この姉弟は色々ひどい
柊和先輩の手作り料理を食べ尽くしてやろうと考えて、ソファから離れてテーブルに向かうと美咲先輩と橘君が話していた。
「パーティー用でここまで凝った料理作れちゃうなんて、もはや素人の域じゃないよね。護君、プロ顔負けだよ!」
「あはは、それは大げさですよ」
あたしも大げさじゃないと思う……。
美咲先輩と橘君か、いつも美咲先輩から『弟にならないか』って言い寄ってるけど、実際どんな関係なのか見えてこないんだよね……。
さっきも言ったように柊和先輩を焚き付けるための冗談にもみえるし、冗談にしては距離が近すぎるような気もする……。
柊和先輩を焚きつけてじゃれあうのはあくまで副産物で、本当の狙いが他にあるようにも見えるんだけど、でもそれじゃまるで美咲先輩が橘君の事を……。
「全然大げさじゃないって! 護君もっと自信持ちなよ?」
「そうですかね? 確かに、パーティーは僕も楽しみだったし、精いっぱい腕は振るいましたけどね。ほら、美咲さんの好きな中華もいくつか作ってみたんです」
「食べた食べた! どれもおいしくて、特にエビチリなんか味付けも完璧に私好みだった! ……ってあれ? 私、自分の好みとか話したことあったっけ?」
美咲先輩はきょとんとしてしまう。
「ないですよ。けど、美咲さんはいつも美味しそうに食べてくれるから嬉しくて……。次の機会は、美咲さんの好きな物を食べてもらいたいなって、姉さんに聞いておいたんです」
「……そっか、そんな、風に、思っててくれたんだ。ちょっと……感動、かも……」
美咲先輩はだんだん小さくなる声でなんとか返事をする。
そんな美咲先輩に橘君はなおも追撃の手を緩めなかった。
「美咲さん、今日もおいしそうに食べてくれてて……僕、美咲さんがご飯食べてくれてるとこ見るの、好きです」
「……~~っ⁉」
橘君から目をそらして、声にならない声を漏らしながら嬉しい気持ちを噛み締めて、その場でうつむく美咲先輩。
顔、赤……。
っていうか、あれぇ? なんかいい感じになってない?
え? 何この感じ。なんでかあたしまでちょっとどきどきしてきちゃった……!
あれが柊和先輩の言う『食虫植物』なんだろうか?
天然で女の子を口説き落とす凶悪な甘い誘い……。
本当に天然なのかなあれ……だとしたら素直が過ぎるでしょ……普通は照れちゃって伝えられないと思うんだけど、あんな言葉。
あたしに恋愛相談をしてきた友達も、皆あれに引っかかって……。
いやでも、相手は美咲さんだし、あれが特別なだけで普段はもっと控えめなのかな……。
あたしまでなんだか悶々とした気分になりつつあったけど、美咲先輩はなんとかその甘い雰囲気に抗おうとしたのか、急に場違いな声量で話し始めた。
「あ、あ~‼ やっぱ護君は理想的だなぁ~‼ 絶対欲しい‼ ね! 私の弟になって毎日私のご飯作って!」
「あはは……。そこまで評価してもらえるのは嬉しいですけど……」
「作ろう! 味噌汁とか! 毎朝!」
それほとんどプロポーズでは?
美咲先輩、絶対に冷静じゃないな……。
でも、今の露骨な態度であたしでも美咲先輩の意図が分かった。照れたからいつもの柊和先輩とのじゃれあいでうやむやにしようとしてるんだ。
その証拠に、柊和先輩に聞こえるように声も大きくしてるし、なんなら助けを求めるように柊和先輩のほう向いちゃってるし!
完全にメッセージだ、あのやりとり!
