。


 ちなみに、今日は平日──火曜日だ。

 火曜の朝、制服に着替えて向かうところと言えば答えはもう簡単だろう。


 私たちが向かっているのは私立水仙高等学校、私と護の通う高校で、一応地元では進学校と呼ばれている。

 実際偏差値は結構高いけど、国内最高峰の大学合格者をポンポンと出しているような学校ではない。

 なんというか、地元の主婦の人に「水仙高校に通ってます」といったら「まあ、頭が良いのねぇ」なんて返ってくる程度には賢いイメージがある学校というか。


 私は家から近い学校がここしかなかったし、勉強に関しても私の学力ならある程度のびのびとできそうという理由で、ここに通うことを適当に決めた。大体家の近さが八割くらい。


 ちなみに護もその一年後には私の後輩になっていた。

 おそらく家が近いの三割、私がいるの七割ってところでしょうね。ええ。


 ……まあ、さすがに冗談として、実際私がいるってのも何割かはあったんだろうけど、護は家事があるから遠くの学校に行く選択肢は最初からなかったようだ。

 中学の頃、三者面談で護の担任に『もっと家族で真剣に考えるように』なんて小言を言われちゃったと飛鳥さんが笑っていたのが懐かしい。


 家から二十分も歩けば学校に着く。

 その通学路を私たちは基本、毎朝一緒に登校している。

 毎日朝食も一緒に摂り、二人とも部活には入っておらず、日直や呼び出しみたいなイレギュラーが無ければ家を出る時間も同じなので、別々に登校する理由がないのだ。


 思春期の姉弟なら、ただ周りの視線が恥ずかしいとかの理由で別々に通う人の方が多いんだろうけど、私も護も昔から一緒にいる時間が多かったので、今更特に違和感はない。

 たった三人の家族ということもあって、仲良くなるのは必然だったようにも思えるけど、両親がいた頃から仲のいい姉弟だったので、あまり関係ないかも知れない。


 というか、現在進行形で家の中みたいな素の態度で気安く話せる人が、護と飛鳥さんと……あと数えるほどもいないので、護が一番落ち着くまであるし。


 そんなわけで、今日も変わらず二人で学校に向けて歩いている。

 今日は最初に口を開いたのは護だった。


「……姉さんさ、昨日はまた遅くまで起きてたでしょ」


 朝の話題としてはあまりさわやかではない。


「ん~? どうだったかなぁ……」


 確か昨日はパソコンの前で黙々と仕事をこなし、一息つこうと思った時点で、深夜の一時になっていた。その時はびっくりして喪失感が半端じゃなかった。


「十二時過ぎてもまだ部屋の明かりついてたよ」


 わざわざ聞かせる事でもなし、適当にごまかそうと思ったけれど裏はとってあるらしい、さすが私の弟。


「あはは、バレてた。まあ一時にはちゃんと床に就いたから……」

「姉さんは僕の心配してくれるけど、姉さんこそあんまり無理しすぎないでね。家事も出来る姉さんと違って僕はそっちのこと手伝えないから……」

「昨日遅かったのはたまたまだよ、キリのいいとこがみつからなくて……。いつもはちゃんと寝てるでしょ?」


 ただでさえいろいろと抱えてる護に私の心配だとかこれ以上負担をかけるわけにはいかない。

 話を変えたいな。えーっと、なにか……。


「あ、ねえ護、今日はちょっとだけ帰り遅くなるかもだから」

「え? なんかあるの?」


 帰りは時間が合えば一緒に帰るけど合わせたりしないので一緒に帰ることは多くない。しかし今日は一応用事があるので報告しておく。


「うん、先輩から大事な話があるから、今日の放課後に時間作ってほしいって」

「……へ? なにその呼び出し方、告白?」


 よ~し、食いついた。


「お、嫉妬した~?」

「そんなことないけど……」


 でも護はそっけない態度でそう一言。

 む。なんだ、可愛くないなぁ。


「まあ、全然そういうんじゃないんだけどね、詩葉(ことは)先輩から相談だって」

「詩葉先輩、ってあの例の三年の、八重樫(やえがし)会長?」


 八重樫詩葉(やえがしことは)、うちの学校の生徒会長を務める女子生徒で、いろいろ話題に尽きない人であり、縁あって個人的に仲良くさせてもらっている。


「そう、三年の女子の先輩、女の子で安心した?」

「女の人だから告白じゃ無いだろうって考えは古いんじゃ無い? 世はジェンダーフリーの時代なんでしょ?」

「なまいき~……!」

「とにかく、晩ご飯に遅れそうなら連絡してね」


 むぅぅぅ…………。

 少しは気にしてくれてもいいのに、さっきからなんかそっけなくない?

