その傷は深く、粗く
── ??? 橘護 ──
──姉さんが小学校で最高学年になって半年と数ヵ月が経った頃の話だ。
ある日、父さんが車との衝突事故にあったと連絡を受けた。
僕たちはすぐに病院に駆け付けたけど、病院に着くころには、既に息を引き取ってしまっていた。
お医者さんの難しい話を聞いて、父さんは二度と帰ってこないと子供ながらに理解して、どうしようもなく悲しくなった僕は、姉さんにくっついて大泣きしていた。
そんな時でも、姉さんは泣かずに僕のことを宥めて、けれど僕を撫でてくれた手も、抱きしめてくれた身体も、大丈夫と囁いてくれた声も、微かに震えていて。
震えに気付いた僕は、よく父さんに言われていた『僕が姉さんを守る約束』を思い出して、そのせいで涙はもっとたくさん出たけど、僕からも姉さんをぎゅっと抱きしめ返すことができて──
「お姉ちゃん……大丈夫だよ。お姉ちゃんのことは僕が、これからずっと守ってみせるから……僕が守るって約束したから……っ」
なんとか、それだけ伝えることができて。
姉さんの震えはそれで少しだけ治まったけど、あとで見返した服の肩のところに、濡れた跡が残っていたのを今でも覚えている。
……ただ、母さんはそんな僕たちとは反対に、お医者さんの話を聞いていても、無感情な顔で涙一つ流していなかった。けど、今思い返すとあれがどういう表情なのか分かる。
──絶望。
ただ、それだけ。大切な人を失った喪失感で、これからどうしようという焦りとか、そういったものすら考える余地のない、深い深い絶望。
僕の場合、頭の中に父さんとの大切な思い出と、その父さんが死んだことで起こった恐怖やストレスで頭の中の全てが満たされて、混ざり合って、前も後ろも分からないほどに、感じるすべてが最悪の気分だった。
僕は姉さんのおかげで何とか持ち直したけど、母さんはどうだったろうか。
なにより大切に想っていた父さんを失って、そのうえ母さんを支えるべき人間はもうこの世にいなくて、いつまでも一人救われないから本当に父さんはいなくなったんだって嫌でも分からされて、それでまた深い絶望に堕ちていく。その繰り返し。
当時の僕は姉さんに縋って縋られて、少しも余裕がなくて、母さんの負った傷に気づいてあげられなかった。
──気づいていたら、僕に何かできただろうか?
──決定的に壊れていった母さんを、救ってあげることは出来ただろうか?
──僕たちは母さんの支えになれなかったんだろうか?
時々考えるけど、答えはずっと変わらない。
「……あなた」
いつも優しかった母の、感情が欠落したあの表情が、生気の感じられないあの声が、抱きしめるものがいなくなって自らを抱きしめていたあの姿勢が。
「…………どう……して……?」
いつまでも、忘れられないままでいる。




