一年前の献立だって思い出せるのに
──コンコン。
先輩と話していると生徒会室の扉がノックされる。
客だろうかと考えていると返事をする前に扉が開かれた。
「お疲れ様でーす!」
入ってきたのは緑のタイをした女子生徒だった。
ぱっちりとした瞳でショートボブの似合う明るい印象の女の子。
なんというか、美咲が犬系ならこの子は子犬系という言葉が合うかも。
なんか男女問わず人気の出そうな子だなと一目見て思った。
ちなみにうちの学校の女子は学年ごとに制服のタイの色が異なる。
この子のタイは緑色だ。
つまりは一年生ということになる。
「っ⁉︎」
「……?」
ならこの子はおそらく役員の……ん? なんか緊張してる?
それに、この子、なんだか引っ掛かるような……。
「ああ、霧華ちゃん。ごめんね、ちょっと話が長くなっちゃった」
「い、いえ……。その、えっと……」
霧華と呼ばれたその一年生は、私の方をちらちら伺っていた。
「……ん? 霧華ちゃん?」
「えっと、私がどうかしました?」
私を気にしているようだったので、思い切って尋ねてみる。
すると、霧華さんは少し目を見開いて驚いていた。
「…………! えっと……あの……あたしの、こと……」
「…………?」
どうにも要領を得ない、詩葉先輩の方を伺ってみると先輩も私と同じだった。
そこで、霧華さんの私を見る視線の先が少し気になった。
…………ああ。
「これ、気になっちゃいますか?」
そういって、私は自分の頬にある火傷を撫でてみる。
すると、霧華さんは目を剥き、ぎょっとして慌てだした。
「……あ! ち、違……う、こともないんですけど……でも、そういうことじゃなくて……っ! あのっ、あたしっ……!」
「大丈夫ですよ、そういう視線を向けられるのも慣れてるので特に気にしませんし」
実際特に気にしてはいない。もともと人の目は気にならないほうだし、いい加減慣れて来てるし。
「あの……本当に……そういうんじゃ……」
段々声が小さくなっていく霧華さん。
やがてもう一度口を開いた。
「……ごめんなさい、まだお話の邪魔でしたよね……すみません、失礼しました!」
霧華さんはそういうと背を向けて部屋から去ろうとする。
「え? あ、待って霧華ちゃん! まだ君にも話が……!」
ドアの前でもう一度振り返って、頭を深く下げた霧華さんはそのまま生徒会室を出て行ってしまう。
「……あったんだけどねえ」
詩葉先輩の声が二人だけになった生徒会室に寂しく響いた。
「……そんなに怖かったんですかね?」
嫌悪とかのリアクションには動じない自信はあったけど、怖がられるのはちょっと寂しくなってしまう。
「いや、そうじゃないね」
「ん、なんでですか?」
「多分、柊和ちゃんに忘れられてたのがショックだったんだと思うよ」
「……へ?」
忘れる? 私が? 彼女を?
私の口からかろうじて出たリアクションはマヌケなものだった。
「あの子とは今回の生徒会からの仲なんだけど、私と柊和ちゃんが友人だって知ると、聞かせてくれたからね」
「えっと、何をですか?」
「君と霧華ちゃんの話さ……全然覚えてないんだね?」
「え~っと……どんな内容か聞かせてくれません? そしたらピンとくると思うんで……」
私は記憶力は良い方だけど、どちらかとその気になれば思い出せるだけで記憶し続けてるわけではないから……。
心の中で言い訳していると、しょうがないなとでもいいたげな目をした詩葉先輩が私に語ってくれる。
「といっても、そんなに詳しく知ってるわけでもないんだけどね。なんでも一年前、うちの文化祭で迷子になってたところを君に助けてもらったって話だけど」
……一年前の文化祭? 迷子……?