 いいよ、別に?

 私顔に目立つのあるけど美人なのは間違いないもん。

 彼氏の四、五人くらいすぐに作れちゃうもん。

 実際、アプローチならしつこいくらいあるんだからね!

 ……一年の頃は、だけど……でも今だってまだまだあるし!

 

 そうやってどうせできっこないって、高を括ってればいいよ!

 いざ私が恋愛にかまけて寂しくなっても知らないし!

 ……まあ、恋愛とか一ミリも興味ないけど!


 護の態度に私が一人ふてくされていると。


「それで、会長さんは姉さんに何の用なの?」

 

 護が質問してきた。


「さあ? なんか長くなるかもしれないから、都合のいい日を教えてほしいとは言われたけど、どんな話かは伝えられなかった。なんか忙しそうにしてて……」


 まあ正直予想はつくけど。


「そっか、まあ、面倒な問題じゃないといいね……」


 少しは気にしてくれているらしく、護は何ごとか思案しているようだった。顎に手を当てている、護が考え事するときの癖だ。


 私が一言返そうと思ったその時、護ではない明るい声が聞こえてきた。


柊和(ひより)! おはよう~」

「あぁ、美咲(みさき)。おはよう」


 スラッとした体形に快活でかわいらしい笑顔。さらさらのポニーテールを元気よく揺らしながら駆け寄ってくる彼女は、私の一年からのクラスメイト、加賀美咲(かがみさき)だった。


「護君もおはよ~。今日も一緒だね~」

「おはようございます、美咲さん」


 美咲は数少ない私の友人で、たびたび家に招くことがあった。だからか、護ともいつのまにやら仲良くなっていた。


「二人ともなんのお話ししてたの?」

「ああ、なんでも姉さんが三年の先輩に放課後呼び出されたらしくて」


 あ、護のやつわざと回りくどい言い方してる。

 案の定、美咲は面白いくらいに高いテンションで目を光らせた。


「何、告白⁉」

「ちがう、詩葉先輩から」


 途端に美咲は脱力する。


「な~んだ、柊和の浮いた話なんてひさしぶりだから期待したのに」


 美咲の言葉に今度は護が興味を持つ。


「え、前に何かあったんですか?」


 意外にも食いついた。


「え? 護君、柊和から自慢とかされなかったの? 柊和って一年生の頃から結構モテるんだよ?」

「一応、護にもそういう話はしてたはずなんだけどね」


 たしか話半分に聞かれてたような記憶がある。


「モテるのは昔からですけど、高校でそんな話……あれ、そういえばそうだったっけ……」

「モテるのは本当だよ~。一年の頃は本当に凄くて、今でもちょくちょくあるしね」


 案の定信じてなかったらしく、珍しく呆けてる。

 ちなみにそう肯定している美咲自身も、なかなか男子から人気だったりする。


「柊和~……護君からの信用薄いんじゃない?」

「別に信用してないわけじゃないですよ。ただ日常会話ではテキトーなこと言ってる場合が多いので、つい聞き流しちゃって」

「失礼な!」


 結構真面目な話もしてるぞ、私!

 まあ、護も冗談半分だと思うけど……。

 美咲は口に手をやって笑っている。


「あはは、そういう態度も護君への信用の表れだよね。護君への態度と比べれば、私に対してでもまだ少し遠慮あるように思えるもん」

「そうですか? 美咲さんにもかなり心を開いてるように思いますよ」

「護! やめてよ恥ずかしい!」

「えへへ、そうかな?」


 そういう話はせめて私のいないところでしてほしい!

