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不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく  作者: 桜乃マヒロ
生徒会活動の日々

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初めての生徒会 ── 2 ──

「柊和先輩……と、美咲先輩?」


 僕に続いて東雲さんもそこに立つ二人に注目する。

 東雲さんの言う通り、それは見知った二人だった。

 って、東雲さんも美咲さんを知ってたんだな。


「ああ、こんにちは。護、霧華」


 向こうも僕たちに気づいて、姉さんが胸の前で手を振った。

 それに続いて美咲さんが声を発した。


「あれ? (のめ)ちゃん?」


 ……のめちゃんって?

 初めて聞いた言葉に僕が首を傾げるより早く、東雲さんがそれまで僕に対して怪訝な表情を浮かべていた顔を一転、ぱっと笑顔になって美咲さんのもとへ駆け出す。


「やっぱり! お久しぶりです! 美咲先輩!」

「久しぶり~! 中学以来じゃん!」


 二人とも嬉しそうに話し出した。

 東雲さんの意識がそっちに夢中になってくれたのは僕にとって幸運ではあるんだけど、でも口を挟めなくて、姉さんの方を見ると向こうも僕の視線を受けて肩をすくめていた。


「あ、もしかして現役で続けてくれる役員って雲ちゃんの事?」

「はい! あたしです! 先輩も?」

「私も柊和に誘われたの。そっか、雲ちゃんだったんだ、ますます楽しみになったね!」


 様子を見ていた姉さんが口を挟む。


「えっと、二人は?」

「あ、ごめんなさい! 美咲先輩には中学の頃お世話になってて」

「へえ、そうだったんだ」


 そう口にした姉さんと同じ関心を僕ももった。


「そうそう。私達、バスケ部でさ、そういえば雲ちゃんは高校入っても続けなかったんだ? ていうか生徒会役員とか意外」

「あ~……はい。最初はどうしようか迷ってたんですけど、色々あって気づいたときには生徒会に入ってました」

「何それ?」

「まあ、私は元々そんなに上手だった訳じゃないので……先輩こそあんな上手だったのに、部活は続けてないんですか?」


 東雲さんは至極疑問といった感じでそう尋ねる。


「ん~? まあ……ね。いろいろあって」


 ……美咲さんは飄々とそう答えた。


「あ、そうだったんですね……」


 微妙そうな美咲さんの顔をみて、東雲さんは気まずそうにする。

 事情を知っている僕と姉さんもなかなか触れづらい状況だ。


「ホント雲ちゃんはすぐなんでも顔に出るね。辞めたのは私が望んだことだし、おかげでこれから面白くなりそうだし、結果オーライだって」

「そうなんですね……わかりました。なら、今度は私が先輩に教えてあげます! 生徒会は私の方が先輩なので!」

「あはは、急に生意気!」


 落ち込みそうになった雰囲気も無事もとに戻りかけたその時。

 

 ──生徒会室の扉がひとりでに開きだした。


「……!」


 東雲さんが美咲さんの背中に引っ込む。


「な~にちゃっかり盾にしてくれてんの?」

「だ、だって……!」

「お゛い」


 低音ながら不思議と良く通るその声は、しかしありありと疲れが浮かんでおり、聞いているだけで少し落ち込みそうになる。

 そして開いたドアからやがて人が現れる。

 しわが入ったスーツにわずかだが青白い肌。極めつけに目の下に刻まれた隈はどこかゾンビを思わせる。


「なにドアの前で騒いでんだ……来てんなら早く入らねえか……」


 今朝より疲れてるな……死人一直線って感じがする。

 怒ってはないようだけど、待たせてしまったので一応一言。


「すみません、ムネ先生」


 陸山宗光くがやまむねみつ。僕と東雲さんの在籍する一年B組の担任だった。


「ん、なんで東雲は加賀の背中にひっついてんだ?」

「ムネ先生が怖がらせてるからでしょ」


 姉さんが答える。


「なんだそれ。俺まだなんもしてないんだけど……」

「陸山先生、顔色悪すぎ~。さっきなんて幽霊みたいだったよ?」


 東雲さんをなだめながら美咲さんが言う。


「マジか、そんな酷い? 実は昨日の酒がまだ響いてて……いやあ飲み過ぎた……マジ頭痛い……」


 教師がそんな調子でいいのかと言いたくなる様子だが、毎度のことなのでもう慣れてしまった。


「まあいいや……とにかく、中入ってくれ。俺以外にも待ってる奴がいるからな……」


 頭いてえ……と悪態をつきながら部屋に入る先生に続く。

 そういえば生徒会室に入るのは初めてだ。


 白色や暖色を基調としていて落ち着いた部屋は、窓から日が射していてすごく健康的に見える。そんな部屋にムネ先生はやっぱり合わない。なんなら日光に当たっただけで燃えて灰になってしまいそうだ。


