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不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく  作者: 桜乃マヒロ
生徒会活動の日々

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珍しく姉で始まる一日

 ── 9月12日 7時00分 橘柊和 ──


 今日の朝はいつもと違った。

 まず、自分で目が覚めた。いや、前に夢を見たときのように、自力で目が覚めること自体はたまにあるのだ。


 だから、決定的に違うのはいつもの時間になっても護が起こしに来ないことだった。

 護が起こしに来ないことは柊和が自分で起きる事よりも稀で、それでもこれまでの生活で数度は経験した事があった。

 初めて護が起こしに来なかった時、私も最初は護が寝坊したのかな、ぐらい軽い問題としか捉えることはなかったけど、数度の経験を経て、護が起こしに来ない事が何を意味するのか学んでいる。

 嫌な予想を頭の中で膨らませて、いつもとは逆に私は護を起こしに行くのだった。


 部屋を出て、いつもの階段を下りる方向とは反対に、護の部屋まで足を運ぶ。


 今日は快晴だった。床に朝日が射して掃除の行き届いたフローリングは白く輝いて見える。けど、足元だけ照らされていても、日の当たらない私の上半身はどこか薄ら寒く感じる、まだ夏と秋の中間ぐらいの気候なのに。


 そうして護の部屋の前に立つ。

 部屋のドアには鍵がついているけど、私も護もお互いしかいない家で鍵をかけることはしない。

 だから、軽くドアノブに手をかけて力を込めると、あっさり開く。

 おそらく寝ているだろうから、ノックはしなかった。


 カーテンは絞まり切っていて、そこから漏れ出た日光しか光源がないので部屋はうっすらと暗い。


「まもる~? 朝だよ~?」


 意識したわけではなかったけど自然と声を潜めてしまう。


「…………」


 護から返事はない、ベッドの方向かうと護の大きさに盛り上がった布団があった。……中でうずくまっているんだ。

 布団に手を添えて護に声をかける。


「護? 朝だよ? まだ眠いの?」

「…………う……」

「……護? ……また、夢見てるの?」


 布団から声が漏れてきた。寝言だろうか?

