貴方の事を教えて欲しいの 後編
「はい、これで終わり……っと」
「お疲れ~!」
真面目に仕事に取り組み始めて一時間とちょっと。
今私が終わらせたのを最後に、あの山積みだった投書もすべて片付いた。
皆一様にリラックスして、美咲なんか、猫みたいに全力で伸びをしている。
「お疲れ様、本当に私は手伝わなくても良かったね」
「詩葉先輩は最後の手段ですから、これくらいの事で手伝ってもらう訳にはいきませんよ」
「はは、お金をとるわけでもなし、もっと気軽に頼ってくれていいのに」
お金はなくても、私をからかったりしてきたし、結局対価は発生しているような……。
「会長、仕事してるの見てるだけで暇じゃありませんでした?」
「いいや? 思ってたより早く終わったしね。それに、ちゃんと仕事できてるのを確認できて安心したよ」
「あは~……私達、心配に見えました?」
昨日まではふざけたとこしか見てませんでしたもんね、と美咲。
なんなら今日仕事を始める前がいちばん心配になる有様だったようにも思えるけど、あえて口をつぐんだ。だって恥ずかしかったし。
「確かに元気が有り余る様子の皆を見てたら、ちょっと揺らいだけどね。それに柊和ちゃんには急に生徒会長の話を持ちかけちゃったから。無理させてなかったかな~と……」
「問題ありませんよ、忙しくてこれくらいなら思ったより楽な方です。それと私たちは切り替えがちゃんとできるタイプなので」
「うん。オンオフの落差が思ってたよりとんでもないことになってるよね~」
意見箱の異常な量も最初だけだし、平常時の仕事はだんだんと落ち着いてくるらしい。
「なら逆にイベントでも私の出番が無くなりそうで心配なくらいだね」
「いいえ? その時は遠慮なく頼らせてもらいますから、ご心配なく」
「あはは、どんとこいだよ」
胸に手をどんと当ててカラカラと笑う詩葉先輩。
話もキリがよかったからか、護がしなくてはいけない話を切り出す。
「ムネ先生、この片付いた投書の山はどうするんですか?」
「ああ、意見箱のすぐそばに掲示板あるだろ? あそこに貼り出すんだよ」
「橘君は見たことなかった?」
「うん、意見箱って教室からはちょっと遠くて……」
年下組が片付けられた投書の山に近づく。
「思えば質問のほとんどがほぼセクハラとかイタズラみたいな内容ばっかりだったけど……」
「匿名だから勢いでそういうことも書いちゃうんじゃない? 答えられなくてもダメージはないもんね」
霧華は前期からなのですっかり慣れた様子だ。
「でも基本的には全て返答しないとなんだよね?」
「う~ん、先生の判断で完全にアウトな内容は無視できるんだけど……ほら」
そう言って霧華が一枚の投書を手に取る。
『Q:会計の加賀さんは何色の下着をつけていますか?』
「じゃあ、これは完全にアウトなんだ?」
『A:たぶん白』
「いや答えてあるじゃん!」
護が驚きながらも少し照れてるのを私は見逃さなかった。
「あ! ちょっと‼ 恥ずかしいじゃん! やめてよ!」
騒ぎに気付いた美咲が霧華から投書をひったくる。
「恥ずかしいって美咲先輩……校内に掲示するのに答えてたじゃないですか……」
「いや? だって、これウソだし」
「え? 嘘ついていいんですか?」
護は目を点にしてぽかんとしていた。
質問には基本真面目に答えないといけないと、そう考えていたからこその『ぽかんとした顔』だったけど、美咲はそれでも気を良くしていた。
「えへへ、護君、がっかりした? なんかね、こういうふざけた投書だったら適当に返していいぞって陸山先生が」
「確かめようがないうえに嘘ついて問題になる質問じゃないしな。嘘ついても構わんし、玉虫色の答えで誤魔化してもいい……ただ、その投書は捨ててもいいって言ったんだが」
「えへへ、やっぱりこれ思ったより恥ずかしかったし、捨てときます……」
ホント美咲は何やってるんだろう……。
「思ったよりテキトーでいいんですね……ていうか、それでいいなら最初から返答しなければいいんじゃ……」
「ああ、だからどうしても答えるのが嫌な質問があったら俺に回せ、生徒会顧問の裁量として適当に処分する」
「つまり捨てるんですね……」
「そうとも言わないこともない」
「…………」
一息ついて、そろそろ帰ろうかという頃合いで。
「先生、意見箱は片付きましたけど、今日はまだ仕事あるんですか?」
美咲がそう質問する。
「いや、あとは掲示板にこれ貼り出すだけだな」
そう言われて私は少し考えた。
帰らせちゃうと完全に証拠隠滅されちゃうし……。
……なら、そうだなぁ。
「じゃあ、私と美咲で貼り出しておくんで、今日は解散にします?」
「え……?」
美咲と年下組がきょとんとする。