当然、こんなのが聞こえてきたら、柊和先輩は黙ってない……。
「…………え」
「…………?」
朴念仁の橘君はどうか知らないけど、少なくとも私と美咲先輩はいつもの通り、柊和先輩が二人に割り込んでくるのを予想していた。
けど……。
「………………」
──柊和先輩は先ほどのソファで、動く様子もなくずっとなにもない一点を見つめ続けていた。まるで、何一つとして耳に入っていないかのように。
「……ごめんね、護君、ちょっと待ってて」
「……え? わかりました」
橘君に一言謝って、美咲先輩は柊和先輩の前まで移動する。
そしていったい何をするのかとあたしたちが固唾を呑んで見守っていると……。
「………………」
「バァ~~~~~ッカ‼」
──柊和先輩の肩をつかんで、至近距離から大声で叫んだ。
傍から見れば奇行ともとれるその行為にあたしはびっくりしたけど、耳元で叫ばれた柊和先輩はもっと驚いていた。
「うぃっ⁉ び、びっくりしたぁ……‼ なに⁉ 急に叫んで?」
「なにじゃなぁい‼ なんでよりにもよって今、来てほしい時に来ないの! いつもは邪魔してくるくせに!」
「……? なんの話?」
「今私が護君と話してたでしょ? なんでボーっとしてんの‼」
「……はあ? なんで美咲と護が話してるだけで私が聞いてないとダメみたいになってるの?」
いや、その指摘は間違ってませんけど……。
「いまさら正論言うなぁ‼ いままでは絶対に私たちの会話聞き耳立てて、何かあるたび邪魔してきたくせに!」
そうなんだよね……。
この短期間で、しかも蚊帳の外の私でも感じるほど、美咲先輩が橘君にちょっかいかけると徹底して阻止してたのに……。
「……まあ、百歩譲って私が聞いてないとおかしいとしても、美咲にとってはそっちの方が都合良いでしょ? なんで怒ってるの?」
「そ……れ、は……」
護君が見てる前で『恥ずかしかったから助けてほしかったのに』なんて言える訳ないのに! 何て惨い質問をするんだろう、柊和先輩。
美咲さんが言葉に詰まると、その場は静かになってしまう。
その何とも言えない静けさに、橘君は言葉を挟んだ。
「姉さん、なにか考え事してた?」
「ん……」
「え……? ああ……柊和、また夢中になってたんだ?」
……?
あたしには何も分からなかったけど、美咲先輩はそれで納得したらしい。
少しだけ冷静さを取り戻して、柊和先輩の方を心配そうな目で見つめた。
「……うん。ちょっと、ね」
「ふぅん? ホント、柊和のそれはもう病気でしょ。それに今までだったら考え事してても気づいたのに、なに考えてたの?」
「ん~……内緒」
柊和先輩がそう口を閉ざすと、それまでの慌てた態度はどこへやら、美咲先輩はいつもの意地の悪い表情を浮かべていた。
「うわ、絶対エロいことだ、柊和のスケベ」
「はぁ? 違うわ! それに、私の知らないとこで人の弟に手を出そうとしてる女の方がよっぽどスケベでしょうが」
「恋人ならともかく弟なら別に問題ないじゃん!」
「あるわ!」
「ない! 大体、今のは柊和が居るって知ってたうえでやったんですぅ!」
「なんだそれ⁉ あてつけか!」
わーきゃーわーきゃー……。
少し柊和先輩が変だったけど、結局いつもの漢字に落ち着いた……落ち着いた? 落ち着いてはないか。
「姉さんのことが心配?」
あたしの心配そうな視線に気づいたのか、いつのまにかこちらまでやって来ていた橘君はそう問いかけてきた。
あたしは首肯で返す。
「大丈夫……とは言いたくないんだけどね。姉さん、集中力とかも人より高いから、考え事に夢中になるとすぐ一人の世界に籠っちゃうんだよね」
それこそ、耳元で叫ぶくらいじゃないと気づかないくらいに、と橘君は説明する。
「登校中とか歩いてる時でも、時々ああいう状態になっちゃうから、僕としては心配なんだよね」
「心配?」
「うん、いつか怪我とかしそうで」
「あぁ、確かにね」
『この前も痛い目見たばかりなのに』と護君がつぶやいたのが聞こえる。
さっきの美咲先輩の声も結構大きかったのに、気づかなかったのはそういうことだったんだ。
忘れようと思って嫌なことを忘れたり、周りの状況に気付かないくらい考え事に没頭したり、本当にあたしには測りきれない人だ。
……そんなに深く集中するほどの考え事って何だったんだろう?
……いや、あたしが考えても分かるわけないか。やめておこう。
とにかく、いつもの光景が戻ってきた。
あ、というか、予定通りちゃんと二人で盛り上がってくれてる今がチャンスだ!
あたしは二人に気付かれないようにそっと橘君に近づいた。
「橘君……! 二人が夢中になってるうちに例のあれ、お願いできる?」
「……! そうだね。僕の部屋に用意してあるから、ついてきて」
「うん! わかった!」
あたしは橘君と一緒に階段を昇って行った。
今日一番の楽しみに、心躍らせながら。