 しかし、生徒会室にはそんなムネ先生と対照的な存在が居た。


「やあ、やっときたね。楽しみにしてた分凄く待たされた気分だ」


 凛として良く通る声、差し込む日光を浴びてその長い髪は煌めき、姉さんにも負けないほど整った顔に陰影が浮かぶ。おそらく生徒会長専用なのか、立派な椅子に鎮座しながら僕らに話しかけるその姿は実に堂々としたものだった。


「すみません詩葉先輩」

「いや、謝ることはないよ。約束は放課後ってだけで時間指定はないからね、別に遅刻って訳でもない……それより」


 八重樫詩葉先輩。姉さんからはよく話を聞いていたけど、僕とは接点がなかったから今回が初対面だ。

 生徒会長として遠くから見たことはあるけど、姉さんの話の印象と違って凄く立派な人ってイメージだった。


「初めまして、橘護君。会いたかったよ」

「え」


 そんな人が、気づいたら僕の前に立って手を差し出していた。

 身長は僕より低いはずなのに、前に立たれるとなんだか見上げているような気分になってくる。迫力あるなぁ……。


「あ……! えっと、初めまし……て?」


 おそらく差し出された手はそうだと思ったので握手で返す。


「ふふ、何をそんなに動揺してるのかな?」

「すみません、会長さんが僕を知っていると思ってなくて……」

「まさか、柊和ちゃんの弟なんだから、ずっと会ってみたいと思っていたんだ。ふふ……君があの弟君なんだね」


 ……なんだ?

 会長さんの視線も気になるけど、背後の、特に姉さんの方からもプレッシャーを感じる。……僕はなんもしてないよね?


「えっと……あの?」

「もう私は生徒会も引退だが、ちょくちょく顔を出すと思う、皆も仲良くしてくれると嬉しい」

「はい、こちらこそ……八重樫先輩?」


 引退なのに『会長さん』はおかしいかと思って呼び方を改める。

 後ろの皆も各々応える。

 そんな中、美咲さんは会長さん……八重樫先輩の前にやってきた。

 僕は一歩下がって控える。


「八重樫先輩」

「加賀さんも、久しぶりだね」

「はい、その節はお世話になりました」


 美咲さんが八重樫先輩に頭を下げる。


「いいんだよ、生徒会役員としてあれは当然の仕事だった」

「あれ? 会長、美咲先輩と知り合いだったんですか?」


 東雲さんが不思議そうに言う。


「仕事って……美咲先輩が生徒会に来たことありました?」

「いいや? 柊和ちゃんから直接紹介されてね。それにこれは去年の話だから、霧華ちゃんは知らなくて当然だよ」

「そうだったんですね?」

「とにかく加賀さんも……あ、もう会長じゃないんだ。詩葉でいいよ」

「そうですね……わかりました。詩葉先輩」


 いつもフレンドリーな美咲さんにしてはどこか固いようにみえる。


「せっかくだし、私も美咲ちゃんって呼んでいいかな?」

「もちろんです、好きに呼んでください」

「じゃあ、美咲ちゃん、これからもよろしくね」

「はい、よろしくお願いします」


 その節って言ってたし、多分八重樫先輩もあの時に……。


「護君も、詩葉でいいからね」

「え⁉ わかりました、詩葉先輩……?」

「うん! いいね!」


 意識の外からいきなり話しかけられて驚いてしまう。

 たびたび姉さんから聞いていたようにつかめない人だけど、遠くから見て感じているよりはるかに接しやすい人のように感じる。


「会長! 私もですか?」


 東雲さんが尋ねる。


「霧華ちゃんは……どうしようね。すっかり会長呼びがしっくりくるようになっちゃったんだけど」

「いいんじゃないですか? 霧華が私を会長呼びになるわけでもなし、今まで通り会長って呼んでても紛らわしいとは思いませんよ」

「柊和ちゃんがそういってくれるなら、これからもそれでいこうか」

「はい!」


 東雲さんが笑顔でうなずく。


「挨拶はもう十分か?」

「ええ、待たせてすみません。それじゃあ、おいおい本題に入りましょうか。みんなも適当に席について」


 ムネ先生にそう答えた詩葉先輩は席に着く。

 しかし、先ほどまで座っていた会長用の椅子ではなく、一番手前にある席に。気になったのか姉さんが尋ねた。


「あれ? さっきはあの椅子に……」

「見ての通りだと思うけどあの席は会長用なんだ……この瞬間から、私の席じゃなくなる」

「それって……」

「世代交代だよ、前期から後期にね。私達前期生徒会は、後期への引継ぎ分を残し、他全ての仕事を終えている。……というか、この前柊和ちゃんに声をかけた時点で次の生徒会長探しくらいしか残ってなかったんだけどね」