 でも、くぐもっていてよく聞こえない。


「護……ちょっとごめんね」


 おそるおそる布団をめくってみると、やっぱり護の頬は濡れていた。

 布団を掴み、何かに堪えるように目をぎゅっとつむって眠っている。

 そっと手を頬に添えて、涙を拭う。

 護の息、荒くはなかったけど、少し乱れてる。

 今回はそこまで酷くない方みたいだ。


「また嫌な夢、見ちゃったんだね……」


 私と護が飛鳥さんに引き取られてから、護は時々昔の夢を見るようになった。

 今は亡き父さんの夢だったり、母と三人で暮らしていた時の夢だったり。ある時は私が火傷をした時の夢だったり。

 そういった昔の記憶の夢のいくつかは、護にとって……いや、そのほとんどを一緒に経験した私にとっても、辛く悲しい夢だった。

 今回もそんな夢の一つだったんだろう。


「護、起きて。大丈夫だよ。悪い夢を見てるだけなんだから」


 体に手を添えて、優しく揺らす。


「だから護、起~き~て。ま~も~る~」


 それまで起きるのを拒否するようだった護の表情が和らいでいく。

 そしてゆっくり護の目が開かれていく。


「……お姉、ちゃん?」


 …………⁉︎


 お、お姉ちゃん! 懐かしい呼び方! 中学に挙がってからはずっと姉さん呼びに代わってしまってずっと聞けずにいた呼び方。


「んふふ、そうだよ。お姉ちゃんだよ~? どうしたの? 子供の頃の夢でも見てたの?」


 かわいかったのでつい頭を撫でてしまう。


「……? ……っあぁ!」

「わあ⁉ びっくりしたぁ!」


 護が急に飛び起きた。

 私の顔のすぐそばに護の顔が迫る。


「今何時⁉」

「えっと、私がいつも起きるぐらいかな」

 もうすっかりスイッチが入ってしまった様子で少し寂しい。

「ご飯作ってない!」

「簡単なご飯なら今から作っても間に合うよ。何なら今日は私が作ろうか」


 言いつつベッドに腰をかける。


「でも……」

「護、うなされてた。また夢見たんでしょ」

「あ……うん。……今日は父さんが事故に遭ったときの……」

「そっか」

「病院で僕たちが泣いてて……それで……」


 見た夢の話しをしてくれるけど、次の言葉に繋がらない。


「うん」

「……それで姉さんが起こしてくれた」


 結局そこで夢は終わりと護は話してくれる。

 でも、今の間でなんとなくだけど、何かを誤魔化したんだろうなって思った。護が生まれてからずっと一緒にいたからそれぐらい分かってしまう。


「今日は学校行けそう?」


 今日は大丈夫そうに見えるけど、酷いときは学校にいけなくなるようなメンタルの時もあるので確認しておく。


「そんな酷くないから大丈夫、遅刻もしない……今日は休めないしね」

「なら、今日だけは朝の用意も私に任せてゆっくりしなよ。護が辛そうなときに家事してもらうなんて私、我慢できないよ」

「……そっか。なら、悪いけど、お願いします」


 こんな時でもやはり護はためらうけど、私の気持ちを汲んで素直に言うことを聞いてくれる。


「じゃあ、私先に着替えて朝食作ってくるね」


 腰掛けていた護のベッドから立ち上がる。


「うん……姉さん」

「うん?」

「ありがとう」


 朝食を変わったことか、それとも夢から起こしたことか、護は私にお礼を告げる。


「ん! どういたしまして」


 礼を言われるまでもない事だけど、素直に気持ちを受け取っておく。

 お姉ちゃんとしましては、弟のお礼は嬉しい物なのです。




 ──…………。


 昨日の夕食に護が作ってあった味噌汁が残っていたので、朝食は簡単な和食にして、時間も余ったのでいつものお茶の時間。

 今日は大福があった。例の和菓子屋の物。


「また駅前まで行ってくれたの?」


 お茶を淹れて護に渡す。


「お茶、ありがとう。……そうだよ、今日はちょっと特別だから」

「特別……ねぇ。まあ、たしかに朝から美味しい和菓子があれば、その日一日は絶好調で過ごせるけどね」


 だからって毎日駅前まで行って用意してほしいとは言わないけど。


「今日は少しでも気合い入れないとだから」

「まあ、私は特に心配してなければ気負ってることも無いんだけど」

「いいよね、姉さんはこういう時緊張しなくって。僕、姉さんに似ててほしかったところは探せばキリがないよ」


 ため息を吐きながらそんなことを零す護。


「今の護で十分すぎるほどだと思うけど?」

「……姉さんは僕に甘いからね」

「そんなことないと思うけど」


 本心からそう言ってるんだけど……素で甘いってことなのかな。

 本当に護は凄いと思ってるんだけど。


「美咲も護もしっかり準備して臨むんだから、大丈夫でしょ?」

「うん、姉さんにも東雲さんにも練習に付き合ってもらったからね、ちゃんと成功させるよ」

「気負い過ぎて逆に失敗しないよう気を付けないとだよ? なんせ、私達生徒会のお披露目の場なんだから」


 そう、今日は私達生徒会の信任投票、それから問題の所信表明、その当日だった。


 といっても、役員は会長の指名制だから信任投票は会長である私だけだし、所信表明と言っても、真面目なそれっぽいスピーチをするだけだ、言い方は悪いけど。

 まあ、つまり、何のことはない。私にとっては。


 人前で話すことに抵抗がない私と以前に経験している霧華は特に苦労しなかったけど、本人が心配していたように、私と違って人に注目されることになれてない護や友達は多いのにスピーチの類だと緊張してしまう美咲には鬼門だったらしい。

 護と美咲が不安だというので私と霧華も台本の内容を添削し、発表の練習で指導もした。とはいえ、本番の緊張が最大の問題であって、あとは本人たちのメンタル次第なんだけど……。


「うぅ~。やっぱり緊張する~~」


 ……珍しく弱音を吐いて……大丈夫かな?


「本番は六時間目だよ? 朝から緊張してどうすんのよ……」

「だって……」


 やはり根は小心者なんだよね、護は。

 時々あり得ないくらい大胆になるくせに。

 私も詩葉先輩に弱みを見せたときはこんな感じだったかもしれない。


「私が最初にやりやすい空気作っておくから怖がらなくていいのに」

「それはありがたいけど、でも姉さんが最初だからこそやりにくいんだよ、花丸満点の回答の後だと80点でも粗が目立つもん」

「そんなことない。それに卒業式でもあるまいし、生徒会の所信表明くらい60点でも十分じゃない? 私だって、義理があったから詩葉先輩たちのはちゃんと聞いてたけど、それまでの所信表明とか右から左に流れてたし」

「僕は前回のすらちゃんと聞いてなかった……」


 まあ、私たちは詩葉先輩の後ってことで割と期待されてる分、いつもより注目されてそうなんだけどね、私が生徒会長やるのも元々そういう問題があったからだなんだし。


「今後はもっと学校の事にも関心をもちなさい」

「はい……ごめんなさい」


 護は家の事ばっかりで、学校はちゃんと勉強して卒業できればそれでいいと思ってる節があるからなあ……。

 それなりに仲のいいクラスメートもいて、一人だけ浮いてるみたいなことはないらしいけど……。


「重く捉えすぎだよ。もっと楽にやっちゃっても何とかなる!」

「姉さんは軽く考えすぎ……」


 夢のこともあって心配だったけど、それよりも発表の方が心配になる護だった。

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