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不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく  作者: 桜乃マヒロ
生徒会活動の日々

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初めての生徒会 ──1──

 ── 9月7日 12時50分 橘護 ──


「橘君! 生徒会室、一緒に行こ?」


 帰りのホームルーム終了後、僕の席までまっすぐやってきた東雲さんは唐突にそう言った。


「もちろん……というか、僕まだ生徒会室に行ったことないから、教えてくれると嬉しいな」

「うん! まかせてよ!」


 胸を張って笑う東雲さん。

 今まであまり話したことのなかった東雲さんとのコミュニケーションは極めて円滑に進んだ。事前に用件が分かっていたからだ。




 ──…………。

 

 それは、昨日の晩のこと。


「美咲と霧華が役員になってくれることになったよ」


 晩ご飯を食べながら今日あったことを話していると、姉さんはそう言った。


「へえ、そっか! 美咲さんもってのは心強いけど……きりかって?」


 どこかで聞いたような……。


「東雲さん。東雲霧華」

「ああ、下の名前はそうだったね。……下の名前で呼んでるの?」

「まあね、思い出せたし、今日いろいろあって」


 珍しいこともあったものだと問いかけてみれば、なんてことはないといいたげな様子で答える。


「じゃあ東雲さんのこと、いい感じに話がまとまったんだね」

「ん~……まとまったまでは良かったんだけどねぇ」

「どうしたの? なんか歯切れが悪いけど」


 良い報告なのにどうにも微妙な表情だ。


「それがさ…………られ……て」


 蚊が鳴くような声量でほとんど聞き取れない。


「ん? ごめん、聞こえなかった」

「だから……恥ずかしいとこ……みられちゃってて……」

「恥ず……なにかしたの?」


 姉さんの恥ずかしい所、というとあまり思い浮かばない。家の中では結構だらしない格好も平気でする人だけど、外でも?


