恋人の親への挨拶を済ませよう! 後編
一悶着ありつつも、なんとか一通り大事な報告を行う。
まだ言いたいことは色々残っているけど、とりあえず私と護の進捗に関しては飛鳥さんに理解してもらえた。
『そか……でも、本当にそういう形に落ち着いたかぁ……』
すると、電話の向こうからしみじみとした声が返ってきた。
しかし、それも一瞬のこと。
私が声をかけるより先に、飛鳥さんはパッと切り替わって楽しそうに話し始める。
『ね、ならもっと聞きたいことがあるんだけど! 今度はふざけたやつじゃなくてさ、何が決定打になったのかとか、喧嘩した話はなんだったのかとか、今新しい関係になってどれくらい経ってどんな風に変わったのかとかそういうやつ!』
「うん、それはかまわないんだけど……」
興味津々と言った様子で、まるで同い年の友達恋バナしてるみたいなテンションの飛鳥さん。
こういうところがあるので、関係上は私達の保護者といえど、親というよりも親戚のお姉さんといったイメージが強いのだ。
『あれ? ていうかそっちは今、夜だよね? 護も家にいるんでしょ?』
「あ……う、うん」
『護は何してんの? 相変わらず家事?』
「いや、今は夕食もお風呂も入り終えて、自室にいるはずだけど……」
そういえば、話に夢中になってうっかりしていたけど、今日も護と一緒に添い寝する約束だった。
用があるからと先に自分の部屋に向かってもらってたんだけど──。
──コンコン。
丁度、私と飛鳥さんの会話で護の話になりそうなタイミング。
私の部屋のドアがノックされる。
『ん? どしたん柊和? なんかそっちでコンコン言わなかった?』
「あ、いや──」
「──姉さん、入るよ?」
家には私と護の二人、部屋の鍵は掛けてない。
私が遅くなったからだろうか、様子を見にきた護が部屋まで訪れてしまった。
『あ、護の声?』
「僕、そろそろ寝るけど……今日も一緒に寝るんだよね?」
「あ、それは──っ!」
「?」
また勘違いされそうな事実を、良くないタイミングで伝わってしまった……!
『……今、一緒に寝るって言った?』
「そ、添い寝! 添い寝だから!」
「知ってるけど……」
「護に言ったんじゃなくて!」
「!」
そう言って私は人差し指を口の前で立て、『シーッ』とジェスチャーを送る。
護はようやく電話してることに気付いたみたいで、両手で口を抑える……けど、もう遅い。
また妙なこと言われそうだ……。
『柊和! スピーカー!』
「……わかったよもう」
「…………」
飛鳥さんはそう一言指示する。
ハラハラしつつも、スマホを耳から離して画面をタップ。
通話の音声は大きくなり、飛鳥さんの声が離れた護にも届くようになる。
『護久しぶり〜!』
「あっ……あぁ、なんだ良かった。誰が相手かと思ったら、飛鳥さんだったんだ?」
そして、たった一声であっても、飛鳥さんの声ならすぐに誰か分かる護だった。
『おっす〜! 聞いたぞ〜! ようやく柊和とくっついたってさぁ! あれ? くっついてたのは元から?』
「ようやくって……勿論ダメとは言わないけど、保護者がそれでいいのかなぁ」
『いいじゃん! 護の言わんとすることは分かるけどさ、アタシ、別に自分でも悪いと思ってないのに説教とか出来ないかんね!』
「ははは。まぁ、飛鳥さんはそうだよねぇ」
「…………」
……どうしたことだろう。
飛鳥さんはすぐにでも一緒に寝てる事を邪推してツッこんでくるかと思ってたのに、普通に会話し始めてしまった。
てか、護も全然緊張してないし。
私だけか、どんな反応されるかなって緊張してたの。
「姉さんも、飛鳥さんに報告するなら僕も呼んでくれれば良かったのに」
「ごめん……なんか、ちょっと二人揃っての絵面恥ずかしいかもって」
『柊和は妙なこと気にするよなぁ』
こうして実際に二対一で話してるとなんとなくわかる。
怖かったんだ。
護と揃ってだと、慣れ親しんだ家族の飛鳥さんにというより、恋人の親に顔合わせするみたいな緊張感が漂う気がして。
だからいつも通りの空気で雑談なんかしたりして、いつも通りの飛鳥さんとの会話をイメージして。
ただ、二人からすればそんなことは知ったことではない。
特に飛鳥さんは、もっと気になる話が聞こえていたはずだから。
『それより、聞き捨てならんことがあったけど……何、もう一緒に寝てんの?』
「やっぱり触れてくるよね……」
『当たり前じゃん! そんな面白い事聞いて放ってはおれんでしょ!』