 あははと笑う詩葉先輩。

 対照に僕達は世代交代という言葉を聞いて、自然と背筋が伸びる。


「だから、あの席に座るのは、これからは柊和ちゃんだよ。そんなこだわることでもないけど、今回はお仕事だからね。そうだ、皆も自分の席を決めたらいいよ」


 座り方。生徒会室は部屋の奥に会長用の席と、その手前にU字型の机が配置されていて、Uの一番下の方に詩葉先輩の今座っている客席、そして左右に二つずつ席が配置されている。おそらく僕ら役員の席だ。


「私と霧華ちゃんしかいなかったから持て余しがちだったんだけど、普通は役職とか学年で決めたりするかな、くじ引きとかは生徒会にはちょっと適当すぎるよね、面白いし、別に適当でもいいんだけどね」

「ああ……俺の方も早く終わるなら適当でいい……」

「先生は適当じゃ駄目でしょうに」

「お前もな……生徒会長……。俺の方は今日は頭痛がひどいから特別だ……」

「二日酔いでなら体調不良も免罪符になりませんよ」


 ムネ先生と詩葉先輩が酷い舌戦を軽く交わしている横で、僕は頭を悩ませていた。


 そういえば……役職……。

 全然考えてなかったな……。


「すみません、役職って何があるんですか?」

「役職ね、とりあえず会長と副会長は必ず必要で、あとは結構何でもいいんだけど、基本は書記や会計、あとは広報とか庶務だったかな」


 小説とか漫画で読むような感じで変わらないらしい。

 今聞いた役職達も、一度は耳にしたことがあったし、どんな仕事かも軽くだけどイメージはできた。


「ちなみに私は、会長になる前は書記をしてた。霧華ちゃんも今まで書記だったね、途中から空いちゃった副会長の席と兼任だったけど」

「はい! それで……あたしはできれば後期も書記が良いなと思ってるんですけど、橘君と美咲先輩は……?」

「僕は特に希望はないから、譲るよ」

「私も。慣れてるならのめちゃんが適任だと思うし。そうだなぁ……なら学年的には私が副……あ」


 副会長になる。そう続くと僕は予想していたけど、美咲さんは何を思いついたのか言葉を止めて、はっとした様子を見せる。


「やっぱり副会長は護君がやるべきだと思います!」


 突然の美咲さんの意図を解析している間、姉さんは『ヤな予感がする……』とつぶやいていた。


「急にどうして?」

「だって確かに私も柊和とは友達だけど、護君の方が柊和の右腕って感じするし?」

「まあ、わからないでもないけど」

「それと単純に姉弟で2トップって面白いなって」

「やっぱ私をからかって遊ぼうと思ってない?」


 姉さんが警戒している。


「え~? そんなことないって。護君も柊和の事支えるなら副会長の方が都合良いと思わない?」


 美咲さんに問われて、けど一瞬で答えが出た。


「……! そうですね!」


 生徒会役員として姉さんの力になれるなら何でもいいと思ってたけど、言われてみればそうかもしれない。

 考え込む僕にムネ先生が語り掛けてくる。


「ま、たしかに副会長の仕事は会長をはじめとした他の役員のサポートだな、あと会長の代打みたいな役割もあったり、臨機応変な感じだが」

「あ、僕副会長が良いです」

「即答かよ」


 ムネ先生が苦笑いだったけど、関係ない。


「橘君ってやっぱり姉想いというよりシスコン……」

「んふふふ、いいね。護君も良い感じじゃないか」

「私の見た限りだと護君の方がちょっと拗らせてる気がするんですよ」


 東雲さんの僕を見る目が再び怪訝なモノに変わっていく。せっかく誤魔化せたのに……。

 そして詩葉先輩と美咲さんがこそこそ話をしている。何を言ってるのかは分からなかった。


「そこ二人、仲良くなるのはいいけど変なことで結託しないでくださいよ」


 姉さんが忠告しても二人は全然聞いてなかった。


「いや、美咲ちゃん話が分かるね。マイナーな趣味だと思ってたのに同士に出会っちゃったらもうしょうがないよ」

「私も詩葉先輩が同士で心強いです」

「私弄りを趣味にしないでください‼」


 チョンチョンと肩に感触。

 振り返ると東雲さんだった。


「橘君は、先輩たちが何言ってるのか分かる?」

「いや、全然わかんないかな……」


 さっそく年下組と年上組で隔たりを感じる瞬間だった。

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