「そうじゃなくて……去年の文化祭で……護に抱き着いてたとこ見られてたの!」


 抱き……ああ。


「確かに多少勘違いはされそうだけど、事情があったんだし、説明すればいいじゃん」

「言った……でも恥ずかしい……」

「そんなに? 僕の方はそうでもないんだけど……」

「私にはそんなになの! ……そうじゃなきゃ忘れたりしないし」

「ま、それもそっか」


 嫌なことや恥ずかしいことをきれいさっぱり忘れられるなんて、少し羨ましいように思える。姉さんは規格外だからとすぐに諦めはつくんだけど。


「ホントなんで人目を気にしないで……あの時の私のバカ……!」


 文字通り頭を抱えて、テーブルに突っ伏す姉さん。

 あの時泣いたのは仕方ないことだったと思うけど、姉さんもそれがわかっていて自分を責めるのがやめられないらしい。

 行き場のない恥ずかしさをぶつける相手が自分なのがまた姉さんらしいなと思う。


「ああ、危ない。頭一杯でまた大事なことを伝え忘れるところだった」


 バッと姉さんが伏せていた頭を上げる。


「明日の放課後、役員は生徒会室に集合ね、詩葉先輩から話さないといけないことが色々あるんだって」

「ん、わかった。明日の放課後ね」

「せっかくだし、同じクラスなら霧華と一緒に来ればいいんじゃない? これから一緒に役員としてやっていくのに、まだ面識はあんまないんでしょ?」


 確かにそれはいいアイデアかもしれない。そうしてみよう。


「それで、話って何の話?」

「わかんない、色々としか」

「もしかして文化祭の事でからかわれたりしてね」

「イヤなことを言うなぁ!」

「はは、ごめんごめん」




 ──…………。


 ──その後食事を終え、依然としてうじうじしていた姉さんは風呂に入った後すぐ寝に部屋へ向かってしまった。

 姉さんにも言われたので僕から誘うつもりだったんだけど、東雲さんに先を越されてしまった。


「東雲さんも生徒会の役員を続けることになったんだよね」

「そうだよ。橘君も新しく役員になるんだよね」

「うん、これからよろしくね」

「こちらこそよろしくだよ!」


 印象通りの元気な挨拶を返してくれる東雲さん。

 姉さん曰く『子犬っぽい』とのことだけど、僕にもなんとなく理解できた。


「東雲さんと姉さんは以前から面識があったんだよね?」

「あ……そうだよ。一年前の文化祭でちょっとね」

「文化祭……か」


 昨日姉さんが見られたと言っていたけど、それ以降は僕と姉さんは家に帰るまで一緒にいたので、東雲さんとなにかあったというならそれより前だ。


「……何があったか聞いた?」

「いや、詳しくは聞いてないけど」


 姉さんが泣くことは滅多にない。それこそ泣いてもおかしくないような状況でも気丈にふるまえる人というイメージすらあったぐらいで。だからあの日のことは気にならないと言えばもちろん嘘になるけど、あえて尋ねることはできなかった。


 ──『なんで泣いたの?』なんて。


東雲さんは僕が何も知らないと聞いて、少しその明るさに影が差したように見えた。


「そうなんだ。……あたしね」

「けど当日、姉さんが『良いことがあった』って」


 なにか言おうとしていたのがわかって、あえて口をはさんだ。そうするのがいいと直感で判断した結果だけど、なぜかその直感には自信が持てた。


「え……?」

「僕もあの日、文化祭に行ったんだけどね、一緒に回る約束をしてた姉さんが珍しく待ち合わせに遅刻してきたから『なにかあったの?』って聞いたんだけど、その時にそう言われて」


 多分、それは東雲さんの事だったんだろう。……でも姉さんその後急に泣き出したからな……なにがあったんだろ。


「そっか、柊和先輩、そんな風に言ってくれてたんだ……」


 東雲さんは嬉しそうな顔をしていた。

 やっぱりさっきの勘は当たってた。

 おそらく、東雲さんは姉さんに対して必要以上に罪悪感をもってたんじゃないかと、東雲さんと話していて初めて感じ取った。


 ──なんとなく、東雲さんの感情が僕もいつか感じていたモノのような気がしたのだ。既視感というか、同情というか。

 だからなんとなく、東雲さんがあれから話しそうなことも予感出来たというか。

 それで口を挟んだりなんかして。


「姉さんと何があったの?」

「えっとね……友達とはぐれて迷子になったあたしを、柊和先輩が運営まで案内してくれて、その間に色々お話ししたんだ……それで、あたし何も知らなかったから、馬鹿な勘違いして、先輩の火傷の事で余計なこと言っちゃって……」

「ああ……なるほどね」


 勘違い、色々察せるけど、メイド服に火傷痕か。確かにあの日は、姉さんよりもっと凝った仮装姿の人も歩き回ってたから、勘違いしやすい状況だったかも。

 ゾンビとか落ち武者とかいたし……いや、それと姉さんを同列にしてるわけじゃないけど。


 とはいえ、火傷でいくら不用意な発言があったとしてそれで姉さんが泣くのは考えづらいな……。

 あるとしたら……あ。


「入学してからも、それが気になって昨日まで話せなくて」

「……もしかして、姉さんの事、『カッコいい』って言ったりした?」

「……え! 言ったけど……どうして?」


 そっか、ならきっとあの時泣いてしまった理由もなんとなく想像がつく。

 急に火傷の事聞かれたから変だと思ったんだ。

 僕と話していたら、いよいよ気が緩んでしまったんだろう。


「姉さんからちょっとね」

「そうなんだ……」

「……あの日、東雲さんにそう言われて姉さんは嬉しそうだったよ」


 あの時の涙はその言葉以外にもそれまでため込んでたものとか、きっと複雑な感情が渦巻いた結果なんだと思う。でも根底にあったのは喜びだって僕には分かる。ならあの涙はどちらかといえば嬉し涙に近いものなんだろうな。