案の定、突っつかれた。
まあ、飛鳥さんの場合『やっぱり一線超えてたんだ!』とか言い出すのもあり得るわけで。
邪推することなくまっすぐにとらえてくれたのは助かった。
私よりも先に、護の方が特に引っ掛かりとかは覚えて無い様子で説明を始める。
「寝てる……といっても昨日からね? 昨日の夜、姉さんが寝れないからって僕の部屋に来て……実は告白も昨日なんだ。疲れてたから、飛鳥さんに連絡する余裕もなく寝ちゃったけど……」
『それは別にいい! でもなんだ、ホント直近の話だったんだ! つか、初日から同衾とか柊和、手が早え〜!』
「そ、添い寝くらい別に良いでしょ!」
「でも、姉さんは手を繋いだりするのは付き合って数日経ってからで、その先ももっと時間をかける必要があるって言うんだよ」
「⁉」
護が余計なことまで話し始めた。
完全に飛鳥さんがヤジを飛ばしてくるのを期待しての事だ。
護の方は意外にも納得してなかったのかもしれない。
『はぁ? 手繋いだりとか元からやってた事でしょ? そもそも添い寝の方がヤバいじゃん、訳わからん!』
「だよねだよね?」
『その調子じゃあれでしょ? キスとかその先は数ヶ月どころか数年はダメとか言ってるでしょ?』
「ははっ! 大正解! さすが飛鳥さんは姉さんのことよく分かってるよね!」
やっぱり飛鳥さんには理解不能だと断定されてしまう。
正直、そこに関しては私の方に矛盾があるので当然なんだけど……私の言ってそうなことまで予測して言い当ててくるのは参った。普通に恥ずかしい。
このまま『そんなめんどくさいこと言ってんなよ』なんて説教が始まったらどうしようかと少し不安になるも……その懸念は杞憂だった。
飛鳥さんの次の言葉は、呆れた口調ではなくなっていたから。
『一緒に寝る……か。うん、ならアタシも邪魔するわけにはいかないか』
「どういうこと?」
『もうそっち、寝る時間でしょ? 護、それで呼びに来たんだし』
「え、大事な話だし、まだしばらくは大丈夫だけど……」
『いや、いい! 長くなるのはともかくとして……大事な話は、また今度帰って顔合わせたときまでに取っておきたい!』
いきなりそんなことを言い始めた飛鳥さん。
私も護も顔を見合わせてきょとんとしてしまう。
時間なら本当に気にしなくてもいいんだけど……まぁ、顔を合わせて話したいというのは、分からなくもない。
『あ~でも……一つだけ、言っておくわ』
「「うん」」
『……アタシさ、ずっと考えてたよ。柊和と護にとって一番の幸せってどんな形をしてるのか……例えそれがどんな形であっても、二人のためになるんなら、アタシはそれを支えてやりたいって』
飛鳥さんは、それまでのカラッとした明るい口調で話すのを止めていた。
今は……時折垣間見せる、責任とか自立とか、私達以上にそういう言葉を背負った、大人らしい保護者の口調。けど、それなのにその口調は、私達に対して底抜けに優しく響いてきた。
『だから、嬉しいよ。二人が選んだ『一緒に歩いていく道』は……きっと、まっすぐ幸せに続く道だって、アタシはそう信じられるから』
決して、私達の関係を認めるのは、軽い気持ちではないのだと。
そう直接は口にせずとも理解させてくれる。
『認めてやるから、幸せになれ』と、そんな荒々しく聞こえて、実際はどこまでも暖かいメッセージをちゃんと受け取ることができた。
『うん……終わり! 電話で湿っぽい話とか、これ以上はしないよ! やっぱり、大切な話は顔合わせて話したい!』
「うん……私も護も、早く帰ってきた飛鳥さんと話したいと思ってるよ」
『おっけ! わかった! なら予定が早まるように今日からは仕事ぶっ飛ばしていくか!』
「無茶はしなくていいよ?」
『心配はいら~ん! 柊和と護のためなら何千里でも走り続けてやるからな!』
そう言って豪快に笑う飛鳥さんに、最初は苦笑いを浮かべていた私と護も、次第につられて本格的に笑えて来てしまう。
つくづく、この人は私達に対して、自分に引き取られたことを後悔させてくれないのだ。
『ま、二人ともさ! 色々話したいことは今度帰った時に残しておくとして……とりあえず!』
そう前置きして、飛鳥さんは最後のメッセージを口にする。
『学生のうちからデキないように気を──』
「やらんて! そんなこと‼」
最後の最後はやっぱりこんなどうしようもない終わり方で。
けど、それもまた飛鳥さんらしいと思えば、そう悪いものでもないように思えてくるのだった。