「え? それくらいなら僕が……」
「そうですよ、あたしもやります。先輩達に任せて先に帰るなんて」
「いいのいいの、私と美咲はついでに残ってやらないといけないことがあるし、護も今日は買い物行く日だったでしょ?」
「買い物はまだ余裕があるんだけど……あぁ。いや、わかった、なら今日は先に帰ってるよ」
流石護は私の気持ちを汲み取るのが早い。
なぜそうするか理由は分かっていなくても、私がそうしたいんだとわかっただけですぐに私のために動いてくれる。
「橘君?」
「東雲さんも、今日は姉さんたちに甘えよう」
「でも……」
「これくらいはいいじゃないか、霧華ちゃん。今日は三人で一緒に帰ろうか、ね」
「そうですね」
「う~ん。会長までそういうなら……」
詩葉先輩も加勢してくれたので霧華もあっさり折れてくれた。
詩葉先輩の場合どこまで気づいてるのかわからない。
ただ、私の方を見てウィンクしてるところを見ると、本当に全部気づいてるんじゃないかと思わせるだけの余裕を感じた。
「俺もあとは任せていいか? まだまだ片付けないといけない仕事が山積みでな……」
「あ、はい。そうしてください」
「悪いな」
ムネ先生は私の意図に気付いているのかいないのか。
ともかく、こちらとしても美咲と二人の方が都合がいい。
「じゃあ皆、改めて今日はお疲れ様!」
「お疲れ様でした!」
──…………。
ということで、美咲と二人で掲示板に投書を掲示していく。
廊下には私たち以外誰もいない。けど、校舎の外を見ればまだ部活をやっている人たちも居るし、耳をすませば吹奏楽部が練習しているのも分かった。
なにかしら音はするのに、二人だけの廊下はどこか静かに思える。
殆どの投書を張り終えそうになったころ、美咲が切り出した。
「……で? 残ってやらないといけないことなんてあったっけ?」
「いや、仕事はないかな」
廊下には夕日が射していて、日中とは異なり赤色が映える。
この時間まで学校に残ることがなかった私には新鮮な光景。
「……あ~あ。やっぱ気づいてたかぁ」
「私は目ざといからね……なんて、本当はその瞬間を見てたわけじゃないんだよね、美咲の様子が変だったから分かっただけで」
早々に諦める美咲、でも後ろめたそうな顔はしていない。
「なら、まだカマかけられてるだけかもしんないし。私が何を隠してたか、当たってたら認めてあげる、でも当たんなかったら内緒のままにするから」
珍しく食い下がって見せる美咲。
「私が投書を床に落とした時」
そう口にされた時の美咲の表情で、自分が間違ってないと確信する。
美咲の表情にはありありと諦めの色がにじみ出ていたから。
「内容まではわかんないけど、こっそり投書を隠してたでしょ」
「……無駄な抵抗だったなぁ。……見せなきゃダメ?」
「一応投書は全部返答、でしょ。先生の許可なく処分するわけにもいかないし」
「そうだよね……ごめんね」
「どうして?」
「いや、見つかっちゃって」
「……変なの」
美咲は制服のポケットに手を入れると、一枚の投書を取り出した。
『Q:生徒会長が顔に火傷をしたのは何故ですか』
なるほど、とまず思って。次に覚えたのは不器用な友人への温かな呆れだった。珍しくギリギリまで食い下がると思ったらこんなこと……。
……たとえ美咲でも、私は自分が火傷を負った経緯については詳しく話していない。精々が私に傷を残した凶器……というか、直接的な原因を知ってるくらいだ。
それでも、気を遣ったのだろう。
私に……というよりは、おそらく──。
「…………」
美咲は上目遣いで私の方を伺っている。
「前から言ってるでしょ? 私はこの傷の事を誇りに思ってる。後ろめたいことじゃないし、美咲の謝罪は論外」
「うん……」
「でも、ありがとう」
「…………」
私がそう唐突にお礼を言っても、美咲はそれを素直に受け取る。私がなにに感謝しているのか言われなくても理解しているという事だ。
ならやっぱり美咲がこれを隠してたのは……。
「ただ、私は問題なくても。護は、気になったかもしれない」
「……護君って、柊和の火傷の事、結構気にしてるよね?」
「流石よく見てるね、その通りだよ」
「柊和の火傷のことが話に挙がるといつも辛そうな顔をしてるもん」
美咲は普段明るく元気で、気安い態度をとっているように見えて、あれでよく周りの人の事を見ている。
いや……これに関しては、護だから気づいたのかな。
もちろん、護が気にしているといっても私の傷を醜いと思ってるわけじゃない。けど、それよりもっと厄介な感情で。
私に言わせれば断じて火傷は護のせいじゃない。でも、護には、私の火傷は護がいなければ負うことのなかった傷としてその目に映っている。