「ありがとう」

「……え?」

「あの日、東雲さんが言ってくれたことは、おそらくきっと、姉さんにとって、救われる言葉だったんだと思うんだ」


 ずっと姉さんが抱いていた違和感を取り除いてくれた、感謝の念は当然のように湧いて出た。

 でも、一方で、姉さんが悩んでいたのに僕には何もできなかった事実が心に影を産み落とす。……それを含めて、自分が情けなくて嫌になる。


 そんな僕をよそに東雲さんは、僕の言葉を受けて瞳をきらりと光らせた。


「……あは。昨日これ以上ないってくらい泣いたのに、また……」

「え⁉ あ、大丈夫⁉ なんかまずいこと言ったかな⁉」


 一年たっても、僕の成長のなさしか感じられないリアクションだった。


「ああ、ごめんね。大丈夫だよ。昨日柊和先輩に同じこと言われて理解したはずなのに、橘君のおかげでもっと納得できた」

「……? よくわかんないけど、大丈夫なら、よかった?」


 納得? 何のことだろう。


「昨日膝枕までしてもらったくせに、まだどこか分かってなかったんだ、あたし」

「……膝枕?」

「あ、えっとね。昨日ちょっと眠たくなったあたしに柊和先輩が膝を貸してくれて……へへへ」


 涙を引っ込め、照れた感じで説明してくれる東雲さん。


「あまりに惜しかったからつい寝たふりしちゃったりして……」

 

 急に声量が小さくて良く聞こえなかった。

 ひざまくら……姉さんの……。


 へえぇ?

 よかったねぇぇ……?


 昔はよくしてもらった記憶があるけど、流石に中学生になって以降は一度もしてないんじゃないかな……。


 ……いいなぁ東雲さ──いやダメだ。

 流石に……高校生になったらそういうのはもう卒業すべきだ。

 いやでも……。


「橘君?」

「あ、ごめんね、なんでもないから。良かったね、膝枕」


 そういうと、何か引っ掛かったのか、東雲さんはジトっとした目でこちらを見てくる。


「……でも、橘君は柊和先輩と人前で抱き合ってたじゃん」


 なるほど。昨日の姉さんの憂鬱が少しわかった。

 たしかに実際に追求されてみれば、急所をゆっくり撫でられてるような、そんなプレッシャーがある……。

 先ほどまでのにこやかな東雲さんから発されたものとは考えられないほど湿度が高い圧力だ、僕を見るその瞳と同じで()()()()している。


「いや、勘違いだよ、あれは仕方なかったんだよ」

「話は聞いたけどさ……仕方なくても、羨ましいものは羨ましいんだよ?」

「羨ましいの……?」

「それは当然だよ!」


 なんか熱量凄くない?

 さっきより気持ち迫力が増してるような……。


「当然かどうかは知らないけど……」

「そんなこといって、橘君、あたしが膝枕してもらった話聞いてた時羨ましそうな顔してたよ?」

「噓でしょ⁉ そんな顔絶対してないよ!」

「本当に? なんとなく羨ましいんだろうなって、直感が囁いたんだけど」


 半信半疑ではあるけど、少しはごまかせたかな……? 東雲さん、思ってたより姉さんの事大好きな人なのかもしれない。なにかシンパシーみたいなものを感じる。


「いいな、あたしも柊和先輩みたいなお姉ちゃんが欲しかった……ねえ、そういえば、前に会長から聞いたんだけど、今二人暮らしなんだよね?」

「うん、そうだよ? 色々あって叔母のもとに引き取られたんだけど、その叔母さんが海外出張でね」

「すごいね、学生なのに二人で生活できるなんて、橘君が家事のほとんどをやっちゃうって聞いたけど」


 感心しきりといった東雲さんだけど、特段僕は凄いことをしているわけじゃない。


「そうだよ、でも姉さんも家事出来るんだけどね」

「すごいね! でも料理も洗濯も掃除も一人でするんだ!」

「この前から洗濯と掃除は分担するようになったんだけどね……でも、姉さんは僕にできない仕事でお金を稼いでるから、少しでも支えないと」

「橘君、話に聞く通りの姉想いだね……あれ? 洗濯も一人でしてたの? 柊和先輩の服とか……下着──」

「あ! ほら東雲さん! もう生徒会室はすぐそこだよ! ……って、あれ?」

「ちょっと橘君! そんな強引に話をそらそうとしたって……」


 話がまずい流れになりつつあったので話を逸らそうとしたら、生徒会室の前に人が立っていた。

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