 こそばゆくてしょうがなくなってくる。


「僕は家族だから特別ですけど、少なくとも、姉さんが家に連れてくるほど親しくしてる友人は美咲さんが初めてでしたよ」

「えへへ、あの時は護君、ご飯作ってくれたよね。いいなぁ、やっぱり私も護君みたいな弟欲しい! 護くん、私の弟になろうよ! ね!」

「おい」


 初めて私の家に訪れた時から、美咲は大層護を気に入ったらしく、たびたび自分の弟としてスカウトする。

 冗談なのも羨ましいのも本当なのは分かる、それでも私としては気が気じゃない冗談だ。

 それに『弟になって』なんて、美咲も大概()()()()()()。まったく。


「あはは、料理くらいうちに来てくれればいつでも作りますから」

「護が羨ましいのはわかるけど、あげないからね! 護は私の!」


 二人の会話に横入りして断ってみせると、なぜか美咲はそれを受けてニヤけはじめた。


「私のって……それじゃなんか所有権主張してるみたいじゃん? 私の男……みたいな?」

「私のお・と・う・とっ!」

「ホントは私のモノだって言いたかったんだろって~!」

「そんなことは……あーもう! 私の話はいいの!」


 いくら私とて、こうも護本人の前でいろいろ言われると恥ずかしい。


「ふふふ、からかい過ぎちゃった。それじゃあ話を戻して、八重樫先輩は何の用でお呼び出しなの?」


 にこにこして私を見ながら、美咲は話をもとの軌道に修正する。散々話を散らかしたのは自分のくせに……。


「……それが、呼び出されはしたけど何の用かは伝えられないままだったの。いつも以上に忙しそうだったけど」

「今はたった二人で生徒会運営してるんだっけ。ホント、八重樫先輩ぐらいだよね~。そんな状況でもなんとかできちゃうの」


 たった二人の生徒会、その言葉を聞いて頭に浮かんだのは、半年程前のこと、進級して前期生徒会が始まってすぐのことだった。

 八重樫詩葉、今では全校生徒の誰もが知るだろうその名が、いかにして学校中の生徒たちに広まったのか。

 要因はいくつかあるけど、とにかく彼女は話題に尽きない人物だったから。


 元々役員として生徒会に携わっていた詩葉先輩は、その美しい容姿と同学年どころか上級生と比べても一線を画す程に優秀な成績を収めていた彼女は、結構名の知られた人物だった。


 しかし、詩葉先輩が決定的にその名を私たちに刻み込んだのは半年前、彼女が生徒会長になってからのこと。

 彼女の下で役員として働いていた生徒四人の内、今も役員として働いている一年生を一人残して全員クビにしたり、実はまだ役員だった頃に裏工作をして教師をハメたなんて噂も立ったりして、ゴシップとしては話題性満点な人物だった。

 そして詩葉先輩と敵対したその全てが、彼女に頭を下げることになったのがまた伝説じみていたりして。

 

 その積み重ねから、周囲から詩葉先輩には逆らうべきじゃないと恐れられるようにもなったけど、そんな事件が目立つ一方で、彼女の率いる、というか詩葉先輩と残りの一年生で構成された生徒会はしっかりと実績を残していた。


 形骸化していた意見箱を復活させて適当に投稿された学校への不満点を即座に改善に乗り出し成果をあげたり、生徒会に直接相談にやってきた生徒の悩みを次々と解決に導いたり、とにかく過去に類を見ない程に活躍して見せた。


 結果、その積み重ねもあって、一時は生徒のほとんどから不信の目で見られた生徒会及び八重樫詩葉会長は、今では絶対的な好感度をもって水仙高校に君臨している。

 まあ、私は詩葉先輩と親交があったし、詩葉先輩が恐れられるようになった事件も真相は把握していたから、現在の様子も当然の結果として受け止められる。


 ——ところで、だ。


 九月になったばかりの現在、約半年の任期と定められている生徒会も、任期満了が目前となり、代替わりを待つばかりとなっている。


 いくら優秀な詩葉先輩といっても、受験を目前にこのまま続投というわけにもいかないだろうし、第一、後期の生徒会に三年生が務めるのはルール的に大丈夫だったかも怪しい。

 途中で卒業してしまう。

 詩葉先輩の後釜というバカみたいに高いハードルに挑戦する、意欲的な立候補者は今のところ誰かいるんだろうか。


 そういえば会長はこのタイミングで誰かを呼び出してたが気する。

 あぁ……誰だっけなぁ……思い出したくないなぁ……。

 人気の生徒会、決まらない後釜、動き出す現会長、呼び出される――


「姉さん!」

「私っ⁉」


 視界には心配そうにこちらを見つめる護と美咲。

 そして……。


「……ああ、もう着いたんだ。学校」


 呆けている私を見て美咲は呆れたように笑っている。


「柊和って、一度集中すると本当になかなか帰ってこないよね~、さすがの集中力っていうか」

「本当に危なっかしいから気を付けてほしいんですけどね……」


 感心するような美咲に対して、護は苦い顔をする。


「普段は八重樫先輩にも負けないくらい優秀なんだけど……で? 今度は何考えてたの?」

「いや、これ以上考えたくない、今だけでもそこから目をそらしたい」

「なにそれ?」


 美咲と護は訳が分からないというようにお互いの顔を見合っている。

 そんな二人を見ていると暗くなりつつあったメンタルが少しづつ和らいでいくような気がしてきた。


 うん! やめた! これ以上深く考えるのはよそう!

 どうせ放課後になれば全部わかるんだし、考え事はその時の私に任せよう!


 それにもし詩葉先輩にどんな頼み事されたとしても、大体のことは断らないだろうし、ね。

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