「これが出来てすぐの頃の話だけど、当時は周りも未熟な環境だったから、投書よりも直接的で、しかも純粋だから配慮がない質問もたくさん受けたし、悪意いっぱいの言葉をぶつけられることもあってさ」
当時を思い出すけど、その時何を思ったかは覚えてない。そんなこともあったな程度には記憶してるけど、私にはとてもどうでもいい記憶だったから。
「やっぱり私は適当に受け流したんだけど、護がそんな場面を見ちゃったときは大変でね? まだ小学生だったから、我慢できなくて、護に似合わず怒ったりしちゃったときもあって……」
その時のことははっきり覚えてる。私のために怒ってくれる弟が可愛くて可愛くて、その日は久しぶりに一緒の布団で眠った。
「今は逆に触れちゃダメみたいな空気が出てるせいでそういうことも滅多になくなったけど、今まで以上に人の目に触れる場に出て来て……今回は、護もそこに巻き込んだ以上こういうリスクも想定するべきだった」
内部の役員の事ばかり、とりわけ護に意識を偏らせていたけど、生徒会という組織は外のために働く役割だ。たくさんの生徒が私たちに何を想いどう動くか。これからは今まで以上に気を張る必要があったのに……。
「ありゃ、いつのまにか真面目モードの柊和になっちゃった。……ね、これどうする? 答えるの?」
「とりあえず……」
私はペンを手に取り、解答欄にこう書きこんだ。
『A:油です。皆さんも揚げ物の際には細心の注意を払いましょう』
──まあ、美咲の前ならこれくらいが妥当だろう。
「……これ……貼り出すの?」
「いや、やめとく。細かく破いて適当なごみ箱に捨てちゃおう」
せっかく美咲が避けておいてくれたのに、わざわざ護の目に触れさせてしまうのは馬鹿じゃないか。
もう成長したあの子は、怒ったりして外に発露せず、自分の内側に溜め込むことができるようになってしまったのだから。
「ムネ先生には事後報告でいいや、どうせこんな質問は答えなくていいって言われるだろうし」
「あはは、だとしても事後報告はだめじゃん。初っ端からもう不良生徒会長だ」
「美咲も共犯でしょうが」
「まあね」
びりびりに破った後、生徒会室でも役員の教室でもない適当な通りすがりの教室でごみ箱に投棄する。
「ねえ、今日家寄ってく? この前言ってたでしょ?」
「いいの⁉ あ、でも急じゃ護君に悪いし……」
「護なら、もう気を利かせて一応は人数分用意してると思うよ」
「ホント妬ましいくらい以心伝心……でも、惜しいけど今日はいいや、折角だから今度雲ちゃんも誘ってにしない? 一人だけ仲間外れみたいじゃん、ね?」
「いい先輩しちゃってまあ……でも、うん。そっちの方が良いね。今度霧華にも話しておこう」
「やった! じゃあ折角だしお祝いだ!」
「これからも頑張りましょ~って?」
「そう!」
元気に笑う美咲をみて、先ほどまで暗い色に切り替わっていた思考もどうでもよくなって、なんだか笑えるようになってきた。
スイッチが入ると思考に集中しすぎるのは悪い癖だ。でも美咲のおかげで悪い方向に走りすぎないで済んだ。
──やっぱり、これは借り……かな。
「うん、私も楽しみ」
「……ねえ、私にも作ってみてよ? 愛情たっぷりオムライス」
「なっ! 今回はからかわれずに済んだと思ったのに!」
「へへ、絶対面白くなるのは分かってるのに放置するわけないんだなぁ!」
「でもいいの? 食事は私が誘う側なんだけど?」
「あ~! 冗談じゃん! 冗談!」
「ふふ、あはは!」
気を使いすぎだとは言ったけど、そんな美咲の気持ちをうれしく思う自分がいる。
本当に私と護は恵まれている。私達が二人きりになっても一緒にいられるのは飛鳥さんをはじめ、美咲や詩葉先輩、最近は霧華まで、いろんな人の支えがあったのが大きくて。だからこそ私も皆にはできるだけ誠実でありたいと思っている。
チラと、まだ手元にある投書に目を落とした。
『Q:生徒会長が顔に火傷をしたのは何故ですか』
『A:油です。皆さんも揚げ物の際には細心の注意を払いましょう』
……でも、いくら誠実でありたいと思っていても、何一つ隠し事をしないというのは私にはまだ無理で。こんなに明るくて気のいい、信頼できる友達が相手でも、私は全てを打ち明けることは出来てなくて……。
手元の投書の回答を、心の中で本当に正しい内容に書き換えてみる。
『A:油です。皆さんも、例えば母親が揚げ物をしている時は、十分に気を付けましょう』
今の私には、まだ勇気が足りないから。
『──自分より大切な人に、熱い油が降りかかることも、時にはあるでしょうから』
いつかすべてを、たとえ私たちの抱える陰惨な過去でも、美咲たちが望んでくれるのなら。
打ち明ける勇気をもってみるのも、悪くないのかもしれない。