うちの文化祭は在校生以外も招待されれば参加できるから……。
「あぁ……なんとなく……そういえば……!」
頭にじんわりと浮かび上がってくるのはさっき見た霧華さんと同じ顔で、もう少し背が少し低かった中学生くらいの……。
でもなぜだろう、少しづつ浮かんでくるのに、なぜか……。
「あんまりピンと来てないみたいだね?」
そう、『そんなこともあったかも』程度にしか思い出せない。
「おかしいです、なんだか蓋されてるみたいに思い出せません……! 私だったら、その気になれば去年の今日食べた献立だって思い出せるのに……!」
「なんだったの?」
「和風ハンバーグとナスの味噌汁です……!」
「あ、おいしそうだね、明後日あたりの晩御飯はそれにしよう」
人が必死で思い出そうとしてる横で呑気に献立を決めないでほしい。
「でも確かに不思議だね、柊和ちゃんの記憶力なら一年前のことくらい事細かに覚えてそうだけど」
「そうですよね」
先ほどまで少し呆れた様子だった詩葉先輩も、次第に不思議そうな顔になっていく。
「うん、だって柊和ちゃん、文化祭より前にあった私との出会い、これでもかってくらい覚えてるもんね」
「まあ、あれはすごく困ってた時だったので特別印象的ですけど……なんかもう少しのところでどうしても……」
「私にも印象的だったよ、地べたを這いずる柊和ちゃん。それにしても……。霧華ちゃんには結構大切な思い出だったらしいけどね……」
ぐっ……。思い出せないのが申し訳なくなってきた……!
「あの様子だと、よほどショックだったみたいですね……」
いきなり飛び出してしまうくらいだ、そんなにショックだったのかな?
「でもそういわれると確かに不自然だね……いくらなんでも忘れられてただけにしては過剰な気がする……。それに、なんだか霧華ちゃんらしくなかったしね」
「らしくない?」
「うん、あの子、普段は明るい性格なんだ。いつもニコニコしてるし、誰が相手でもフレンドリーだったんだけど……今日は最初からおどおどしてたね、まるで告白寸前で勇気が出ない女の子みたいに」
「全然そんな感じじゃなかったと思いますけど……」
でも確かに、見た目の第一印象は明るい子だったのに、意外と消極的だなとは思ったかな。
「忘れられてる以外にも何かありそうだね……去年何かしちゃったんじゃないの?」
「何かってなんですか……それらしい記憶はありませんけど……」
「そりゃ柊和ちゃん、女の子にもモテるし……うっかり射止めちゃったんじゃないかなって……どころかもう告白して返事待ちだったのにとか……」
「それなら流石に忘れませんよ!」
私は思い出すのだけで手いっぱいなんだから、横から茶々入れないでほしい……!
「それにしても困ったな……霧華ちゃんさえよければお願いしようと思ってたんだけど……」
詩葉先輩は少し眉を困らせる。
「お願いですか?」
「うん、後期も生徒会役員を続けてくれないかって。まだ弟くんしか見つかってないんでしょ?」
「それは、はい……二人じゃ難しそうですか?」
「柊和ちゃんの家庭環境じゃ二人は難しそうだと思うね。私は普段特にやることもなかったからどうとでもなったけど」
私には仕事があるし、護も家事があるからあまり時間を取られ過ぎると支障がでるんだよね……。
経験者の霧華さんがいるなら確かに凄く頼もしいけど……役員の事も考えておかないとな……。
「柊和ちゃん的には護君と二人きりの方が良かったかな? 可能なら、私もそっちの方が面白そうだとは思うけどね、都合もいいし」
「ベ、別にそんなんじゃないです……一応、役員の目星も少しはついてますし」
「そうなの? まあ、もし柊和ちゃんが希望するなら私から話は通しておくからさ、とにかく今はちゃんと思い出すのを頑張りなよ」
「はい……」
私が弱めに答えると、詩葉先輩はそうだとポンと手を打った。
「あ、そういえば。霧華ちゃんだけど、護君と同じクラスだったじゃない、もしかしたら何か知ってるかもよ?」
護! そういえば霧華さんが護の悪い虫かどうかなんて最初は気になってたのを思い出した。
「詩葉先輩以上に知ってることもないと思いますけど……。あ、でも、言われてみれば護も何か知ってるかも……」
「どうして?」
私が思いついた様子を見て首を傾げる詩葉先輩。
「去年の文化祭なら、私、護と回る約束だったので」
そういった瞬間、詩葉先輩の冷めた視線が突き刺さった。
今日だけでなんども同じものを向けられてる気がする。
「……それでよくブラコンじゃないとか言えたよね」
「え?」
「気にしなくていいよ……今日はもう、私の方で話したいことは残ってないかな……」
「えっと、はい……?」
なんだか疲れた顔をしている詩葉先輩だった。




